文化領域論

(No.196 ~ No.228)

沖縄について思う

12月14日、沖縄の辺野古に土砂が投入されました。ショッキングなニュースで、憤りを感じると共に、悲しく感じたのは、私だけではなかったものと思います。そこで今回は、少し沖縄について考えてみることにしました。まずは、歴史から。

 

かつて、沖縄本島とその周辺に住む人々は、中国、日本、朝鮮半島などと交易していました。そして、1429年、尚巴志(しょうはし)王という人が、国内の統一に成功し、琉球王国が誕生します。琉球王国は、中国へ朝貢(ちょうこう)を行っていたそうです。何らかの財物を貢ぎ物として、渡していたということでしょう。

 

ところが、1609年になりますと徳川家康の許可を得た薩摩藩が侵攻し、琉球王国は破れてしまいます。そして、琉球王国は、以後、薩摩藩の従属国となり、薩摩藩への貢納(こうのう)が義務付けられたのです。しかし、これに反発した琉球王国は中国(当時は”清”)への朝貢も継続し、独立国としての体面を保ったのでした。

 

1879年、日本国の明治政府は、武力的威圧を加えた上で、琉球王国に中国(清)との関係を断つよう迫り、琉球王国を日本の沖縄県としたのでした。そして、遂に琉球王国は滅亡してしまったのです。

 

時は流れて、第二次世界大戦も末期となり、大量の米英軍が沖縄に侵攻してきました。そして、沖縄戦と呼ばれるし烈な戦いが繰り広げられたのです。この戦いで死亡した沖縄県民は、122千人にのぼると言われています。そしてこの時、集団自決という悲劇が起こる。敵国の米兵に殺される位なら、いっそ自ら命を絶ってしまおう。そして、自決した人は千人を越えた。但し、この集団自決については、日本軍に強制されて自決したという説と、日本軍による強制はなかったという説があるようです。いずれにしても、絶望の中で尊い命が奪われたことに変わりはありません。

 

日本の敗戦後、沖縄は米国によって統治されましたが、1972年、日本政府が相当額の金銭を支払って、沖縄は再び日本国の沖縄県となったのです。

 

駆け足で見て来ましたが、こういう歴史を無視して、沖縄を語ることはできません。今日、沖縄でデモなどの政治活動に参加されているのは、ご老人の方々が多いようです。そして、若者たちは、態度を決め切れずに思い悩んでいる。

 

さて、米軍の基地問題ですが、メディアの報道も少し、混乱しているように思うのです。まず、普天間に飛行場がある。その周辺には民家だとか学校が密集していて、普天間は世界一危険な飛行場だと言われている。実際、つい最近もヘリコプターの部品が、校庭に落下するという事故が起こった。何としても、普天間の土地は米軍から返却してもらう必要がある。ここまでは、共通理解だと思います。では、辺野古に新たな基地を作れば、米軍は本当に普天間を返還してくれるのか、という問題があると思うのです。

 

この点、12月15日付けの毎日新聞から、引用させていただきます。

 

普天間飛行場の返還時期は22年度とされているが、代替施設建設が前提とされるため返還時期は見通せていない。」(1面)

 

「強硬姿勢の背景には、政府が2014年2月に県と約束した「5年以内の普天間飛行場の運用停止」の見通しが立たず、「約束違反」との反発が強まることへの懸念もある。」(3面)

 

つまり、今から辺野古新基地の建設に着手したとしても、普天間の返還時期がいつになるのか、見通せない状況にあるということなんですね。これに対し、沖縄県側は、次のように主張している。

 

「県は独自の試算として、大規模な地盤改良工事には5年かかり、移設完了は早くても13年以上先になると指摘。」(3面)

 

すなわち、辺野古に新基地を作ったとしても、普天間の返還には13年以上がかかる。そんなには待てない。辺野古の新基地は、普天間の解決策にはならない。そういう主張だと思います。

 

では、政府と沖縄県、どちらの主張が正しいのでしょうか。残念ながら、この問題について、日本国憲法は明確な答えを用意していません。しかし、耳を澄ませば、憲法の声が聞こえてくる。これは、沖縄県民の皆様が耐え忍んでいる苦難の大きさと、それでもなおかつ米軍の駐留を認めなければならない国家としてのニーズ、この二つのうち、どちらが大きいかということではないかと思います。

 

