文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

休止のお知らせ

暑い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。私は、少し夏バテ気味です。

 

さて、このブログですが、昨年の7月に始めて、約13か月が経過しました。その間、約130本の原稿を掲載してまいりました。月平均約10本、3日に1本という割合です。

 

永年疑問に思ってきたことを一つずつひも解いて来た訳ですが、私と致しましては、それなりに成果があったと思っております。このブログでは、主に歴史的な観点から文化の構造というものを考えてまいりました。文化の起源は“遊び”にある。そして言葉が生まれ、物語、呪術、祭祀などを経て、シャーマニズムに至る。その経過の中から、文学や美術などの芸術が生まれた。証明できるかどうかという問題はありますが、そこまでは多分、間違っていないと思います。

 

問題は、その先です。シャーマニズムというのは、例えば、大勢の人々が集まって何かを祈っている。その中心にいる人がシャーマンと呼ばれる人で、それは雨乞いの儀式だったかも知れない。狩猟採集の時代であれば、その一群の人々がこれから東に行くのか、西に行くのか、それを決定するための手続であったりした訳です。やがて、人々は定住を開始し、食物の保管が可能となり、武力衝突が起こる。敵対する部族との戦いをいつ仕掛けるか、そんな事柄も、シャーマンを中心とした祭祀によって、決めていたのではないでしょうか。

 

文字ができて、シャーマニズムは宗教へと発展する。宗教と武力とが渾然一体となり、政治が生まれた。このブログで“宗教国家”と呼んできた時代が始まる訳です。そこから、宗教や武力とは隔絶した、新しい考え方が生まれる。歴史的には、アメリカの独立宣言が最初だったのでしょうか。そして、その考え方は民主主義と呼ばれた。日本では50年戦争とも呼ばれる時代を経て、日本国憲法が生まれる。言うまでもなく、国民主権基本的人権の尊重、平和主義に関する考え方は、この日本国憲法において結実している。と言いますか、憲法の他にこういう事柄を定めたものって、ないんです。

 

最近では、メディア・リテラシーということも考えつつ、“政治を読み解く7つの対立軸”というシリーズで、私の政治的な立場も明らかにするよう試みてみました。結果、私の立場というのは、右でも左でもない、何処かあやふやな場所に立脚していることが分かりました。しかし、世の中には、私と同じようなことを考えている人たちも、少なからずいる。今は、そう確信しています。私はこのブログで、“プライバシー保護法”を制定するべきだと述べましたが、ある憲法学者は、「プライバシーの問題は、憲法に定めるべきだ」と主張しています。また私は「法律も、経済も、国の安全保障も全てアメリカに依存しているのは、いかがなものか」と述べましたが、ある憲法学者は、もっと明確に「日本はアメリカから独立するべきだ」と述べています。アメリカからの独立!?

 

また、本日現在、安倍総理憲法改正を諦めていないようです。

 

そんな経緯があって、私は憲法に興味を持つようになったのです。しかし、これはそう簡単な問題ではありません。少し、勉強のための時間が必要です。それが、このブログ“休止”の理由です。

 

コオロギが鳴き始めた頃、再開できれば、と思っております。

 

では !

No. 129 政治を読み解く7つの対立軸(その8)

前回の記事でご紹介致しました法哲学者の井上達夫氏ですが、もう一つ面白いことを言ってました。憲法に対する態度なのですが、井上氏は次の2つの呼称を提示しておられました。

 

原理主義護憲派・・・9条は絶対に守らなければならないとする立場。

 

修正主義、護憲派・・・9条は守らなければならないが、解釈によって、個別的自衛権までは、認めても良いとする立場。

 

こういう話を聞くと、成る程と思う訳です。そこで、私なりにその続きを考えてみました。

 

立憲主義改憲派・・・憲法というのは、理念でも目標でもない。憲法は時の政権によって、厳格に遵守されなければならない。それが立憲主義である。よって、個別的自衛権まで認めるか、国連決議に基づく集団的自衛権まで認めるか、国民投票によって決めるべきである。ちなみに、私の立場はこれです。

 

日米安保至上主義、改憲派・・・日本の安全を維持するためには、日米安保が一番重要である。よって、アメリカの要請があれば、地球の反対側まで駆けつけてでも、米軍に協力するべきだ。ちなみに、安倍政権の立場は、これだと思います。

