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文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

お知らせ

皆さん、こんにちは!

 

実はこのブログ、昨日からアクセス件数が激減しております。森友学園、籠池氏の証人喚問の方に、皆様の興味が行ってしまったものと推測致しております。無理もないことです。私も、テレビの国会中継などを見ておりました。

 

さて、現在連載しておりますシリーズですが、やっと、近代まで辿り着きました。次回は、近代思想のメンタリティとはどういうものだったのか、そこで生まれたいくつもの対立関係が、いかに消滅して行ったのか、考えてみようと思っています。

 

籠池氏の件と特段の関係はありませんが、1週間程、ブログの更新をお休みさせていただきます。次回更新は、3月30日頃を予定しておりますので、宜しくお願い致します。

 

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昨秋、蔵王にて。

No. 86 共同体と個人(その3)

宗教国家としてのメンタリティに劇的な変化を及ぼしたのは、第二次世界大戦だったと思います。ヨーロッパでは、ナチスドイツが無数のユダヤ人を虐殺した。そして、広島と長崎に原子力爆弾が投下された訳です。この2つの出来事は、人類に衝撃を与えたに違いありません。

そして日本では、日本国憲法が1946年に公布され、翌1947年に施行されました。その第1条には、こう記されています。

第1条(天皇の地位、国民主権
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

この第1条をもって、日本において1300年以上も続いた宗教国家の時代は幕を降ろし、近代国家としての新たなスタートが宣言されたんです。そういう思いでこの条文を読み返しますと、私などは、ちょっと感動してしまいます。

ところで、「日本国憲法GHQに押し付けられたものなので、我々日本人の手で作り直すべきだ」、という議論があるようです。文献1によると、経緯はこうだったようです。まず、日本人が草案を作った。しかし、それは天皇に主権があるという大日本帝国憲法と変わらない内容だった。それでは困るということで、GHQが草案を作り、それを日本側が承認した、ということのようです。ただ、私としては、そういう議論には意味がないと思うのです。例えば、料理を食べる。その時、あなたはその料理を誰が作ったということにこだわりますか? 私は、こだわりません。ただ、うまいか不味いか、それだけです。憲法だって、同じではないでしょうか。要は、中味なんです。

次は、問題の第9条です。全文を引用してみましょう。

第9条(戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認)
① 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

ここには明確な平和主義が規定されています。素晴らしいですね。理想的です。しかし、理想というものは、必ずしも現実と一致しない。問題は②項です。戦力は保持しないと定められていますが、現実には自衛隊がある。この点、自衛隊は戦力ではないという解釈が定着しているので、問題はなさそうです。では、最後の一文はどうでしょうか。「国の交戦権は、これを認めない」。例えば中国が日本の尖閣諸島に侵略してきたらどうするのか、と心配になってしまいます。しかし、“文献1”によれば、1954年に「自国に対して武力攻撃が加えられた場合に、国土を防衛する手段として武力を行使することは、憲法に違反しない」とする政府見解が出されているということです。更に、2014年に安倍内閣は上記の「自国に対して」という部分を拡大し、集団的自衛権の行使を可能とした訳です。賛否両論あるでしょうが、結論として言えることは、これだけの拡大解釈が既になされているので、9条に関連して言えば、特段、急いでこれを変更する必要はない、ということではないでしょうか。本稿は、憲法論を論じることが主眼ではないので、次に進みます。

第13条(個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重)
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

これはもう、感動ものです。国民は個人として尊重されるんだ、そして個人は自由を追求することができるんだ、ということが明確に謳われています。日本に生まれて本当に良かったですね。

その他にも第19条には「思想及び良心の自由」、第20条には「信教の自由、国の宗教活動の禁止」、第21条には「言論の自由」などが定められています。もう、日本国憲法は、100点満点だと思うのです。しかし、それで全てが解決という訳にはいかなかった。

