文化認識論

(世界を記述する。Since Oct. 2019)

文化認識論(その7) 介在原理と記号分解

かつて、アイヌの人々が行っていたであろう可能性が指摘されている呪術的仮装舞踊劇。これはアイヌのみならず、シャーマニズムの世界において、広く、実施されていたに違いないと思います。参考動画を以下に添付します。この動画の素性はよく分かりませんが、女性ボーカリストが頭に付けているのは、トナカイ又は鹿の骨のように見えます。だとすれば、このパフォーマンスはシベリア地方のシャーマニズムにルーツを持つものだと思われます。途中で男性が骨を地べたに落とすシーンがありますが、これは占いをしているのではないでしょうか。神秘的な照明など現代的にアレンジはされていますが、イメージとしては呪術的仮装舞踊劇に近い。

 

Heilung / Lifa
https://www.youtube.com/watch?v=iJvcN41H3Is

 

この呪術的仮装舞踊劇には、現代の文化へとつながる様々な要素が詰め込まれていると思います。音楽、美術、文学などの芸術。その萌芽が、ここにある。また、全体から見れば、これは後世の儀式、祭り、更にはその後の政治につながる。

 

呪術的仮装舞踊劇の要素を、私の文化領域論に照合してみます。

 

呪術・・・物質系
仮装・・・身体系
舞踊・・・身体系
劇・・・・想像系

 

記号系は、全ての文化領域の基底をなすものなので、これを除外してみますと、呪術的仮装舞踊劇の中には、競争系のみが欠落していることが分かります。かつてのアイヌの人々は、競わなかった。争わなかったに違いないと思うのです。

 

多くの民族がいずれかのタイミングで、シャーマニズムを作り上げていた。我々、和人にだって、シャーマニズムの歴史がある。シャーマニズムは、介在原理に基づいており、そこには調和があり、文化は総合されていた。経済的には原始共産制で、人々は平和に、そして幸福に暮らしていたに違いない。人々は同じ食物を食べ、同じ酒を飲み、同じ服を着ていた。それで、満足だった。あらゆる文化を共有する、文化共同体とでも呼ぶべき人間の集団があって、そこでは自殺する者など、皆無だったに違いない。

 

では、そんなシャーマニズムは、どのように変容して行ったのでしょうか。

 

それは人々が自ら作り出した記号によって、文化の母体とも言うべき呪術的仮装舞踊劇を解体していったのだろうと思うのです。

 

まず、人間は文字という決定的な記号を発明した。これによって、人々は少なくとも2つの階層に分断された。すなわち、読み書きのできる人と、そうでない人。そもそもユーカラなど、口頭によって伝承された物語は、語り手の気分次第で、いかようにも脚色することが可能だった。実際ユーカラの中には、同じ話でも結末だけ異なるものがあります。すなわち、ユーカラを謡う、語る際には、想像力が要求されたに違いありません。しかし、文字による書物が普及すると、そのような語る側の想像力は要求されなくなった。

 

文字によって書かれた書物などは、時間と空間を超えて、普及するようになった。従って、書物に接する層の人々にとっては、情報の量が飛躍的に増大した。そして、長い間存続する書物は、人々の思考を硬直化させたのではないか。あのりっぱな本にこう書いてある。そういう発想が、アカデミズムの弊害をもたらしたに違いないと思います。

 

文字というのは、とても便利な記号です。現に私だって、今、文字を使って原稿を書いています。しかし、言葉や文字の限界にも注意を払うべきだと思うのです。例えば、動物の美しさや大自然雄大さなど、言葉や文字によって伝えることは、困難だと言わざるを得ません。

 

次に人間は、十進法と数字というものを発明した。最早、現代人は数字なくして日々の生活を送ることは困難だと思います。人の集団を見れば、何人だと認識する。チョコレートを食べれば、あと何粒残っているとか、意識する訳です。

 

やがて、人間は音符によって構成される楽譜というものを発明する。ある任意の音程の音を“ド”として、その1オクターブ上の“ド”を探し当てる。そして、2つのドの間を適当に分割して、音階が出来上がる。ピアノなどは、この音階を正確に奏でる楽器だと思います。そして、ここでも人々は2種類に分断されることになる。すなわち、楽譜の読める人とそうでない人。楽譜の読める人は、そのことを誇らしく思っているでしょう。そのことに、異議はありません。しかし、楽譜通りの演奏には、かつてアイヌの人々がユーカラを謡っていた時のような臨場感は感じられない。音楽とは、人々の暮らしと共にあるべきものです。それが、一部のエリートにとっては、大学で学ぶものになってしまった。

 

本当のことを言えば、ドとレの間にも、無数の音程の音が存在します。例えば、ギターの調弦をしてみればよく分かります。音程というのは、区分なくつながっているのです。そして、動物の鳴き声や自然の音というのは、そのような連続性を持っている。また、音には音色という要素もあって、楽譜にそれを記すことはできません。あのムックリの不思議な音色を正確に楽譜に書き写すことなんて、できないのです。

 

例えば、天に突き刺すような馬のいななき。言語学者にこれを言葉で表現してみろ、と言ってみたいものだと思うのです。ヒヒーンですか? いいえ、馬はそのように鳴きません。音楽家には、楽譜にしてみろと言ってみたい。無理でしょう。しかし、オレナ・ウータイであれば、直ちにそれを再現してみせることができる!