 

回帰主義、憲法制定派・・・日本国憲法は、アメリカに押し付けられたもので、容認できない。天皇を頂点にいただく国家神道の体制を回復させるため、自主憲法を制定すべきだ。

 

いろんな立場がありますが、これでちょっと整理できたような気がします。

 

さて、7番目の対立軸は、資本主義 vs 共産主義 です。とても大きなテーマですね。正直に申しまして、私にこの問題を解説する能力はありません。ただ、共産主義には懸念がある。アレルギーと言っても良いかも知れません。第1には、共産主義というのは集団主義であって、基本的人権が尊重されないのではないかということ。第2には、経済システムとして、非効率ではないかということ。第3には、中国などの共産主義国家で、日本よりも成功していると思える国がないこと。以上の理由により、私は資本主義の方が良いと考えています。

 

YouTubeを見ておりましたら、「もしも共産党が政権を取ったら」という番組がありました。そこで、志位委員長は、言葉を選びながら概ね次のように述べておられました。共産党が政権を取った場合でも、直ちに共産主義革命を起こす訳ではない。日本国憲法は守る。自衛隊も、必要がある限りこれを維持する。天皇制も、国民がこれを支持する限り維持する。資本主義が、人類社会の最終形態ではない。

 

今の共産党というのは、かなり現実的になっているように感じました。国会などを見ておりましても、共産党の方々というのは、かなり論理的な発言をされている。少なくとも、自民党よりは筋が通っていると思います。また、野党の顔をしていても、いつの間にか自民党の別動隊になってしまう政党も少なくない中、共産党だけは、本来の野党として活動されてきた。旧社会党などは、自民党から献金を受けているという噂があったり、結局、村山総理の時には、自民党連立政権を組んだ。日本維新の会も、最初は勇ましかったようですが、最近は、自民党にすり寄っていないでしょうか。そんな中、森友、加計の問題が起こったりする訳で、こういう政権側のスキャンダルに関しましては、是非、共産党に真相を究明してもらいたいという気持ちになります。

 

そう言えば、いわゆる残業代ゼロ法案に連合が賛成して、昨日、怒った労働者が連合に抗議するデモを行ったそうです。労働者からデモを起こされる労働組合って、一体、何でしょうか? 私の推測ですが、連合の役員は、結局、各企業の人事部が任命しているのではないか。本音の部分では、連合は経団連の別動隊で、支持しているのは、自民党なのではないか。そして、そんな連合を最大の支持基盤にしているのが、民進党です。連合の意向を尊重せざるを得ないから、民進党は、原発の即時停止を政策として掲げることができない。これでは、昔の社会党と同じではないか。

 

余計なお世話だと言われるかも知れませんが、もし、民進党が連合の支持を受け続けたいと思っているグループと、原発即時停止を主張するグループに分かれたら、若しくは共産党共産主義を目指さない、党名も変更するという決断を下したら、日本の政治は一気に変わる可能性があると思うのですが・・・。

 

シリーズで掲載してまいりました「政治を読み解く7つの対立軸」は、今回の原稿をもって、終了致します。

No. 128 政治を読み解く7つの対立軸(その7)

戦前の国家神道体制への回帰を目指すタカ派の方々ですが、私の推測ではありますが、純粋な方も結構、多くいらっしゃるのではないか。ただ、私としては、彼らが安倍政権のことをどのようにお考えになっているのか、疑問があります。一部の大企業だけが活躍できるグローバリズム規制緩和と弱肉強食の新自由主義。これらの政策が、私たち日本人がこよなく愛してきた日本の田園風景を壊しつつある現状。更には、加計学園の疑惑。日本という国家とその国民の行く先を憂いている。それは、タカ派の方々も私も同じではないか。

 

ところで、私は日米安全保障条約を否定しませんし、核兵器を持たない日本がアメリカの核の傘に入るという選択は、間違っていないと思います。しかし、あまりにアメリカ側に寄り過ぎるのもいかがなものか、という不安があります。

 