前の原稿で、宗教国家のシステムについて、「個人に自律的な思考を促さないシステム」であると述べましたが、反対に日本国憲法は「個人に自律的な思考」を促していると思うのです。個人を尊重するということは、それぞれの個人が個性を持つことが推奨されている、とも言えます。私のような変わり者にとっては有難い限りなのですが、必ずしも誰しもがそうという訳にはいかなかった。そこで、宗教国家の時代の方が良かったと思う人たちが、日本国憲法のマインドに違和感を持った。今話題の石原慎太郎とか、森友学園の籠池氏など、未だにそういうマインドを持った人たちがいるんですね。

他方、日本国憲法に飛びついたのは、左翼思想を持った人々だった。思想の自由は保障されているんだろう、我々は社会主義共産主義が正しいと思っているんだ、という動きが出てきます。1949年に中国共産党による一党独裁国家である中華人民共和国(中国)が樹立されるなど、外国においても共産主義が台頭してきた。

こうして近代思想の時代が幕を開ける訳ですが、この時代には様々な対立軸というものが、明確に見えていたのだと思うのです。右翼と左翼。信仰とロジック。そして、共同体と個人が対立し始めた。個人は、共同体と対立し、もしくはそこからの独立を目指すことによって、自らの個性というものを確立しようとしたのだと思います。

このような対立関係というのは、他方では芸術をはじめとする文化にも、強烈なパワーをもたらしたんだと思います。日本では、戦時中の極限状況を題材とした戦後文学が生まれる。1940年台の後半には、アメリカでチャーリー・パーカーマイルス・デイビスがいわゆるモダン・ジャズを始めるんですね。1950年代には、ニューヨークであのジャクソン・ポロックが絵画の革命を起こす。そして、1960年代に入ると、イギリスでビートルズローリング・ストーンズが誕生する。そして、モダンという時代は、そのピークを迎えつつあったのだと思うのです。

(参考文献)
文献1: 新・どうなっている!? 日本国憲法法律文化社

No. 85 共同体と個人(その2)

宗教国家が生まれる直前の日本では、豪族による武力支配と、シャーマニズムに基づく精神世界があったようです。そこで、聖徳太子(574~622)が登場します。聖徳太子に関しましては、どこからどこまでが彼の功績だったのか判然としないようですが、ここでは当時の偉人の象徴という意味で、登場してもらうことにします。

聖徳太子は遣隋使を派遣するなどして、大陸の文化、特に仏教を積極的に取り入れ、天皇を中心とした中央集権国家の設立を目指しました。まさに、宗教国家としての日本はこの時代に生まれたんですね。そして、彼は17条憲法というものを作った。これは「一に曰く、和を以って貴しとなし~」という言葉から始まります。これを反対解釈すれば、当時の社会では争いが絶えなかったということですね。そういう混乱した社会に秩序を与えようというのが、聖徳太子の願望だったのではないでしょうか。そして、17条憲法の2番目には仏教を信奉せよとあり、3番目では天皇制について言及しています。日本における仏教神道天皇制)の関係は、既にここから始まっていたんですね。また、聖徳太子は冠位十二階という身分制度も制定します。(学説上は、異論もあるようです)これは、朝廷に使える臣下を12の等級に分類する階級制度であって、天皇が授与したと言われています。こうして日本においても、階級というものが制度化されていく。

その後、紆余曲折はあったものの、この宗教国家という制度は、第二次世界大戦で敗戦するまで継続したのだと思います。大日本帝国憲法の第1条には、こう記されています。

第1条 大日本帝国万世一系天皇之ヲ統治ス

現在の日本国憲法が施行されたのは1947年ですから、日本における宗教国家の時代というのは、聖徳太子の時代から1300年以上も続いたことになります。そしてその間、日本を支えてきた制度の最大の特徴は、“集団主義”であったと思うのです。人々の“個性”などというものが、注目されることはなかった。“自由”にいたっては、その概念すら存在しなかった。徹頭徹尾、集団の結束と集団の利益が尊重されていた。そのような時代にあって、人々の心を支えていたのは仏教神道天皇制)だった訳ですが、江戸時代以降は、それらに“武士道”が追加された。