 

ここら辺に、記号の限界がある。動物や自然というのは、人間が記号で表すことができる程、単純ではないのです。記号というのは、あくまでも人間にとって都合が良いように、動物や自然の中から要素を切り取って、表現しているだけなのです。

 

更に人間は、貨幣という厄介な記号を発明した。これによって、市場経済が生まれる。人間は富を蓄えることが可能となり、必然的に貧富の差が生まれる。そういうシステムが行き詰っていることは、明白だと思います。れいわ新選組、大西つねき氏の動画などを見れば、すぐに分かります。

 

このような話は、その後も写真、動画、電子信号などへと続きます。例えば、最近は交通事故の動画などが出回っていて、こういうものは裁判の証拠としては有効かも知れませんが、本当のことを言えば、大したことは分からないのです。その時、加害者がどういう健康状態にあったかとか、被害者がどのような痛みを感じたか、ということは動画にも表現されません。

 

かつては、文化なり人間の社会は進歩する、という考え方があった。しかし、いつまでたっても良くならない。実は、進歩しなのではないかという考え方が主流になった。そこで、文化というのは、ダーウィンが提唱した進化と同じように、突然変異と自然淘汰によって説明できるのではないか、という説が出てきた。これが「文化進化論」と呼ばれるものです。確かに、コンビニの棚に並ぶ商品などを例にとって考えますと、これは当たっている側面もある。しかし、本質的に言えば、そうではない。

 

かつて、シャーマニズムにおいては、融和的で、総合的な文化があった。その文化を支えていた原理は、介在原理だと思うのです。そして、以後、人間は記号によって、その文化を切り刻み、解体して来たのだと思います。この原理のことを“記号分解”と呼ぶことにしましょう。もちろん、人間は記号を通じてしか、物事を認識することができません。だから、記号を生み出して来た。その記号が、私たちの文化を切り刻んできたとすれば、なんという皮肉でしょうか。

文化認識論(その6) ムックリとJaw Harp

アイヌの伝統的な楽器にムックリというのがありますが、とても不思議な音がします。竹でできたリードのようなものがあって、それを口に当てて、先端を紐で引っ張る。すると、ビロンビロンという音がなる訳ですが、実はこの楽器、もっと奥が深いようです。以下に添付しましたYouTubeの動画を見ますと、ビロンビロンというメインの音のバックグラウンドで、ヒューヒューという風のような音が聞こえてきます。この音を出すためには、相当な鍛錬が必要ではないか。

 

ムックリの演奏
https://www.youtube.com/watch?v=lN5fD6ujZw4

 

ムックリの演奏方法を解説する動画を見ておりますと、まず、左手でムックリの先端を持つ。そして、左手を自分の顔の頬骨にしっかりと固定するそうです。すなわち、竹製のリード(振動する部分)が醸し出す音が、演奏者の頭骨に反響して、音が出る。そういう仕組みになっているようです。音を増幅させるために、人間の身体自体を使っている。これは、とても声に似ている。

 

そもそも古来より、何故、アイヌの人々はムックリを演奏してきたのか、という問題があります。現代のアイヌの人々は、その理由を次の3つであると説明しています。

 

1. 雨だれの音を真似る。(私の理解としては、ビロンビロンというメインの音)
2. 風の音を真似る。(私の理解としては、ヒューヒューという風のような音)
3. 恋する乙女が好きな人を思って奏でる。(私としては、理解不能

 

そう言えば、オレナ・ウータイが使っている鉄製のものは、Jaw Harpと呼ばれますが、このJawというのは、“顎”(あご)という意味なんですね。昔、Jawsという人食い鮫の映画がありましたが、こちらも同じ意味なのだろうと思います。

 

Blessing of Nature オレナ・ウータイ
https://www.youtube.com/watch?v=oecQDr9B6KU

 

Jaw Harpは、時折、Jew Harpと表現されますが、これは「ユダヤの」という意味ではなく、マウス、すなわち「口の、口で奏でる」という意味だそうです。また、Jaw Harpは、世界各地にあって、それぞれの民族が独自の名前を付けている。ムックリも、Jaw Harpの一種だと言ってよさそうです。また、海外の動画を見ていたら、面白い話がありました。Jaw Harpは、主にシベリア地方のシャーマニズムと共に伝えられて来たものですが、ソビエト連邦、特にスターリンの時代には、その使用が禁じられたというのです。何故かと言うと、Jaw Harpを使用していると、人間が別の世界に行ってしまうからだと言うのです。この「別の世界に行く」という表現は、「人間がトランス状態になる」ということを意味しているのではないでしょうか。すなわち、Jaw Harpというのは、元来、人前で演奏するものではなく、大自然の中で奏でられてきた。(アイヌの人々も、そう説明しています。)そして、演奏を続けるうちに、奏者はトランス状態に入って行く。最終的に奏者は、自然に同化する。これが、Jaw Harpの本質だと思います。また、Jaw Harpを演奏する時、シベリアのシャーマンであれば精霊を思い、かつてのアイヌであれば、カムイに思いを馳せていたのではないでしょうか。

 

人間 - Jaw Harp - 精霊・カムイ - 自然

 

このように考えますと、Jaw Harpとは、音楽を演奏するための楽器ではなく、精霊やカムイと交信するための道具だった、ということが分かります。また、シャーマニズムについて考えておりますと、あらゆる場面で、“介在原理”が働いていることが分かります。