Googleマップという便利なアプリがあるので、周辺の地図を確認してみました。すると、共産主義の中国と、それを取り巻く自由主義国家の相克が見えてきます。まず、朝鮮半島。ここは、未だに38度線をへだてて、せめぎあっている。朝鮮半島有事ということを想定すれば、沖縄は米軍にとって、有力な前線基地となり得る。しかし、昨今の南北融和ムードからして、朝鮮半島有事のリスクは、相当低くなっている。

 

ベトナムも遠くはない。かつてのベトナム戦争の際には、沖縄から飛び立った米軍機が、北ベトナムに空襲を仕掛けたであろうことは、容易に想像がつきます。しかし、それはもう過去のことです。

 

そして、近くに台湾がある。中国が台湾に侵攻する可能性はあるでしょうか。その可能性は、ゼロではない。しかし、仮にそうなったとして、米軍は台湾を支援するでしょうか。それは、はなはだ疑問ですし、率直に言ってしまえば、日本には関係がない。

 

残るのは、尖閣諸島です。中国は、これを狙っている。私も、そう思います。しかし、仮に、普天間の基地がなくなったからと言って、日米は尖閣諸島を守り切れないということがあるでしょうか。仮にそうだとしても、私は、現在、沖縄の人々が負っていえる苦難の方が大きいと思うのです。

 

地方分権というのは、立憲主義に基づくものです。そして、主権在民は民主主義そのものです。よってこの問題は、沖縄県民の方々の意思を尊重すべきだ、と思います。

 

国連のPKO活動などに実績のある伊勢崎賢治先生が、言っていました。「中国が日本に攻めてくるなんてことはありえない。少なくとも、人間の住んでいる地域は。それは国連憲章に違反する。尖閣位は、取られるかも知れないけど。」

 

なるほど。中国だって、と言うと語弊があるかも知れませんが、中国は国連の常任理事国です。国連への寄付金の額も、最近、日本を抜いて2位になったはずです。それだけ国際社会に責任を負っている中国が、日本に戦争を仕掛けるとは考えられない。加えて、日本は中国にとって、重要な輸出先国でもあります。

 

辺野古への土砂投入は中止し、普天間の返還を米国に求める。移転先は、米国が考えるべきことではありませんか。難しい交渉になるであろうことは、私にも理解できます。しかし、そういう交渉をきちっとやるのが、政治家の責任ではないでしょうか。

 

No. 233 憲法パトリオティズム

今更ながら、私は、ほとほと人間が嫌になってしまったのです。競争系のメンタリティを持った序列主義者たち。彼らは、自らの序列を上げるために、格上の者のご機嫌ばかりを伺う。ヒラメ、太鼓持ち茶坊主、風見鶏。こういった人たちを揶揄する言葉は、枚挙にいとまがありません。

 

他方、共感を求める身体系のメンタリティを持つ人たち。本当のことを言えば、このメンタリティが、同調圧力の源だと思うのです。私はこう思う。だから、あなたにもそう思って欲しい。そこにロジックは、ありません。外国のテレビCMにこういうのがありました。

 

家族の朝食風景です。ちょっと、うろ覚えですが、大体、こんな感じだったと思います。

 

まず、母親が言います。
「パンに付けるバターは、おいしいわね」
そして、バターの入った容器を娘に渡します。
「本当にバターっておいしい」と娘。続いて、父親。
「パンに付けるのは、バターに限る!」
そう言った父親が、今度は息子にバターの入った容器を渡します。そこで、息子がこう言う。
「父さん、僕は、本当はジャムが好きなんだ・・・」
空気は一変し、家族の間に緊張が走る。劇画風に表現すれば、ここでカラー映像が白黒に転換し、ガ~ンという文字が映写される。少し間を置いて、父親が言います。
「息子よ、それでもいいんだよ」
「父さん!」 そう叫んだ息子は、父親と抱き合って喜ぶ。そこで、こんなテロップが流れるのです。

 

・・・多様性を尊重しましょう!・・・

 

日本で言うところの政府広報のようなものでしょうか。それにしても、気が利いています。また、理屈抜きで、ひたすら共感を求めるメンタリティというのは、やはり世界共通のようです。

 

さて、政治に目を向ければ、原発は再稼働されるし、労働者の給料は上がらない。高度プロフェッショナルと称した残業代ゼロ法案が可決され、カジノが解禁され、水道が外資に売られ、大量の外国人労働者が入って来る。こういう法案について、概ね国民は反対しているのですが、それでも政府に対する支持率は、高止まりしている。何故、そうなるんでしょうか?