武士道の起源は相当古いのだろうと思うのですが、有名なのは、“葉隠”ではないでしょうか。これは、「徳川幕府が開かれてから約百年たった元禄時代の直後、佐賀藩の元御側役であった山本常朝が口述し、後輩の田代陣基が筆録した一種の語録であり、回想録である」ということです。(文献1)時代背景としては、江戸時代のことなので、結構、平和な暮らしが続いていた。すると武士が、堕落してしまう。そういう若者を先輩武士である山本常朝(つねとも)が叱咤している。しかし、そこには狂気ともいえる内容が含まれています。例えば、「武士道は死狂ひなり」ということが書かれているんです。これは、いざという時にあれこれ考えていては、行動が遅れる。そういう時には、死に物狂いでぶつかれ。何も考える必要はない。そうすれば、「この内に忠孝はおのづから籠るべし」というんですね。お家の一大事のような時には、何も考えずにお前の命を差し出せ、と言っている。武士道の本質が、ここにあるような気がします。このような考え方が、やがて新渡戸稲造三島由紀夫に影響を与えていく。教育勅語にも、その流れは通じているようです。言うまでもなく、武士道という考え方は、個性も、自由も、人権意識も、そんなものとは無関係で、徹頭徹尾、集団主義なんです。

時代によって違いはあるのでしょうが、概ね、そういう時代が1300年続いた。別の言い方をすると、当時の日本人の精神の中に、自己意識というものは、希薄だったと思うのです。自分とは何か、自分はどう生きるべきなのかという問題意識は、あまりなかった。個人の存在意義というものは、共同体との関係性の中にしか存在していなかった。ある側面を捉えれば、宗教国家の制度というものは、個人に自律的な思考を促さないシステムだったと思います。従って、自律的な思考を望まない人々にとっては、居心地が良かった。

では、そういう日本人が共同体を離れた時に、どうなったのかという問題もあると思うのです。例えば、旅に出る。現役を退き、隠遁生活に入る。すると、自己意識の希薄な日本人は、自然と同化していったのではないでしょうか。

 

古池や蛙飛び込む水の音

 

ここに、自己意識というものは感じられません。あくまでも自然があって、この句を詠んだ芭蕉がそこにいて水の音を聞いたのかどうか、それは重要ではない。自然の静けさこそが、この句の主題であると思うのです。このように、日本人の自然観というものは、個人や個性を尊重しない宗教国家のシステムが、その反射的効果として生み出したのではないかと思うのです。

(参考文献)
文献1: 続葉隠/神子 侃/徳間書店/1977

No. 84 共同体と個人(その1)

このブログのNo. 82 ~ No. 83におきまして、“プレモダンのメンタリティ”というタイトルで原稿を掲載致しました。実は、これをシリーズ化して、モダン、ポストモダンへ続けようと思っていたのですが、どうもうまく行きません。一つには、時代区分は4つにすべきだと思い始めてしまったことと、どうもメンタリティという漠然とした切り口では、焦点がボケてしまう。

そこで、時代区分は4つにして、共同体と個人の関係にフォーカスしたものに仕切り直しをさせていただくことにしました。行きつ戻りつ、脱線しつつ、というのがこのブログの特徴なので、ご容赦ください。また、今回のシリーズで私が記載したいと思っている時代区分と、各時代における共同体と個人の関係につきましては、以下の通りです。