 

アイヌの人々の映像を見ておりますと、時折、食物を火の中に放り込んだりする。もったいないことをするもんだなあ、などと思ったりもする訳ですが、当然、このような行為には意味があって、食物をカムイに捧げているのだろうと思います。アイヌの食文化は、カムイとつながっている。

 

次のユーカラも、私にとっては衝撃的なものでした。

 

赤ん坊の知らせ
https://www.youtube.com/watch?v=PQbOPwM6pk8

 

冒頭、言葉で表現することがとても困難な、「ルルル~」という声が入っている。どうも、これは鳥の鳴き声を真似ているのではないか。冒頭だけかと思ったら、歌の途中にも入っている。つまり、ここには、次の3つの要素が混在していることになります。

 

・動物の鳴き声の真似
・音楽的要素
・歌詞における物語的要素

 

こういう所に、私としては文化の起源を感じるのです。そして、歌詞の中に、赤ん坊の心はカムイとつながっている、という箇所がある。ここにもカムイが登場する訳で、アイヌ文化と言いましょうか、アイヌの人々の認識方法の中核にカムイが存在することが分かります。自分が直接認識できない動物や自然、そして泣き止まない赤ん坊まで、アイヌの人々はその背後にカムイの存在を措定している。アイヌの文化は、カムイという概念によって、結節されている。

 

シャーマニズムの世界では、動物の頭蓋骨が“占い”に用いられたという事例が報告されています。もしかすると、かつてのアイヌの人々も、同じようなことをしていたのではないでしょうか。してみると、占いをする人、熊などの狩りをする人、イナウ(カムイを祀る木の棒)を作る人、ユーカラを歌う人など、何種類かの人々が存在したことになる。換言すれば、何種類かの文化が別々に存在したことになる。しかし、それらのいずれもがカムイとつながっていて、それらの文化を総合したものが、知里真志保氏の言葉「呪術的仮装舞踊劇」ということになるのではないか。

文化認識論(その5) シャーマニズムと介在原理

少し、整理をしましょう。

 

AとBという2項対立があって、そこに介在(者)Cが登場する。CによってAとBの対立関係は緩和され、フラットな関係となる。やがてCを通じて、AとBが調和し、融合する。

 

A×B
A-C-B
A= C=B

 

まず私は、このようなパターンをアイヌの民話「和人になった兄」の中に見出したのでした。もう少し大きな枠組みで考えてみますと、同じパターンをアイヌ文化の中に見出すことができる。アイヌは動物や自然に神が宿ると考えている。この神をアイヌの人々は、カムイと呼ぶ。そして、カムイは人間と動物や自然の間を介在している。

 

人間(A)- カムイ(C)- 動物、自然(B)

 

上記のようなパターンをこのブログでは、「物語的思考」と呼んだ訳です。しかし、これは人間の思考領域を超えて、現実世界における現象として、起こり得る。例えば、母親が子守歌を歌って、赤ん坊を寝かしつける、ということがある。これも、赤ん坊が起きている状態(A)と、赤ん坊が寝ている状態(B)の2項対立があって、そこに子守歌(C)が介在し、赤ん坊が眠りにつくという構図を読み取ることができる。そこで誠に恐縮ですが、このようなパターンを今後は「介在原理」と改称することに致します。

 

さて、もう少しアイヌ文化を検討していくと、例えば知里真志保氏の「呪術的仮装舞踊劇」という言葉に行き当たる。ここで、2つの疑問に行き当たった。

 

疑問1・・・アイヌの文化は、シャーマニズムの一種ではないか。
疑問2・・・「呪術的仮装舞踊劇」の中には、文化が持つ全ての要素が含まれているのではないか。

 

とりあえず疑問1の方が簡単なので、こちらを先に片付けておきましょう。(疑問2の方はややこしいので、別途、検討します。)結論から言いますと、アイヌの文化は、シャーマニズムに含まれます。

 

シャーマニズムについては、まず、17世紀の後半にシベリアで発見された。当初、人類学者や民俗学者たちは、シャーマニズムをシベリア地方に固有の文化であると考えた。しかし、フィールドワークを続けると、類似した文化が北東アジア全体に存在することが分かった。更に研究を続けると、地球のほぼ全域で観察されるに至った。誠に恐縮ながら、この点は、このブログの2016年の記事において既に説明されていました。シャーマニズム、シャーマン、トランス等に関する説明は、当時の記事をご参照ください。

 

運命に導かれたシャーマンたち(2016年)
http://ysatoshi.hatenadiary.jp/entry/2016/08/11/203437

 

シャーマニズムの本質が、シャーマンがトランス状態になるということにあるのであれば、現代人にはほとんどそのような傾向が見られません。よって、一応、シャーマニズムは衰退したと言えると思います。しかし、トランスを要件としない「介在原理」は健在だと言えると思うのです。シャーマニズムから、トランスという要件を控除すると、「介在原理」になる。

 

シャーマニズム - トランス = 介在原理

 