しばらく前に、アメリカの政府高官がこう言っていました。「北朝鮮ICBM の開発に成功した場合、日米安保の効力は弱まる可能性がある」。すなわち、アメリカ本土に届くような核兵器北朝鮮が持った場合、本土攻撃を受けるリスクを侵してまでアメリカが日本を守るのか、不透明である。という意味です。そして、どうやら北朝鮮は、既にICBM を持ってしまった。それが、現実なんです。アメリカは、決して北朝鮮に先制攻撃を加えることはできない。この勝負、もう北朝鮮が勝ったのではないでしょうか。そして、日米安全保障条約というものが、両国間の信頼に基づく強固な絆ではなく、パワーバランスによって変動し得る頼りないものだとしたら、日本もそれなりの戦略をもって、世界情勢に対処するしかない。もっと具体的に言いますと、中国との関係もそれなりに維持、改善しておいた方が良いのではないか。先般開催されたG20で、安倍総理習近平氏に対し、北朝鮮への原油輸出をストップさせるよう働き掛け、習近平氏から無視されたとの情報もありました。アメリカに加担して、そこまで突出して動くのが、日本にとって本当に得策なのか。

 

国家の安全保障政策について、法哲学を専門とする井上達夫氏が分かりやすい話をされておりましたので、紹介致します。以下の記述は、井上氏のシンポジウム(YouTubeで公開されています)での発言を私がメモったものです。

 

1.非武装中立

2.武装中立

3.個別的自衛権

4.国連決議に基づく集団的自衛権

5.集団的自衛権

 

さて、あなたは何番までだったら許されると思いますか? 

 

日本国憲法9条2項は、明確に1番の非武装中立を定めています。武力は持たない。反撃もしない。これは、無抵抗主義なんですね。理念としては素晴らしいと思いますが、現実問題として、座して死を待つのか。どこかの国から攻めてこられたら、最低限、それに対抗する自衛権は認められるべきではないか。これが、個別的自衛権ということになります。しかし、国際貢献という問題もある。50歩譲って、そこまでは認めても良いのではないか。これは、国連での決議が条件となります。よって、そこに参加する国のエゴイズムは、一応、排除される。いや、そんなことはない、国連なんていい加減なものだ、というご意見も聞こえてきそうです。確かに、そうですね。国連っていうのは、単なる幻想で、実際には大した力は持っていない。少し前、トランプ大統領は国連に対する寄付金を中止したいと言っていたような記憶があります。しかし、そんな時期だからこそ、誰かが支えなければなくなってしまいそうな弱い存在だからこそ、日本がこれを支持していくことに意義があるように思います。前述の井上達夫氏に加え、小沢一郎氏も同じ考えのようです。

 

現実には、憲法では1番しか認めていないにも関わらず、解釈改憲によって、日本は5番までできることになってしまった。9条をめぐる憲法問題の核心が、ここにあるのだと思います。こんなこと、許されていいはずがありません。これでは、日本は立憲国家とは言えません。

 

9条を守れ、と言っている護憲派の人たちは、本当に無抵抗主義でいいと思っているのでしょうか。本音では、日本が第三国から侵略を受けた場合、自衛隊に守ってもらいたいと思っているのではないでしょうか。だとしたら、9条を守れという主張は、欺瞞でしかありません。

 

いずれにせよ、9条の問題は、安倍政権が言うように3項を加えて自衛隊を合憲化するとか、そんなに簡単なことではありません。安倍政権は信用できないので、少なくとも安倍政権には憲法を変えさせるな、という意見があります。私も、この意見には賛成です。安倍政権ではなく、もっと信頼できる政権ができたら、日本は直ちに国民的なレベルで、憲法論議を始めた方が良い。そして、3番の個別的自衛権までにするのか、4番の国連決議に基づく集団的自衛権までにするのか、国民投票を行って、憲法を改正する。そして、日本に立憲国家、法治国家としての誇りを取り戻させる。加えて、アメリカに依存し過ぎない、日本独自の安全保障戦略を確立する。そういうことが、必要なのだと思います。よって、私はハト派を自認してはおりますが、同時に立憲主義を支持する改憲派でもあることになります。

 

参考; 緊急対談「井上達夫小沢一郎 憲法、そして民主政治を語る」 YouTube

No. 127 政治を読み解く7つの対立軸(その6)

文化人類学の面白いところは、とりあえず自分の立場だとか考え方を極力捨てて、人間の行動を客観的に見ようとするところです。例えば、雲の上に腰を落ち着けたような気分になって、人々の行動を眺めてみる。ふむふむ。色んな人がいるなあ。で、彼らはどうしてそんなことをしているのだろう?