A. 無文字社会の時代  ・・・ 一体
B. 宗教国家の時代   ・・・ 依存と支配
C. 近代思想の時代   ・・・ 対立
D. ポストモダンの時代 ・・・ 分離

予め、概略を記しましょう。まず、“無文字社会の時代”につきましては、個人の自己意識というものは芽生えておらず、個人は、共同体と自らを区別することなく、一体感が育まれていたものと思います。文字が発明されると宗教が生まれ、それが国家へと発展していく。個人のメンタリティとしては、共同体に依存していたと思います。自由とか、個性という概念自体が、まだ生まれていなかった。しかし、共同体が国家としての形を持ち始めると、そこに納税義務が生じる。国家の権力というものが生じる訳です。そして、特に明治維新以降は、外国との戦争が始まります。この時代は、共同体としての国家が、個人を支配していたと言えると思うのです。敗戦後、日本国憲法が制定されます。私は、この憲法の中に近代思想の骨格が記されていると思うので、主要な条文についても考えてみたいと思っています。日本国憲法は素晴らしいと思いますし、その憲法は幸い、今日においても健在です。しかし、近代思想については、その信頼性が揺らぎ始めた。何がどう揺らいで来たのか、今一度、検証してみたいと思っています。近代思想が揺らいだ結果、ポストモダンというメンタリティが生まれる。これはもう、歴史的な必然だったのでしょう。ポストモダンの時代においては、共同体自体がその結束力を弱めている。共同体の側からの個人への働き掛けというものが弱まり、個人も共同体への依存を最小限に留めようとしている。この現象を“分離”と記した訳ですが、ディタッチメントなどと呼ぶ場合もあるようですね。AとBについては、既にいくつかの原稿で言及していますので、今回は、CとDに力点を置きたいと考えています。多分、皆様が興味を持っているのも、“ポストモダン”ではないでしょうか。但し、ポストモダンのメンタリティというのは、近代思想に対するアンチテーゼとして生まれたものだと思うのです。従って、近代思想とは何だったのか、何故それが衰退したのかというところから考える必要があると思うのです。

ところで、タイトルにも使いました“共同体”という言葉の意味を定義する必要がありそうです。学生時代に読んだ社会学の教科書には、次のような記述があったと記憶しております。人間集団の中には、目的を持ったものがある。その典型は、国家である。このような集団をゲゼルシャフトと言う。他方、特段の目的を持たない集団もある。典型は、社会であり、家族である。このような集団をゲマインシャフトと言う。当時は、なるほどそんなものかなあと思ったのですが、その後の私の実社会における経験において、そんな違いはなかった。会社というのは、利益を追求する集団であり、典型的なゲゼルシャフトであるはずです。また、私としても、そうあって欲しかった。とにかく、休日は、誰にも邪魔をされたくなかったのです。しかし実際には、祭り、スポーツ大会、花見、慰安旅行と、私の休日は潰され続けたんです。あの時の休日を返せ、と叫びたい位です。おっと、また脱線しかかってしまいました。話を戻しますと、このような実体験からして、集団をゲゼルシャフトゲマインシャフトに分けることに、メリットはないと思うのです。よって、このブログでは、双方をひっくるめて、“共同体”と呼ぶことにします。大きなものは国家から、小さなものは家族まで、ということになります。

さて、無文字社会の歴史につきましては、No. 82の原稿に記しましたので、ここでは補足的な事項のみを記します。

初期の無文字社会では、狩猟採集によって人々は暮らしを立てていました。言わば“なわばり”というものがなく、比較的平和に暮らしていたものと思われます。(ゴリラなんかもそうですね。)獲得した獲物も、平等に分配されていたと言われています。そうでないと、弱い者、子供などが生きていけない。そうしてみると、ほぼ、階級などはなく、平等な社会だったと言えそうです。支配、被支配の関係というものも存在しなかったのだろうと思います。また、文化としては、既に物語や呪術が存在したものと思われます。

やがて、農耕・牧畜が行われます。農耕を始めるということは、すなわち“なわばり”を持つこととなり、部族間の衝突が生じます。また、定住することにより、人間集団の規模が、少し拡大したのではないでしょうか。そこで、祭祀の文化が発達し、祭祀を取り仕切る者、お告げを聞く者としてのシャーマンの役割が拡大します。雨乞いの儀式なども、この時期に生まれたのではないでしょうか。日本で言えば、邪馬台国卑弥呼が有名ですね。しかし、この時代においても、支配・被支配の関係は、存在しなかった。仮に存在したとしても、それは緩やかなものだったはずです。また、階級制があったとしてもそれは、シャーマンとその他の人々、という程度の緩やかな区分だったのではないでしょうか。また、シャーマンが祈るのは、共同体やそのメンバーにとって利益となる事柄ですから、他のメンバーにとっても、納得性は高かったものと思います。このような時代において、人々は共同体と自分というものを区別することなく、両者を合一して、認識していたものと思われます。なんだか、それはそれで、幸せな社会だったのかも知れませんね。