近代日本の小説に「どんぐり」という作品があります。恐縮ながら、作者の名前は失念してしまいました。とても短い作品です。まず語り手として、若い夫が登場する。若い妻は不治の病に侵されていて、余命を宣告されている。夫婦は散歩に出る。妻がどんぐりを拾い始める。夫は、「そんなもの拾ったって、仕方がないじゃないか」と妻をたしなめる。妻は「拾って集めるのが楽しいのよ」と応える。たくさん拾い集めたどんぐりを妻は夫に手渡す。こういう話なんです。とても切ない話で心に響くのですが、ちょっと不思議な話だなあと思って、私としては、心に引っ掛かっていたのです。しかし、こう考えることはできないでしょうか。これからも生きて行く夫(A)がいる。死んでいく妻(B)がいる。ここに2項対立がある。どんぐり(C)が二人の間を介在する。この話、実際にそういうことがあったのではないでしょうか。

 

同じような構図が見られる作品に、志賀直哉の「夫婦」という作品があります。当時のことですから、志賀直哉は自他共に認める亭主関白だった。しかし、妻がそのことに異議を述べることはなかった。ある雨の日、夫婦はよそ行きの着物を着て、目上の人を訪ねる。妻は、白い足袋と下駄をはいている。雨で汚れるといけないので、下駄の上からビニールのカバーを掛けている。訪問先に到着すると、妻は泥で汚れたビニール・カバーを下駄からはずすと、躊躇することなく、志賀直哉の着物の袖の中に押し込んだ。それに対して、怒っていない自分がいた、と志賀直哉は述べています。亭主関白の夫(A)と、多分不満を持っているであろう妻(B)という2項対立があって、下駄のビニール・カバー(C)が夫婦の間を介在し、調和がもたらされるという構図にある。こちらも、ちょっと作家の創作とは思いづらい。

 

上記の小説2例において、介在する(C)は、どんぐりと下駄の雨カバーという“物”だった訳ですが、これが人間になるともう少し、複雑になります。フーテンの寅さんを例に考えてみましょう。「寅次郎の縁談」という作品があります。まず、さくら(賠償千恵子)の息子である満男の就職活動が難航する。満男は「もう就職活動なんて止めたい」と言う。これに対して、父親の博は、「大学まで出ているのに」と言って、満男を非難する。満男は「本当は大学なんて行きたくなかったんだ」と言って抵抗する。怒った博は、満男を殴る。満男が家出する。大体、こういう設定で物語がスタートします。明らかに父親と息子の2項対立が成立しています。そこへ、寅さんが旅から戻ってくる。そして寅さんは、瀬戸内の小島へ満男を迎えに行く。ここから先はお決まりのパターンで、寅さんが恋をして、その恋は破れる。そんな寅さんに触発され、満男は自宅へ戻る決意をし、父親である博と和解する。

 

すなわち、父親である博(A)と息子である満男(B)の間に2項対立があって、介在者としての寅さん(C)が登場し、親子間の和解が成立する、という関係にあります。但し、“物”の場合と違って、人間が介在者(C)となる場合には、条件があると思うのです。誰もが介在者になれる訳ではない。

 

寅さんの場合は、次の2つの世界を行き来している。

 

貧乏ではないが、しがらみに捕らわれている世界・・・寅屋(だんご屋)の世界
貧乏だが、しがらみのない世界・・・テキヤの世界

 

寅さんは架空の人物ではありますが、人生における多大な困難を経験しシャーマンとなった東北地方のゴミソと似ています。ドラマの設定上、寅さんは若い頃に家出をして、20年間、家に帰らなかった。これだけでも大変な苦労だと思いますが、しかし寅さんは、結局、実家の団子屋に帰ったんですね。何故、帰ったのか。そこには、寅さんという人間において、「人格の変容」があったのだろうと思う訳です。

 

この「人格の変容」という言葉は、放送大学で「人格心理学」を担当していた大山泰宏氏の言葉です。大山氏は、概ね、次のように述べています。

 

教養文学と呼ばれる小説のジャンルがある。教養と言っても、特にインテリジェンスを追求するものではない。また、サクセスストーリーでもない。ある登場人物が、自分が望んだ訳ではなく、厳しい環境なり出来事に直面する。その人物は、自らの人格を変容させることによって、困難を克服する。但し、その人物は、小説の結末において、特段、金持ちになったり、社会的な名声を得たりする訳ではない。日本では、「次郎物語」などがこれに当たる。

 

この話には、説得力があると思います。過酷な運命に導かれ、困難を克服するために自らの人格を変容させた者。そういう人だけが、古代においてはシャーマンとなり、現代においては「介在者」になり得るのではないか。

文化認識論(その4) 信仰の対象とその変遷

アイヌの人々は、カムイは雲の上かどこかに住んでいると考えたようです。そして、本来、カムイは人間と同じような姿形をしていると思っていた。そしてカムイは、人間の世界にやって来る時には、動物に変身する。

 

例えば狩猟において、熊を殺す。するとアイヌは儀式を行い、熊のカムイが元いた世界に戻れるようにする。すなわち、祈りを捧げることによって、熊は死んでもカムイは死なないと考えた。そう考えることによって、熊を殺すという行為から来る罪悪感から救済されたのではないでしょうか。

 

アイヌの人々にとっての熊とは、どういう存在だったのか。時には人間が熊に殺される、ということもあったでしょう。熊狩りがうまく行かなくて、飢餓に苦しむようなこともあったに違いありません。ちょっと極端かも知れませんが、かつてのアイヌの人々は、朝から晩まで熊のことを考えていた。そういう可能性だってある。やはり、かつて(特に冬季)のアイヌの人々の最大の関心事は、熊だった。そして、熊とは何者かという疑問に答えるために、すなわち熊を認識するために、カムイという概念が発明された。