 

今回は、ちょっと目先の加計学園の問題などは横へ置き、雲の上に腰を落ち着けた気分で、日本の政治状況を眺めてみました。すると、現代日本人の政治に対する態度というのは、大体、5種類位に分類できそうな気がしてきました。まず、政治状況の現状に満足している、若しくはこれを肯定している人たちです。この肯定派の人たちは、更に、既得権者と無関心な人たちに分類できます。無関心というのは、肯定でも否定でもないと言えるかも知れませんが、無関心というのは、結果として現状を維持させる効果があるので、肯定派にカウントすることにしました。

 

次に、現在の政治状況に納得していない人たちがいます。肯定派の反対で、これらの人たちは、否定派と呼ばせていただきます。否定派の中には、まず、日本を戦前と同じような神道を基軸とした国家に戻すべきだ、と考えている人たちがいます。日本会議の人たちや、靖国神社に参拝されている方々のことです。便宜上、これらの人たちをタカ派と呼びます。また、タカ派とは反対に、憲法9条を守れと主張している護憲派の人たちもいます。この人たちをハト派と呼びましょう。更に、現在の政治状況において、自分は適正な処遇を受けていないと考え、現状を否定している方々もおられます。特段の既得権を持つこともなく、例えば、経済的に余裕がない。これらの方々を便宜上、非既得権者と呼ぶことにします。では、一覧にしてみます。

 

1.現状肯定派

 A  既得権者

 B 無関心層

2.現状否定派

 C.タカ派

 D.ハト派

 E.非既得権者

 

例えば、安倍政権には、日本会議のメンバーが多く含まれており、タカ派なのかと思うと、実際には新自由主義に基づき、日本を疲弊させるような政策を多く、実行しています。安倍政権の本質は、タカ派ではなく、既得権者の保護にあるのではないか。また、最近週末になると共謀罪法に反対するデモが開催されています。一見、その参加者はハト派のように見えますが、中には、最低賃金を上げろというプラカードなども散見されます。それが悪い訳ではありませんが、政治状況を考える上で、上記の区分が有益ではないかと考える理由が、そんなところにもあるということなのです。

 

さて、今回の記事のテーマは、6番目の対立軸であるタカ派 vs ハト派ということになります。

 

まず、タカ派ハト派も、現状に満足していない。その点は、共通しているんですね。では、現状の何に不満なのか。それは、実は、日本が未だにアメリカに支配されている。だから、納得できない。そういうことではないでしょうか。最近の例で言いますと、例えば、安全保証関連法というのが制定されて、日本は集団的自衛権を行使できる国になった。もちろん、米軍を守るためです。多分、アメリカからの相当強烈な圧力が、日本政府に掛けられていたのだと思います。最近話題の国家戦略特区。これもアメリカからの圧力で決まった。日本の許認可制度が参入障壁になっていると考えたアメリカが、それを取り払うために日本の政府に働き掛けたものと思われます。加計学園の例は別にして、これを進めるとアメリカの大企業が様々な分野で日本に進出してくることになると思います。例えば、製造物責任法。アメリカでは訴訟が多く、アメリカの企業は多額の訴訟コストを負担している。それに比べて、日本ではほとんど訴訟が起こらない。これは、不公平だ。日本の企業も訴訟コストを負担すべきだ、とアメリカから圧力があった。そこで、泣く泣く日本の国会は、製造物責任法を制定したんです。会社法も同じですね。日本の会社というのは、伝統的に監査役というものを置いてきた。そんなものは良く分からん! 日本の会社もアメリカと同じような仕組みにしろと言われて、アメリカ式の委員会設置会社という仕組みを採用したのが、日本の会社法です。更に、在日米軍に対する不平等な地位協定というものもあります。アメリカによる支配の矛盾を一番被ってりうのが、沖縄なのだと思います。

 

何故、そんなことが起こるのか。これは、ひとえに日米安全保障条約に原因があると思われます。北朝鮮までもが核兵器保有している今日、日本はアメリカの核の傘に守られている。だから、日本は自立できない。戦後72年もたっているというのに、日本は未だにアメリカの顔色をうかがっているんです。国の安全保障ばかりか、法律や経済政策まで、アメリカに従わされている。

 