無文字社会の時代に生まれ、今日にも生き続けている文化というのは、少なくありません。祭りとか、民芸品などもそうですね。現代のマンガも、実はこの時代に作られた物語に通ずるところがあると思うのです。その中では、奇想天外なことが起こるんです。

No. 83 プレモダンのメンタリティ(その2)

No. 83

<プレモダンのメンタリティ(その2)>

プレモダンについては、やはり、2つの時代区分に分けて考えた方が良いかも知れません。

無文字社会の時代
・宗教国家の時代

双方の時代には、共通点もあります。人々の個性や自由は、尊重されなかった。しかし、これらを区分すると、例えば村上春樹の作品世界がよりクリアに見えてくる!

前回のシリーズで取り上げました村上春樹の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(以下「本件作品」といいます)には、宗教国家のメンタリティというのは登場しないんです。例えば登場人物が突然悟りを開くとか、特攻隊精神を鼓舞するとか、そういう話はまったく出て来ない。本件作品に登場するのは、呪術師とか悪霊ですが、これらは皆、無文字社会のメンタリティなんですね。また、本件作品にはいくつか、登場人物が現実世界と夢の世界を混同する場面が描かれています。例えば、多崎つくるは白根柚木とセックスをする夢を見ますが、その後、「白根柚木をレイプしたのは僕かも知れない」というようなことを発言しています。完全に、夢と現実を混同している。しかし、このようなことは、無文字社会であるパプアニューギニアのイワム族では、実際に起こるんです。「あの男が夢の中で、俺の農作物を盗んだ。だから、あいつを逮捕してくれ」とイワム族の男が白人の保安官に陳情したという話は、以前、このブログに記載した通りです。

そもそも、夢というものは、何らかの意味を孕んでいる場合もあるし、そうでない場合もある。本件作品に登場する多崎つくるの夢も、同じかも知れません。意味のある場合と、意味を推察することができない場合があるように思います。村上春樹は、意味のある夢だけを抽出しないで、意味という概念を捨て、夢そのものを作品内に持ち込んでいるのかも知れません。

ところで、村上春樹の作品においては、登場人物がいとも簡単にセックスをするんですね。このことに違和感を覚える人も少なくないと思うのです。現代日本の現実というものは、そう単純ではない。しかし、前述のイワム族の社会では、同じようなことが起こるんです。

数十年前の話ではありますが、イワム族の男女が偶然、森の中で出会った。すると女性がこう言ったそうです。「あなたは男、私は女。私はOKよ」。それで、2人はセックスをした。随分、簡単ですよね。現代なら、まずメルアドか何かを交換するところから始まる訳ですが、当時、そんなものはない。メールを打とうにも、そもそも文字がない。すると、こういうことが起こるのでしょうか。

しかし、これって村上春樹の世界に通じてないでしょうか? 本件作品においても、大学生の多崎つくるは、アルバイト先で知り合った女性と、簡単に肉体関係を持ったことになっています。やがて、彼女が結婚するため、2人は別れる。彼女は、婚約していたんですね。そして、こう言うんです。「とても良い人なのよ」。こういう関係と、前述のイワム族の話と、どこか似ているように思うのです。共通しているのは、そこに至るまでのプロセスが簡単であること。また、セックスに関して、道徳的、心理的な規制というものが働いていない、ということでしょうか。