 

これを普遍化して言うと、「動物信仰」ということになります。そして、カムイの存在を証明するためには、物語が必要だった。だから、人々には動物の数だけ物語を作る必要があった。実際、ユーカラの数は無数にあったと言われています。

 

そのようにして動物を認識した人々は、動物以外の自然についても認識したいと願った。そこでアイヌの人々は、海や山、川などの自然にも、その背後にはカムイが存在すると考えた。これが「自然信仰」の起源だと思います。これらの自然を表象する神のような存在を、シベリア地方で生まれたシャーマニズムにおいては、精霊と呼んだ。森の精霊、湖の精霊、という具合に。

 

このような認識のパターンが更に進展すると、「やおろずの神」ということになる。すべての事象には、神が宿るという発想になる。例えば、アイヌ絵本には「飢饉のカムイ」などが登場します。

 

やがて、アイヌの人々も焼き畑農業を始めた。この点は、「アイヌ神謡集」の解説の中で知里真志保氏がそう述べています。農業を始めると、人々にとって土地が重要な意味を持ち始める。すなわち、土地をめぐる他民族との争いが始まる。すると、そのような争いにおいて勇敢な働きをした英雄が登場する。そういう物語が作られる訳です。私たちの祖先には、こういう立派な人がいて、現在の私たちがあるのだ。私たちは立派な民族なのだ、ということになります。つまり、他民族を認識することによって、その反射的効果として、自分たちが一つの民族なんだということを認識する訳です。このパターンを何と呼びましょうか。便宜上、「英雄伝説」としておきましょう。

 

このように自らの民族を意識すると、やはり祖先は偉いということになる。そこで、「祖先崇拝」というアイディアにつながる。

 

概ね、ここら辺のタイミングで、文字が登場する。

 

そして、文字によって旧約聖書が書かれ、そこからユダヤ教キリスト教が誕生する。これらは、「一神教」としておきましょう。

 

また、文字で記述することが可能になると、人間の行動のみならず、人間の発言や思想を記すことが可能となる。そこで、「個人崇拝」というパターンが生じる。こんな偉い人がいて、こんなことを言ったとか、こんな考え方をしていた、という記録が残る。ブッダとか、日本の法然親鸞などが、このパターンだと思います。現代における新興宗教も、このパターンだと思います。

 

では、一覧にしてみましょう。

 

1. 動物信仰
2. 自然信仰
3. やおろずの神
 -農耕、牧畜の開始-
4. 英雄伝説
5. 祖先崇拝
 -文字の発明-
6. 一神教
7. 個人崇拝

 

そして、貨幣が生まれる。純粋な人々の心情から出発した信仰は、やがて権力と結びつき、経済原則に飲み込まれてしまう。そもそも、天国や極楽という概念を措定して、その反対概念としての地獄を説くような宗教が、人々を幸せにできるとは思えません。それは人々を不安にするだけです。厳しい修行を奨励するような宗教も、私は支持しません。一神教も民族間の争いを引き起こします。

 

すると、人々を幸せにする信仰というのは、1の動物信仰と、2の自然信仰ではないか、と思う訳です。例えば、アイヌの伝統文化を守ろうとしている人たちは、現在も沢山おられるのだろうと思いますが、私がYouTubeを見る限り、これらの人々はとても幸せそうな表情をしておられる。アイヌの文化を守る活動を通じて、これらの人々は、アイヌの文化に守られているのではないか。

 

動物信仰と自然信仰、これらはシャーマニズムの核心であると思います。そう言えば、シベリアの女性シャーマン、オレナ・ウータイも幸せそうな顔をしていた。余談になりますが、彼女はYouTube上で、「オレナ・ウータイのJaw Harp講座」というような番組を公開していて、とても楽しそうにJaw Harpの演奏方法を説明しています。見ているだけで、こちらまで幸せな気分になって来るのです。

 

もっと言ってしまいますと、実は、動物信仰や自然信仰には、根源的に人の心を癒す効果がある。私は、そう見ているのです。そのメカニズムを解明できれば、きっと私たちはもっと幸福になれる。残念ながらまだ、私には解明できていないのですが・・・。

 

世界的に見た場合、シャーマニズムに似たような信仰というのは、他にもあります。例えば、アフリカに起源を持つヴードゥーというのがあります。これは宗教の一種として、ヴードゥー教と呼ばれることもありますが、これを普及する組織はない。教義もないようです。つかみどころがない訳ですが、動物の骨などにこだわりを持ち、マイルス・デイビスジミ・ヘンドリックスが支持を表明しています。私の読みとしては、動物信仰、自然信仰の一種ということになります。

 

さて、和人の文化としては、どうでしょうか。和人の文化は、「やおろずの神」を含んでいると言って、多分、異論はないでしょう。では、自然信仰はあったのか。例えば、日本には山岳信仰としての修験道というのがあって、この修行をしている人が山伏と呼ばれた。ご神木などと言って、大木が祀られる。

 

動物信仰は、どうでしょうか。多分、これもあったのだろうと思います。「狐憑き」という言葉がある。多分、何らかの方法を用いてトランス状態に陥った者が、「狐憑き」の状態になり、そして、神の言葉を告げる。これが託宣とか、神託と呼ばれたのではないでしょうか。だとすると、これはかなりシャーマニズムに似ている。