ちょっと、長くなりましたので、続きは明日掲載致します。

No. 126 政治を読み解く7つの対立軸(その5)

一昨日、加計学園問題に関する国会の閉会中審査が行われましたが、すっきりしません。一つ確実に言えることは、加計学園獣医学部に関する文科省の設置認可は下りていないということです。これは、来月末に判断されると言われています。しかし今治市は、今年の3月には37億円の土地を加計学園に無償譲渡しています。更に加計学園は、既に192億円の建設工事に着手しています。契約の詳細は分かりませんが、これはどう考えてもおかしい。文科省の認可が下りる前提で、土地の譲渡とか、建設工事が行われているとしか考えられません。これらの事項を追及するのであれば、加計孝太郎氏に加え、今治市の関係者を国会に呼んで証人喚問をするべきではないか。そうすれば、今治市が国家戦略特区に指定される9か月も前、すなわち本年の4月2日に官邸で持たれた面談の出席者やその協議事項などを明らかにできるのではないか。まあ、そんなことは野党の皆様は百も承知のこととは思いますが・・・。

 

さて、本題に入りましょう。5つ目の対立軸は、個人の尊重 vs 集団主義ということになります。

 

個人の尊重と言いましても、これがなかなか難しい。しばらく前に、漫画家の楳図かずお氏が、住宅街の真ん中に赤と白のストライプが入った、ド派手な家を建てた。これは街の景観を害するということで、近隣の住民が訴訟を起こしました。楳図氏の職業が漫画家であることを考えますと、家そのものが作品であり、表現行為の一種であるとも考えられます。一方、そんな家を建てられては困るという住民の気持ちも、分からない訳ではありません。この件は、個人対個人の問題であった訳ですが、このような場合は、双方の利害を比較考量して結論を下すしかありません。ちなみにこの件では、楳図氏が全面勝訴したようです。

 

次に、“個人 集団”の利害対立はどうなっているでしょうか。一般に共謀罪法と呼ばれる法律(組織犯罪処罰法)が、昨日施行されました。これは、罪に着手する以前の内心を処罰の対象とするもので、刑法の一般原則に反するという意見がありました。更に、犯罪集団の定義が曖昧だとの批判もありました。やはり、日本の法律は曖昧で分からないようになっている。この法律などは、その典型かも知れません。そして、その曖昧さというのは、お役所(本件では、警察)の裁量の余地を広くするものです。

 

ところで、私たちのプライバシーというものは、法律で保護されているでしょうか。この点、私は甚だ疑問であると考えています。まず、個人情報保護法で守られているとお考えの方もおられるかも知れませんが、そんなことはありません。この法律で保護の対象となっているのは、個人を特定する住所、電話番号、その他の情報であって、プライバシーが保護されている訳ではないのです。住所や電話番号などよりも、プライバシーの方が重要だろう、とツッコミたくなってしまいますね。よく、企業のHPの一番下の辺りにプライバシー・ポリシーという記載があります。これも正確には、個人情報保護方針というもので、厳密には、プライバシー保護に関する方針を定めたものではないのです。

 

加計問題に絡んで、前川(前)事務次官の出会い系バー通いが報道されましたが、これは前川氏を貶めようとした官邸が、警察組織を使って前川氏を尾行させていたとしか考えられません。ショッキングな話です。何かあれば頼りにしたい。一般国民にとって、その最たる組織が警察ではないでしょうか。暴漢に襲われたらどうしよう、ドロボーに入られたどうしよう。私たちがそんな時に助けを求めることができるのは、警察をおいて、他にありません。その警察が政治的な目的で、ある個人を尾行していた。ましてや、その情報を読売新聞にリークして、記事に書かせる。前述の共謀罪法と相まって、これはもう私たち一般国民のプライバシーというのは、危機的状況にあるのではないか。安倍政権は、特定秘密保護法とか、共謀罪法など、国家側の力を強める法律には積極的なのですが、個人を守る側の法律というのは、一向に出て来ない。本来であれば、プライバシー保護法というものを制定すべきではないでしょうか。

 

また、以前は個人の意図に反した組織ぐるみ選挙というものもありました。取引先や親会社の要請に従って、企業ぐるみで選挙に協力させられるとか、労働組合からの圧力によって意に反する選挙活動をさせられる。そんなこともありました。もし、今でもそんな悪習があるのであれば、直ちに止めるべきだと思います。