 

テレビや新聞などの大手メディアは、まず、そこにCMだとか広告を出してくれる企業の悪口は、言わない。特にテレビは放送法をベースに政府から圧力を掛けられるので、政権寄りの意見に偏りがちだ。いちいち、政府との間でトラブルを起こしたくない、と考えるテレビ局は、差し障りのない芸能人のゴシップばかりを放映する。近頃私は、極力、テレビは見ないようにしています。(但し、メディアの内部にいて、公正な報道を目指そうと頑張っている人たちもおられるようです。例えば、NHKだとクローズアップ現代の関係者など。同じNHKでも、森友事件を追及した結果、退職を余儀なくされた人もいるようです。)

 

本当のことを言えば、日本の労働者は危機的な状況に置かれている。一般に、老後の資金は65才時点で3千万円必要だと言われています。持ち家があるか、月の支出額はいくらか、もらえる年金の額はどうか。それらの条件によっても異なるとは思います。しかし、その額を貯蓄できる人の割合は、どれ位でしょうか。半分もいないのではないでしょうか。実際、80万人程度の高齢者が、生活保護を受給しています。来年10月には、消費税が上がる。おそらく、年金の支給額は、今後下がることはあっても上がることはないでしょう。オリンピックなど、やっている場合じゃない! 政府はそうやって、国民が政治に関心を持たないようにしようとしている。しかし、政治家や政府に今求められているのは、この国のグランドビジョンを示すことではないのか。例えば、参議院がそういう役目を負うべきではないのか。

 

話は変わりますが、このブログ、最初は、歴史主義的文化人類学をベースに出発したのです。しかし、その方法では、宗教に至るところまでしか分からなかった。慌てた私は「宗教の他にも、芸術がある!」と思い直して、ジョン・レノン特集の記事などを書いてきた訳ですが、やがて、既に芸術も終わってしまったことが判明する。そして、現代の日本社会において、私は、自分のことを圧倒的なマイノリティだと感じたのでした。加えて、残念ながら、私自身が空っぽになってしまったことを認めざるを得なかったのです。

 

そんなある日、憲法のことを思い出したのです。とりあえず、入門書的な本を買ってみようと思い購入したのが、次の文献です。

 

新・どうなっている!? 日本国憲法(第3版)/法律文化社

 

何故、この本を選んだかと言うと、憲法の条文を記した付録がついていたからなのです。この付録は、ちょっと読みかけの本に挟んだり、カバンのサイドポケットに入れておいたりできるので、とても便利なのです。(とりあえず、憲法の条文を手元に置いておきたい方には、文庫本で「日本国憲法」というのが出ていて、お勧めです。)

 

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そしてある晩、私は街はずれの居酒屋で飲みながら、ふと、この付録を取り出してみたのでした。そして、例えば13条を読んでみる。

 

「すべて国民は、個人として尊重される」

 

そうだよなあ、本当はそうあるべきなんだ、などと思いながら、もう少し読み進めてみます。そして、19条に行き当たった。

 

「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」

 

確かに、この国には様々な考え方を持った人たちがいる。価値観も様々だ。でも、それでいいと憲法は言っている。様々な人々が、互いを尊重しあいながら、この国で共に生きていけ。そう諭す憲法の声を、私は確かに聞いたように思ったのでした。私は卑小だ。そして、憲法は私よりも遥か先の頂に、燦然と輝いている。ちょっとオーバーかも知れませんが、この時私は「憲法を胸にこの国で生きて行こう」、そう思ったのでした。

 

やがて、私と同じような、言わば「憲法大好き人間」が、少なからず現在の日本にも存在することが分かってくる。若い方々には、ちょっと想像し難いかもしれません。しかし、馬鹿馬鹿しく、理不尽で、非合理な人生経験をたっぷりと積んだ後で憲法に出会うと、こういう心情に至る場合があるのです。

 

更に勉強を続けますと、同じようなメンタリティが、時空を超えて、第2次世界大戦後のドイツに存在したことが分かる。戦争中、ヒトラーの率いるナチスドイツは、無数のユダヤ人を虐殺した。戦況が悪くなるとヒトラーは自殺し、ドイツは降伏した。

 

1945年4月30日・・・ヒトラー自殺
1945年5月 9日・・・ドイツ国防軍降伏

 

(あの年の5月、ドイツは早くも降伏していた。同時に日本も降伏していれば、少なくとも広島と長崎に原爆を投下されることはなかった。)

 