 

このように考えていきますと、日本における動物信仰、自然信仰は、神道との関わりの中で育まれた可能性があるように思います。そう言えば、邪馬台国卑弥呼はシャーマンだったという説もありますね。

 

やはり、どこの地域、どの民族も、いずれかの時点では、動物信仰、自然信仰という精神世界を経験しているのではないでしょうか。

文化認識論(その3) 神のユーカラ

少し前の原稿で、知里幸惠さんのことに触れました。彼女は、言語学者金田一京介氏に見出され、アイヌの神話を日本語に翻訳しました。その作業の完成直後、儚くも持病の心臓疾患により19才で夭逝した。しかし、彼女の努力は「アイヌ神謡集」に結実した。気になったので探してみますと、今も岩波文庫(赤80-1)から出版されていました。この本の序文を知里幸惠さん自身が記しておられますが、これがもう大変な名文なんです。例えば「谷間に友呼ぶ鹿の音を外に、円かな月に夢を結ぶ」というような表現がある。

 

また、この本の最初に納められている作品は、「梟の神の自ら歌った謡」というものですが、有名な次の一文から始まります。

 

銀の滴降る降るまわりに、
 金の滴降る降るまわりに。

 

この表現には、巧みなリフレインが含まれていて、まるで歌の歌詞のようです。いや、本のタイトルには「神謡」とある。日本にも謡(うたい)というのがあるし、これは歌だったのではないか。そう思って本を読み進めると、神謡とはユーカラとも呼ばれる謡とのことでした。YouTubeにも、次の動画がアップされていました。

 

60のゆりかご アイヌ語 音声
https://www.youtube.com/watch?v=qJhRtXq30Wk

 

やはりこれは、語るように歌うものなんですね。文字を持たない社会においては、語るという文学と、歌うという音楽が未分化だったことが分かります。すなわち、文学と音楽とは、同じルーツを持つことになる。

 

アイヌ神謡集」には、知里幸惠さんの弟である知里真志保さんという方が、大変興味深い解説を寄せられている。それによれば、韻文物語としてのユーカラには、次の3種類があるとのこと。

 

1. 神のユーカラ/カムイユカル・・・主に動物神が登場する。
2. 神のユーカラ/オイナ・・・人間の始祖である人格神(アイヌラックル)が登場する。
3. 人間のユーカラ・・・人間の英雄を主人公とする。

 

ユーカラという言葉には「動物の鳴き声」という意味があり、ユカルには「真似る」という意味があるとのこと。更に興味深い記述があったので、引用させていただきます。

 

『古くアイヌの社会には祭儀の際に演じられる習いだった呪術的仮装舞踊劇があり、そういう仮装舞踊劇においては、シャマンが獲物たる動物 -それがアイヌにおいては神である- に扮して、その鳴き声を発しながらその行動を所作に表わして舞うことが行われた。その所作、およびそのように所作することがユカル、すなわち「動物の真似をなす」ことだったのである。神謡はもと、そのような仮装舞踊劇の詞章だったのであり、それもまたユカルだった。』

 

上の記述における「呪術的仮装舞踊劇」というのは、シャーマニズムと呼んで良いものではないか。しかし、シャーマニズムの構成要素としては、シャーマンがトランス状態に入ることが不可欠だと思う訳です。すると、知里真志保氏は、続いて次のように述べているのです。

 

『オイナにはその古い用語例をしらべてみると「巫術において神懸りの状態になる」「巫術において忘我の境地に入る」という意味がある。』

 

これはもう、間違いなさそうです。古い時代、アイヌ文化の中にシャーマニズムが息づいていた。

 

そもそも、我々ホモサピエンスは、20万年程前にアフリカに誕生しました。そして、人口が増えるに連れ、地球の各地に拡散して行った訳です。アフリカを出発したのが、約6万年前。エジプトの当たりから、中東に渡る。すると、ヒマラヤ山脈に行き当たる。そこから、山脈の北側に拡散した者と、南に拡散した者とに分かれる。北ルートを選択した者たちは、やがてシベリアに到着する。そこで、シャーマニズムが生まれる。多分、人々は突然変異や旧人ホモサピエンスの前の世代の人類)との交配などを繰り返しながら、更に東に進む。そして、樺太や北海道に辿り着いたのが、アイヌの人々ではないか。

 

その後、極北の地へと進んだのがエスキモーだと思いますが、更に人々は、当時は地続きだったアラスカへと渡り、北米大陸に辿り着く。そこで文化を築いたのが、インディアンです。彼らもシャーマニズムと呼べる文化を持っているようです。よって、シベリアで生まれたシャーマニズムが、アイヌや北米インディアンに伝播したとしても不思議はない、と思うのです。(ロシアの女性シャーマン、オレナ・ウータイはシベリア在住とのことです。彼女が使っているJaw Harpは金属製ですが、アイヌの伝統楽器である竹製のムックリに酷似しています。)

 

ただ、ヒマラヤ山脈の南側に拡散したと思われる人々の間にも、シャーマニズムと呼ぶべき文化はあるようなので、これはもう二本足で立ち、言葉を話す人類としては、必然的に到達すべき文化形態であったと言えるのかも知れません。

 