 

更に、経団連の企業献金という問題もあります。個々の企業が政治家に献金をした場合であって、かつ、口利きがありますと贈収賄になります。そういうリスクを回避するために、個々の企業から経団連が資金を集めて、政治団体に献金をしている。そして、政権党が企業に都合の良い法律や政策を作る。こういう仕組みなんですね。その本質を考えますと、これは体のいいマネーロンダリングみたいなものではないでしょうか。そういう批判があって、事実、民主党が政権を取った2009年には、一度、廃止されたんです。それが2014年に復活されてしまった。ちなみに、2009年以前には、年間100億円程度の献金があったようです。そういうことを止めようという趣旨で、政党交付金が支給されているはずです。そもそも、企業に働く従業員の全員が、政権党を支持している訳ではありません。当然、共産党を支持している方もおられる訳です。そういう一般従業員が汗水垂らして働いたおかげで、企業は利益を得ているにも関わらず、一般従業員の意向とは全く関係のないところで、献金が行われるという実態は、個人を尊重していないことにならないでしょうか。

 

このように考えますと、個人の意思に反した組織ぐるみの選挙活動を行っていたり、経団連などから多額の企業献金を受け取ったりしている政党には、投票したくないと思うのです。

No. 125 政治を読み解く7つの対立軸(その4)

4つ目の対立軸は、弱者保護 vs 格差容認 です。

 

現在の日本における格差問題については、今さら私が述べる必要もないと思います。ワーキング・プア、シングルマザー、非正規従業員、奨学金の返済。全て、貧困を表わす言葉ですね。他方、昨年度日本で1億円以上の役員報酬を受け取った人は457人いるそうです。社会の持続可能性を考えますと、普通の人が普通に暮らしていけるレベルの経済水準は不可欠だと思うのですが、今の日本のセイフティ・ネットは、その水準に達していない。

 

ただこの問題は、経済的弱者の方々のみの問題ではなく、日本の民主主義を深めるという観点からも、重要な意味を持っているのではないか。例えば、次の給料日までどう食いつないでいくか、そういう差し迫った問題に直面している人たちが選挙の投票に行くか、ということがある。政治のことなんか、考えている場合ではない。そういう方々は、決して少なくないと思うのです。

 

安倍一強とも言われる現在の日本の政治状況は、長い物には巻かれろ、寄らば大樹の陰、という主体性の欠如したメンタリティが生み出したものです。このような状況を回避するためには、個々人が自律的に考えて行動する必要がある。そして、そのためには、まず、個々人が自尊心を回復する必要があるのではないか。

 

Yahooニュースへの書き込みなどを見ておりますと、安倍総理礼賛、韓国人に対する誹謗中傷などがとても多い。このような書き込みをする人たちのことを俗に、ネトウヨと呼びますが、他にも自民党支持者とか、自民党からお金をもらって書き込みをしている人がいるとか、いろんな噂があります。実態はなかなか分かりませんが、少なくとも、相当数の書き込みがあるのは、事実です。ここでは、便宜上、そのような書き込みを行っている人たちを総称して、ネトウヨと呼ぶことにします。

 

ここから先は、私の想像ではありますが、ネトウヨの人たちというのも、実は必ずしも経済的な余裕のない方が多いのではないか。そう思えてならないのです。なかなか、自尊心が持てない。政治上の複雑なリクツも分からない。そのため、とりあえず右翼的なコメントを発して、世間の注目を集めたい。また、ネトウヨ同士での連帯感を共有したい。そういう心理状態なのではないか。彼らのコメントというのは、概して短いもので、ロジックが語られることはあまりないように思います。何か、反論のような書き込みがあると、「お前は左翼か」とか「お前は在日だろう」と言って、反撃するのです。こういうのを見ますと、彼らの中で、次の3段論法が成立しているような気がします。

 

1.       日本人は、韓国人よりも偉い。

2.       自分は、日本人である。

3.       だから、自分は偉い。

 

そんなことを考えていますと、ネトウヨの書き込みというのは、彼らが発しているSOSのシグナルのようにも思えてきます。

 

次に、政治的な主張には、それぞれが重視している範囲というものがある。範囲の広いものから、列記してみます。

 