戦勝国によって、当初ドイツは4つに分割され、ほどなく東西の2か国に統合される。困窮する経済事情と共に、国は分断され、ドイツ民族は世界中から非難された。ドイツ人の心はズタズタに引き裂かれたはずです。彼らは、彼らの文化も歴史もナショナリズムも、それらの全てを否定せざるを得ない所まで追い詰められた。言ってみれば、彼らの心は空っぽになってしまった。そして、日本より少し遅れて、西ドイツでも憲法が制定されます。

 

1946年11月3日・・・日本国憲法 (公布)
1949年5月24日・・・ドイツ連邦共和国基本法

 

やがて、ハーバーマスという人が、新たに制定されたドイツの憲法を自分たちのアイデンティティの基礎に置こうと提唱した。そういうメンタリティを「憲法パトリオティズム」と呼ぶのだそうです。

パリの反乱者たち

昨日の未明、入管法の改正案が参院で可決されてしまいました。私は、この法案に反対でした。主な理由は、次の3点です。

 

第1に、外国人労働者が増えれば、日本人労働者の賃金が低下する。政府は、そんなことはないと言っているようですが、需要と供給の関係で、必ず下げ圧力が掛かる。昔、働く者は皆、正社員だった。それがまず、派遣という形態が生まれた。但し、その職種は通訳などの専門能力を有している職種に限られていたはずです。やがて、その職種に関する枠組みが取り払われた。しかし、3年以上同じ仕事に従事した派遣労働者には、正社員になる道が開かれていた。今はその可能性も失われ、働く人の約4割が非正規従業員になった。賃金は、なかなか上がらない。やっと、団塊の世代が引退する時期を迎え、就職率は向上した。今度こそ、賃金レベルを上げるタイミングがやって来た。そのはずでした。このタイミングで、外国人労働者を大量に受け入れるとは・・・。日本の人口は、約1億2千万人。輸出への依存度は、わずか15%程度しかない。日本は内需主導で、ある程度自立した経済を運営していけるだけの規模を持っている。そして、内需を維持、向上させるために必要なことは、賃金水準を上げることだ。そのことは、経団連の偉い人たちだって、分かっているはずなのに、残念です。

 

第2に、今日まで、日本という国は外国人労働者の人権を侵害し続けてきた。過去1年で、その失踪者は7千人を超え、過去3年で69人の方々がお亡くなりになった。中には6人の自殺者がおり、他の死因の中に“凍死”というものまであった。言葉も分からず、地理的な勘も働かない異国の地で、失踪せざるを得なかった人々の事情を想像しますと、胸が痛みます。中には、妊娠が理由で、失踪せざるを得なかった女性もおられるそうです。11月22日の衆議院法務委員会の参考人質疑で、専門家の方が貴重な意見を述べておられた。

 

最低賃金未満の賃金しか支払っていない外国人労働者の雇用主としては、農家の男性などがおられる。ほとんどの皆さんは、最初は、普通の農家のおじさんなんです。それが何かのきっかけで、例えば、“入管を呼ぶぞ”などと発言してしまう。すると、外国人は恐怖心からびくびくするようになる。もちろん外国人労働者は、母国で借金をし、経済的に困窮する事情があって、日本に来ている。だから、母国へ強制的に送還させられるのは困る訳です。そういうことがあると、普通の農家のおじさんの態度が一変するんです。そして彼らは、外国人労働者のことを“うちの子”と呼び始める。そして、暴力、セクハラ、パワハラが始まるんです。」

 

序列意識が生まれるんですね。自分は偉いんだ、と勘違いしてしまう。昔、こんな話を聞いたことがあります。農協の一行が、慰安旅行で飛行機に乗る。多くの人たちが、飛行機に乗るのは初めてだ。そして、綺麗なスチュワーデスの方々が、丁重に扱ってくれる。すると、農協のおじさんたちは、自分が偉くなったと勘違いして、若しくは舞い上がってしまって、スチュワーデスにパワハラまがいの言動を始める。悲しいですが、これが日本の民度だと思うのです。

 

第3の理由としては、国会の審議を聞いている限り、日本人の側に“移民”を受け入れる覚悟がない、ということです。安倍総理はあくまでも“移民”ではないと主張しているようですが、1年以上日本に滞在する外国人の方々は“移民”と呼ぶべきだと思います。今回の制度でも、1年毎の手続更新によって、家族帯同で日本に永住される方々も出てきます。移民の方々と共生できれば、それに越したことはありませんが、そのためには受け入れる日本の側に覚悟が必要だと思うのです。言語の問題もありますが、その他に文化や宗教の問題だってあります。

 