それにも増して、私にとっての驚きは、シャーマニズムの中に全ての文化領域が含まれているのではないか、ということです。現代人の文化領域について、私は5つに分類して考えていますが、無文字社会における文化領域は、ただ一つ、シャーマニズムがあったのではないか、もしくは全ての文化領域をシャーマニズムが統合していたのではないか、と思うのです。

 

知里真志保氏が用いた「呪術的仮装舞踊劇」という言葉からイメージされるシャーマニズムの現場を想像してみます。

 

ある限定的な空間が設定される。それは建物の中だったか、若しくは広場だったかも知れません。そこには、熊の毛皮や頭蓋骨などが置かれている。アイヌの人々にとって、熊は典型的な動物神だったので、神を表象するそれらの物が置かれていたはずだと思います。また、神事に使う道具として、アイヌは古くからイナウと呼ばれる木の棒を用いていました。そんな物も飾られていたのだと思います。人々は、熊の毛皮を被ったり、鹿の角をあしらったファッションに身を包む。そこで、簡単な打楽器か手拍子に合わせて、ユーカラが歌われる。ユーカラに合わせて、人々は、若しくはシャーマンとして選ばれた特定の者が、踊り出す。踊るというか、動物の所作を真似る訳です。やがてシャーマンは、トランス状態に入る。そして、神々と交信し、願いを叶えようとする。その願いとは、誰かの病気を治すことだったり、狩猟の成功だったりしたのだろうと思います。ここには、演劇、文学、音楽、美術などの原点が秘められていた。そればかりか、医術や自然科学の起源すら、含まれていたのだろうと思います。(物に願いを込めるという呪術は、後に薬草を発見し、漢方薬を創出する。更に、欧州における錬金術を経て、自然科学を生んだのだろうと思います。)

 

かつて、文化とはたった一つの領域で育まれていた。だとすると、文化の歴史とは、細分化の繰り返しだったのかも知れません。例えば、文字が発明されて、シャーマニズムから文学が独立したように。結論を出すのは、まだ早そうですが。

文化認識論(その2) アイヌ文化を支えた2項対立

先の原稿に記しました“物語的思考”のパターンを記号式によって表現することができるのではないか、などと思ったりします。では、記号を定義してみましょう。

 

× ・・・ 対立関係を示す。
- ・・・ 互いに認識し合うフラットな関係を示す。
= ・・・ 統合されたことを示す。

 

まず、2項対立がある。これは(A×B)。
そこに、介在者Cが登場し、フラットな関係が構築される。これは(A-C-B)。
この関係が発展し、やがてABCが統合される。これは(A=C=B)。
この統合体は、便宜上、Cと表記する。
やがて、Cに対立するDが登場する。これは(C×D)。
そこに、介在者Eが登場する。(C-E-D)
以下、最初のパターンと同じことが繰り返される。

 

A×B
A-C-B
A=C=B
C×D
C-E-D
C=E=D

 

上記のようなモデルを考えますと、これはどこまで行っても対立関係を融和しながら、成長していくことになります。アイヌの文化は、このように成長して来たのではないか、と思ってしまいます。

 

これに対し、現代日本においては、介在者Cがほとんど登場しない。だから、対立関係ばかりが増長している。私には、そう見えます。あえて記号式にすると、A×B×C×・・・。

 

上記のように、物語を記号式に表わしてみるという試みは、残念ながら私のオリジナルのアイディアではありません。レヴィ=ストロースがとっくの昔にやっているんです。ある神話があって、それを彼が記号式で説明する。読者は納得する。しかし、誰もレヴィ=ストロースと同じような解釈を記号式に表わすことができない。それが問題だ、という批判もあるようです。何しろ、レヴィ=ストロースが作った記号式は、とても複雑なんです。それに対して、上に記した私の記号式は、とても単純なんですね。現時点で、このような考え方が何かの役に立つのかどうか、それは私にも分かりません。しかし、今後、いくつかの神話を解読していく中で、何らかの効用を見いだすことができるかも知れません。

 

ちなみに、2項対立という考え方もレヴィ=ストロースが提唱しているものです。彼は「要素と要素の関係、要素と全体の関係パターンの背景にあるものは、抽象的な二項対立に還元しうる」と考えた。そして、記号式などを用いて文化の構造を明らかにしようとした訳です。そのような理由から、レヴィ=ストロースの思想は構造主義とか、構造人類学と呼ばれるようになったようです。

 

私はレヴィ=ストロースが大嫌いなのですが、どうも影響は受けている。今後は、あまり彼の悪口は言わず、私は彼の思想を「批判的に継承」しているということにしましょう。(批判的継承! 便利な言葉ですね。)

 

次に、このブログを途中からご覧いただいている方もおられると思いますので、私の想定している時代区分を以下に記します。

 

古代・・・狩猟、採集。文字を持たない。
中世・・・農耕、牧畜。文字を持つ。
近代・・・工業。
現代・・・情報産業。

 

アイヌ文化は、文字を持たなかった。すなわち、上記の時代区分に照らして言いますと、アイヌ文化は“古代”に属する。そして、人類の長い歴史を考えますと、その大半は古代だった訳です。例えば、人類は180万年前から火を使用してきました。文化には、それだけ長い歴史があるということです。一方、人類が文字を発明したのは、わずか5千年前。日本人が文字を使うようになって、まだ2千年程度ではないでしょうか。従って、文化を司る根本的な原則というのは、古代に作られたに違いないと思う訳です。実際、アイヌの文化には、魅力が溢れている。

 