1.       グローバリズム

2.       国家主義

3.       民族主義

4.       スモール・ユニット(後述)

5.       個人主義

 

こう並べてみますと、例えば、トランプ大統領が“米国第一主義”を標榜したのは、グローバリズムを主導してきたアメリカが行き詰まって、国家主義に戻ろうとしていることが分かります。一方、安倍総理の政治的信条というのは、そのバックボーンとして日本会議国家神道)などが取り沙汰されており、国家主義にあるようにも見えるのですが、実は、グローバリズムにあることが分かります。集団的自衛権で、地球の反対側まで自衛隊を派遣しようとする。TPPを推進する。海外から労働者を受け入れようとする。これらは、国家の範疇を超えていますね。このような立場を、新自由主義と呼ぶようで、これは小泉総理の時代から、自民党の基本姿勢となっているようです。伝統的な保守というのは、国家主義であったはずで、保守の方々はもっと安倍総理に文句を言ってもいいと思うのですが・・・。

 

4番目に記載しましたスモール・ユニットというのは、最近の政治学で使われている用語のようです。私は、まだそこまで勉強していませんが、この言葉を拝借することにしました。これは、例えば家族よりは大きく、民族よりは小さな集団という位置づけです。イメージとしては、農村、漁村などの村落共同体、中小企業などがこれに当たる。これらをもっと、大切にするべきではないか。

 

例えば、日本における強固な国家主義というのは、50年戦争の時代に確立されたと思うのですが、まず、その時代にこのスモール・ユニットというのは破壊されたんです。例えば、それ以前であれば、様々な宗派を持つ仏教というものがあった。もっと、土着的な信仰もあったと思うのです。しかし、それらは弾圧され、または排除され、天皇陛下を頂点にいただく神道に統一された。ラジオが普及し、標準語が推奨された。

 

そして、グローバリズム新自由主義の進展に伴って、スモール・ユニットは更に破壊された。例えば、かつての日本の会社というのは終身雇用制であって、行けば知っている人ばかりで、それはあたかも村落共同体のような存在だった。それが、非正規という働き方が広まり、人材の流動化も進んだ。これによって、会社と従業員のウェットな関係というのは、断ち切られたのです。

 

自ら自律的に思考しろと言っても、誰もがそうできる訳ではありません。特に、知識や人生経験の少ない若年層の人たちにとって、それは無理なことかも知れません。若年層の人たちには、相談相手が必要だ。何を、どう考えるべきなのか。そういった先人たちの知恵と相談相手を提供してきたのが、スモール・ユニットだったのではないでしょうか。

 

スモール・ユニットが機能していて、その一部のリーダー層の人たちだけでも、自律的に思考する習慣を持っていたならば、現在の安倍一強と言われるような政治状況は生まれなかったのではないか。

 

従って、私と致しましては、弱者を保護しようとする政策、グローバリズムではなく、スモール・ユニットや地方分権を尊重する政党を支持したいと思うのです。

No. 124 政治を読み解く7つの対立軸(その3)

3つ目の対立軸は、政策 vs 既得権保護 です。政党にとって最も大切なことは、正しい政策を立案して、それを実行することだと思うのですが、ほとんど政策を訴えない政党も、少なくありません。では、そういう政党にとって大切なのは何かと言うと、既得権の保護だと思うのです。

 

ところで、既得権とは何かと考えますと、つまるところ、補助金と許認可ではないでしょうか。例えば、農村、漁村などにおきましては、農協、漁協などの各種団体があって、政府や地方公共団体から補助金をもらっています。今年もらったのだから、来年ももらう権利がある。確かにそうですね。これが既得権です。ちなみに私は、このタイプの既得権には、ある程度、寛容です。日本の農業や漁業を守る。日本の食料自給率の維持、向上に努める。これは大切なことだと思います。また、農村、漁村において、それらの既得権者が自民党に投票する。これもある程度、仕方のないことだと思っています。

 

他方、私が疑問に思っているのは、許認可に基づく既得権の方です。ちょっと、風が吹けば桶屋が儲かる式の話で恐縮なのですが、分かり難い法律が既得権を生む、という話をさせていただきます。

 