モダンの時代に生きながら、モダンを否定し、宗教国家のメンタリティを目指したのが三島由紀夫だとすると、ポストモダンの時代に生きながら、モダンを否定し、無文字社会のメンタリティを訴求しているのが村上春樹だと言えそうです。

No. 82 プレモダンのメンタリティ

人間の心のあり様、これはメンタリティと言っていいと思うのですが、これを3つの時代区分で考えるというアイディアは、河合俊雄氏の文献にヒントを得たものです。これが、なかなか興味深い。

<3つの時代区分>
プレモダン・・・・前近代
モダン・・・・・・近代
ポストモダン・・・近代後、現代

但し、メンタリティも文化と同じで、旧来のものが簡単になくなる訳ではありません。現在がポストモダンの時代だとしても、未だにプレモダンとモダンも生きている訳で、これはあたかも積み木を重ねていくような仕組みになっていると思います。従って、上記の区分は、それぞれのメンタリティが発生した時期の区分、ということになります。

人類の歴史が10万年だとすると、大半がプレモダンの期間ということになります。まず、人類が文字を持つ前の時代についてですが、これは、このブログの冒頭の記事に詳述していますので、ここではそのポイントのみを振り返ってみます。

人類はまず、言葉を獲得しました。すると、様々な自然現象などについて、疑問を持つようになります。そして、仮説を立て、それらの不思議な現象を理解しようとします。その仮説が、神話や民話などの“物語”として、語り継がれていきます。次に、現実世界に対し、能動的に働き掛けようと考えます。例えば、病気を治したいとか、恨みを晴らしたいと思う。そこで、人類は“呪術”を発明します。まじないの言葉、特定の植物や動物の骨などを使って、何かを可能にしようとする。呪術は1人で、または少人数で行われます。やがて、人類はトランス状態になることを覚えます。その方法は、大別すると2つあって、1つには長時間踊り続けるなどの方法があります。2つ目は、麻薬を利用する方法です。それが“祭祀”の起源だと思われます。呪術と違って、祭祀は大人数で行われます。すると、メンバーの中から、トランス状態になり易い人、トランス状態をコントロールできる人が現われます。その人が、やがて“シャーマン”となる。グループを代表してトランス状態になり、精霊などと意思疎通を図り、“お告げ”のようなものを得る。

上述の“言葉”から“シャーマニズム”に至る期間は、例えば“無文字社会の時代”と呼べるかも知れません。この時代のメンタリティの特徴としては、まず、“融即律”というものがある。これは、対立する2つの概念があったとして、一方を肯定することは、他方を否定することにならない、というものです。また、“類化性能”ということもあります。これは、合理的に考えれば特段の関係がない複数の物事に対し、その類似性なり関係性を認める、というものです。いずれにせよ、現代に生きる我々からしてみれば、非合理な考え方、と言えます。(但し、現代においても、天才的な芸術家などはこれらのメンタリティを“直観”として維持している、というのが私の意見です。)

ところで、上記の無文字社会の時代においては、人間の個性というものはどのように考えられていたのでしょうか。もしかすると一人ひとりの人間が特徴を持っているという発想がなかったのかも知れません。そうではなくて、当時の人々は、人間の集団に特徴を持たせることに腐心していたように思えます。例えば、トーテミズム。これは、特定の動物などと、特定の人間集団を結びつけるものです。日本にトーテミズムはなかったと言われていますが、日本には家紋があり、屋号があり、暖簾があり、各地域を象徴するような神社があります。従って日本も例外ではなく、人間の個性は注目されず、各人が所属している共同体と、その内部における結束力が重要だった。

伝統文化が、人間の個性というものに注目していない理由がここにあると思うのです。以前、盆踊りの行列に出くわしたことがありますが、全員が同じ浴衣を着て、リズムに合わせて同じように踊り、笠を被って顔が見えないようにしている。そこに、個性という発想は見受けられません。また、茶道、華道、歌舞伎、日本画などにも流派というものがあって、基本的には師匠の技を弟子が継承していく。あまり、個性には注目されていない。