そろそろ、表題の件に移りましょう。

 

アイヌの人々は、極寒の地で暮らして来ました。従って、特に冬季には木の実などを採集することは困難だった。すなわち、狩猟によって食物を得て来た訳です。生き延びるためには、動物を殺して食べる以外に手がない。しかし、動物と言っても二つの目があって、鼻と口がある。人間に似ていないこともない。切りつければ、赤い血が流れる。殺すのは可哀想だ、という感情が生まれる。実際、アイヌには美しい鳥を前にして、弓を引こうか否か逡巡するという踊りが、今日まで伝承されています。動物を殺さなければいけない、でも可哀想だ、というのがアイヌをはじめとする古代人が抱えた根源的な2項対立だったと思います。

 

アイヌの場合、この2項対立を緩和させるために想定したのが、カムイだった。カムイを日本語では神様と表現する場合もありますが、その内実はとても異なるものです。神様は人間よりも上位に存在するものですが、カムイはアイヌの人々と対等の関係にあった。物語の中で、時にカムイは人間にいたずらをしたりします。怒った人間がカムイと戦って、カムイを懲らしめることもある。

 

そして、人間はカムイと交信することが可能だった。人間の側からカムイに何かを伝達する際には、儀式が用いられた。他方、カムイから人間に何かを伝達する際には、人間の夢が用いられた。カムイは、人間と動物を介在する存在だったはずです。

 

A(人間)×B(動物)
A(人間)-C(カムイ)-B(動物)

 

やがて、それらは統合され、調和の取れたアイヌ文化を構成する。

 

A(人間)=C(カムイ)=B(動物)

 

アイヌの人々は、幸福だったのです。

文化認識論(その1) アイヌ絵本 和人になった兄

このブログのタイトルは、文化の誕生、文化で遊ぶ、文化領域論と変遷して来ましたが、今日から、文化認識論に変更致します。

 

まず、以下にリンク先を貼付致しますYouTubeアイヌ民話をご覧いただきたく、宜しくお願い致します。これは本ブログの9月14日の記事にリンク先を貼付したものと同じです。約14分あります。

 

アイヌ絵本 和人になった兄
https://www.youtube.com/watch?v=on5UuLy1dMI

 

原作において、話者は“弟”になっていますが、“兄”の立場から、この物語の概略を記してみます。

 

・両親に連れられて、和人の村に交易に出たアイヌの“兄”は、和人の夫婦に請われて、養子に出される。
・“兄”は和人の養父母に大切に育てられるが、実父母や弟のことが忘れられず、苦悩する。
・月日は流れ、成人した“兄”は、交易のためにやって来た“弟”と再会する。“兄”は“弟”に対し、涙ながらに自分の生い立ちを語る。“弟”はこれを涙ながらに聞く。そして、“兄”は過去のわだかまりを捨てる。
・“兄”は、和人として生きて行く決心を固める。

 

上記のように解釈しますと、この物語には典型的な起承転結のあることが分かります。では、この物語が何を意味しているのか、読み解いてみましょう。

 

まず、アイヌと和人という2項対立がある。かつてアイヌの人々にとって、和人はとても不思議な存在だったはずです。外見は似ているものの、言葉や衣服、風習など、全てが異なっている。これは一体どういうことなんだろう、と不思議に思っていたはずです。

 

そして、物語の中で“兄”の身の上に生じた起承転結が語られる。すなわち、和人として生きていく決意をした“兄”は、言わばアイヌと和人の中間的な存在となる。その後、アイヌの人々は、和人の村には“兄”がいて、その子孫のいることを語り継ごうと言っている。結果として、アイヌの人々は和人を自分たちとつながりのある民族として、認識するに至る。別の言い方をしますと、当初存在していた2項対立が緩和されている。

 

ここに、文化を司る本質的な構造があるのではないか。

 

AとBが対立している。そこに、Cが登場する。Cが何らかの転換を経て、AとBの中間的な存在となる。結果、AとBの対立関係は緩和され、AはBを認識する。

 

仮に、当初の段階から転換後のCが存在していると、AとBの対立関係が成立しない。よって、Cはあくまでも転換する必要がある。換言すれば、この思考方法には転換を描く物語が必要となる。

 

何らかの転換を経て、中間的な存在となるCを、今後、“介在者”または単に“介在”と呼ぶことにしましょう。

 

私がこのブログで“物語的思考”と呼んで来た思考、認識方法の本質も、ここにあるように思います。よって、このような思考、認識方法については、引き続き“物語的思考”と呼ぶことにします。

 

上記のように考えますと、同じような例は、沢山あります。例えば、誰もが知っている“鶴の恩返し”。これは、まず人間と鶴という2項対立があって、鶴が人間の娘へと転換を遂げる。すなわち、介在者となる。人間は介在者を通じて、鶴という鳥を認識する。

 

9月14日の記事に貼付した以下の動画も、構図は同じだと思います。

 

韓国人女性のフリーハグ
https://www.youtube.com/watch?v=Ob6QediH92w

 

日本と韓国が対立している。そこに介在者として、韓国人女性が登場します。日本に居住している彼女は、実家に連絡してチマチョゴリを送ってもらったそうです。そして、フリーハグを決行する。

 

物語的思考というのは、どうやら介在者を通じ、自分の方に引き付けて物事を認識しようとするんですね。だから、融和的、平和的なのだと思います。