まず、日本の法律は分かり難い。例えば、独占禁止法ですが、その第19条には「事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない」と定められています。また、「不公正な取引方法」については、第2条に定義があって、大別すると6つの行為類型が記されているのですが、その6番目にはこう書いてある。「前各号に掲げるもののほか・・・公正取引委員会が指定するもの」。従って、更に公正取引委員会の告示というのを見なくてはなりません。そこには、例えば「排他条件付取引」というのが次のように規定されています。「不当に、相手方が競争者と取引しないことを条件として当該相手方と取引し、競争者の取引の機会を減少させるおそれがあること」。“何それ?”と思われた方、ご安心ください。ほとんど、誰にも分らないのです。結局、法律を読んでも分からない。ではどうなるかと言えば、この例で言いますと、関係省庁がガイドラインを公表している。この本を購入しなければ、独禁法のディテールというのは理解できないんです。

 

法律で一番上に位置するものは憲法ですが、その下に、例えば上記の例では、次の下位構造がある。

 

1.       独占禁止法

2.       公正取引委員会の告示

3.       ガイドライン(指針)

 

こういうのを法律の重層構造と呼びますが、日本では、この層が厚過ぎる。だから、日本の法律は、分かり難い。これはもう、意図的にそうしているとしか、思えません。そして、役所が何をするかと言うと、いわゆる独立行政法人のような団体を作り、そこに役人が天下る。そこで前述のガイドラインやその他の解説書を販売したり、有料の説明会を開いたりする訳です。私の知る限りでは、ほとんどの分野で、こういうことが行われています。独禁法というのは、全ての大企業に関係がある訳ですが、一部の業界のみを拘束する法律もあります。そのような法律も、分からないように書いてあり、分厚い重層構造になっているんです。法律では何も分からないので、結局、役所が判断することになるんですね。これが、許認可の存在理由だと思うのです。このように、分かり難い法律が、許認可制度と役人の天下り先を支えている訳です。

 

このような仕組みにあって、個別の企業ではなかなか役所と対等にやり取りすることが難しい。従って、業界団体というのを作るんです。そこを使って、役所との調整をしたり、役人を講師に招き、勉強会をしたりする。場合によっては、この業界団体も役所からの天下りを受け入れたりする。それでもうまく行かない場合には、業界団体が政権党に働きかけをするのだと思います。政権党が欲しがるのは、選挙の際の“票”と政治献金ですね。そして、政権党から役所に圧力を掛けてもらう。ここまですれば、万全です。この構造というのは、あたかもジャンケンのグー、チョキ、パーに似ています。役所は業界団体に勝つ。業界団体は、政権党に勝つ。そして、政権党は役所に勝つのです。また、この構図が無くならない理由としては、それぞれの当事者が以下のメリットを享受するからだと思います。

 

政権党・・・・票と政治資金

役 所・・・・天下り

業界団体・・・新規参入企業の抑止

 

かつて、日本の司法試験は、世界で一番難しいと言われていました。その理由は、それだけ日本の法律が発達しているからだと思っていたのですが、とんでもありません。日本は法律が分からないようになっているから、司法試験が難しいのです。現在、日本では司法試験に合格していないけれど、アメリカでは弁護士資格を持っている、という人が沢山います。英語で試験を受けなければならないというハンディを背負っても、アメリカの試験の方が簡単なのです。

 

このように考えてきますと、現在の日本が法治国家と言えるのか、疑問になってきます。 憲法があるので、そう呼べるような気もしますが、実態は許認可国家だと思うのです。森友学園加計学園の問題も、背景としては上述の許認可に関する構図があって、そこに国家戦略特区という新たな許認可制度を作って割って入ろうとしたところに、事件の発端があったように思います。ちなみに、加計の次は国際医療福祉大学だと言われており、民進党の疑惑調査チームが、既にその究明活動に着手しています。

 

日本を本当の法治国家にするためには、まず、法律を分かり易くすること。そして、そのためには、法律の重層構造のフラット化を図る必要があると思うのです。そもそも法律は、選挙によって選ばれた国会議員の決議によって制定されるべきです。役所が省令、通達、ガイドラインなどを交付して法律のディテールを決める現在のシステムには、納得できません。こんなところにも、古い官尊民卑という価値観が残っているように思います。

 

言うまでもなく、既得権を持っている団体の利益代表となっている政党というのは、特段の既得権を持っていない私のような一般庶民からすれば、何の魅力もありません。それよりも、政策を語る政党を支持したいと思うのです。