やがて、人類は文字を発明します。すると、シャーマニズムの体系化、組織化が可能となり、宗教が生まれます。そして、宗教と渾然一体となった国家が生まれる。宗教国家とでも言いましょうか。日本で言えば、仏教を採用した聖徳太子が17条憲法を作ってから、第二次世界大戦で敗北するまでの期間がこれに相当すると思います。宗教国家の時代は、宗教上の戒律、封建制、曖昧な法律などが人々を縛りあげ、個人の自由は否定された。この時代のメンタリティを簡単に言うと、個性と自由を否定するものであった。戦時中の話は、私が述べるまでもありません。

さて、ここで少し、個人的な体験について、述べさせていただきます。

私は、昭和の時代に地方で製造業を行っている会社に就職しました。その会社での1年のサイクルは、まず、正月に上司の家に集まることから始まるんです。そして、桜の時期には、花見がある。若手社員は上司の命令で、仕事は早めに切り上げて、花見の場所取りに行かされます。お酒を飲み過ぎて、喧嘩になるようなこともありました。夏には、全社を挙げて夏祭りを開催します。秋には、慰安旅行もあります。当然、夜は宴会になる訳ですが、その際にはセクション単位で、隠し芸をやらされるんです。今の人からすれば、信じられないと思いますが、昭和の会社というのは、結構そういうものだったんです。折角の日曜日でも、野球大会をやるから出て来い、というようなことがしょっちゅうある。休日がどんどん潰されていく。当時、先輩が「若い者に暇を与えると、悪い本でも読んで共産主義に染まるから、時間を与えないんだ」ということを言っていました。私は、共産主義には染まらないので自由にさせて欲しい、と心の底から思ったものです。今から思えば、当時、その会社のメンタリティは、プレモダンだったんですね。個性は顧みず、自由は与えない。共同体としての会社組織があって、その内部の結束力が重要だった。そういう価値観だった。

その会社は、10年程前にスウェーデンの会社に買収されました。私としては、ヨーロッパの会社なので、合理的な会社になるだろうと期待したものです。しかし、ある時、スウェーデンまで呼び出されたのですが、そこで何をしたかというと、グループに分かれて海辺でカニ釣りをするんです。1メートル程の釣竿を渡されるのですが、先端にタコ紐がついている。岩肌にへばりついている貝を石で叩き割って、それをタコ紐の先端に結びつける。水際にそれを垂らして上下させていると、運が良ければ小さなカニが採れる。もちろん、親睦とレクリエーションとしてやっているのですが、私としては12時間もかけて、ほとんど地球の反対側から来ている訳で、やり切れませんでした。また、別の機会には、ホテルの大ホールを借り切って隠し芸大会をやる。目的は共同体の結束力強化であって、結局、スウェーデンの会社もプレモダンだったんです。

スウェーデン人を批判する訳ではありません。人口9百万人の小さな国です。それなりの事情もあるのでしょう。しかし、数日前、ネットである記事を見つけたのです。記事によれば、スウェーデン徴兵制が復活されるということです。さもありなん、という感じがします。このように、政治状況と人々のメンタリティには、密接な関係があると思うのです。

No. 81 村上春樹の「少し前の作品」を読む(その6)

当初の予定に従えば、“文体”について検討することになっていました。しかし、これは具体例を示すまでもないように思えてきました。すなわち、本件作品においては、各登場人物の何に焦点が当てられているかと言えば、服装であったり、髪型であったりする訳です。そして、各人物の喜怒哀楽は、あまり描かれない。それはあたかも、各登場人物が記号として扱われているように見えます。それは、本件作品がポストモダンの人間観を基調としているからだと思います。

次に作品の分解の仕方ですが、他にも方法はあります。例えば、象徴的な事物を抽出して検討するということが考えられます。例えば、高校時代の五人グループ。これは、共同体の象徴であると解釈することが可能かも知れません。共同体と個人の間にある緊張関係。そのようなものが提示されているように思います。また、繰り返し現れるのが“駅”です。多崎つくる自身が、駅の設計に関わる仕事に従事している。新宿駅に関する描写では、人々が切り離されている様子が描かれる。他方、エリは多崎つくるに対し、このように述べる箇所もあります。「まず、駅をこしらえなさい。彼女のための特別な駅を。用事がなくても電車が思わず停まりたくなるような駅を」。この箇所では反対に、人間同士の関係を築く基礎としての“駅”が語れている。

本件作品の特徴を簡単に言えば、論理などモダンの価値観を真っ向から否定した上で、ポストモダンのメンタリティを持った主人公が、プレモダンのメンタリティを持った人物に導かれ、他人や共同体との関係性を取り戻そうとする小説である、ということになります。

では、本件作品と読者との関係を考えてみましょう。まず、本件作品を肯定するであろう読者の特徴について列記してみます。

ポストモダンのメンタリティを持っている人。
・プレモダンのメンタリティを持っている人。
・論理を信じていない人。
・本件作品を多崎つくると沙羅の恋愛小説として読んでいる人。
・本件作品を推理小説だと思っている人。

ちょっと、最後の項目は意外かも知れませんが、ネットを見ていると、実際に推理小説として、本件作品を分析している方がおられました。白根柚木は誰に殺されたのかということがポイントで、真犯人は多崎つくるの父ではないかとの推理でした。面白い読み方ですね。いろんな読み方があっていいと思います。

次に、本件作品に違和感を覚えるであろう人たち。

・モダンのメンタリティを持っている人。
・論理を信じている人。
・裕福で、高学歴で、才能に恵まれた、美男美女の話に違和感を覚える人。

では最後に、私自身の本件作品に対する所感を述べさせていただきましょう。まず、今回の原稿を書いてみて、私自身のメンタリティはモダンだなあと痛感した次第です。古い人間なのかも知れません。そして、モダンのメンタリティなので、本件作品には違和感を覚えました。

本件作品は、言わばポストモダンの風俗を描いた小説ですが、世界的にも評価されているということは、それだけポストモダンのメンタリティを持った人たちが世界中で増えている、ということだと思います。

次に、本件作品は、マジョリティの側に立っているのか、マイノリティの側に立っているのか、という問題があります。結論から言えば、私は、マジョリティの側に立脚していると思うのです。正確な比率は分かりませんが、現代においてもマジョリティは、プレモダンにあると思うのです。そして本件作品は、プレモダンの人たちを受容している。何しろ、他人や共同体との関係性の回復を目指している訳ですから、プレモダンの人たちも異議はないと思うのです。

なお、本件作品を通じては、この作家が抱えている心の課題を読み取ることはできませんでした。

私が一番気になったのは、本件作品がプレモダンの世界を志向しているという点です。作家は、深い意味を与えずに呪術師や、悪霊がとりついているという発言などを記載したのかも知れません。しかし、そういう世界を志向するというのは、かなり問題だと思うのです。このブログでは、当初、文化の積み木シリーズを掲載し、呪術やシャーマニズムについて検討した経緯があります。そこは現代人の我々からしてみると、想像を絶するような出来事が起こり得る世界だった。建物の安全や豊作を祈願して、子供を人柱として埋めてしまう。そういう世界なんです。そういう世界に戻していい訳がありませんよね。更に、このシリーズの冒頭にも記載しましたが、悪霊払いと称して、1歳4か月の女児が殺されるという事件が起こりました。これは、つい最近のことです。

何か、現代人のメンタリティというものが、プレモダンに向かっているような気がしてならないのです。しばらく前のことですが、イギリスだったかドイツだったか忘れましたが、先進国の若い女性3人が、イスラム国の兵士と結婚するために出国したというニュースがありました。自民党憲法改正草案には、家族主義がうたわれています。若い女性タレントが、新興宗教に出家したというニュースもありましたね。世界的に、プレモダンに向かおうとする大きな潮流というものがあって、本件作品も、その流れに乗っているような気がするのです。