そんなことを考えながら、昨夜、YouTubeを見ておりましたら、刺激的な画像が目に入りました。パリです。日本のメディアでは、“デモ”と表現されていますが、実態は“暴動”と呼ぶべきものです。凱旋門が映っていました。シャンゼリゼ通りでしょうか。辺りは白煙に包まれ、パンパンという乾いた音が鳴り響く。あちこちで、炎が上がり、黄色いベストを着た市民と機動隊が抗争を繰り広げている。機動隊の側は、催涙弾、ゴム弾、放水などで市民を攻撃し、市民の側は投石などによって抵抗している。催涙弾を投げ返す人たちもいる。一部の暴徒と化した市民は、商店のガラスを割り、自動車に火を付ける。機動隊の前に立ちはだかる市民も少なくない。流石、革命の国だけあって、腹が座っているなあ、などと思ったのですが、それにしても、彼らは何をそんなに怒っているのか。

 

12月8日の状況について、BBCニュースは次のように報じていました。全仏で12万5千人が抗議行動に参加し、うち1万人がパリに集結した。全仏で約千人が拘束され、126人が負傷した。但し、負傷の程度は深刻ではないとのこと。抗議行動は、毎週土曜日に行われ、8日で4回目である。

 

市民の側の主張は、概ね、以下の通りだそうです。

 

軽油、ガソリンの増税をするな。
・給料を上げろ。
・税金を下げろ。
・年金の支給額を上げろ。
・学費を下げろ。
・金持ちばかりを優遇するマクロン大統領は、辞任しろ。
・金持ちに対する富裕税を復活しろ。

 

経済的な理由ばかりであり、そこにイデオロギーは関係していないように見えます。別の言い方をしますと、イデオロギーで争っている場合は、まだ余裕がある。市民の生活が本当に困窮した場合は階級闘争が生じる、ということではないでしょうか。フランスも、本当に貧しくなった。

 

ただ、BBCニュースによれば、上に記した市民の主張点の背景には移民問題がある、とのことです。そもそも、世界の人口については、国連が統計を取っている。そして、少子高齢化が進んでいる国と地域としては、EU諸国、アメリカ、そして日本がある。これらの国々に対して国連は、移民を受け入れることを推奨している。

 

別の情報源は、次のように述べていました。かつてフランスは、アフリカに植民地を持っていた。そのため、フランスには今もアフリカ系の移民がいる。加えて、シリアなどからの難民も急増している。結果として、それら移民のために支出される費用の一部をフランス人が負担する結果となり、経済的な困窮を招いている。

 

思えば、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)という言葉が流行って、新興国が経済力を伸長させ始めた頃から、価格競争が激化したのではないか。中国は“世界の工場”と呼ばれ、反射的効果として、アメリカにはpoor white(貧しい白人たち)が誕生した。フランスという国家は、高額の税金を徴収するが、それに見合うだけのサービスを国民に提供できなくなった。

 

グローバリズムの結果、デフレ傾向が強まり、先進国における労働者の賃金水準も頭打ちとなった。他方、富裕層は政権に対する影響力を強め、格差が拡大した。もちろん、社会主義的な傾向のあるフランスと日本を単純に比較する訳には行きません。しかし、上記の2点(低賃金と格差拡大)については、日本とフランスに共通しているように思います。

 

No. 232 集団スケールと憲法

 

前回の原稿で、「私がここまで勉強した範囲では、平和主義にはあまり長い歴史がなく、第2次世界大戦後に出てきた考えた方ではないか」という趣旨のことを書いてしまいましたが、正確なことが分かりましたので、訂正させていただきます。文献1に、「早くは1791年のフランス憲法が征服戦争を放棄した(第6編)例があ」るとのことです。

 

また、文献2における樋口先生のご説の要旨は、立憲主義と民主主義は、究極的には対立する、ということのようです。引用させていただきます。

 

-論理を極端に押しつめた「民主」は国民意思に基づく権力を絶対化するから「立憲」と対立し、「立憲」がその論理を押しつめようとすればするほど国民意思の発動に対する抑制要因を強めようとするから「民主」と対立する。-

 

ちょっと難しいですね。まず、民主主義というのは、「権力への自由」であって、その主眼は参政権であり、具体的には選挙という形を取る。そのため、民主主義を極端に解釈した場合、国民から選ばれた政治家は何をしてもいい、ということになる。例えば、現在、国会では入管法(移民法)の審議がなされていますが、法務省の開示した失踪外国人労働者に関する聞き取り調査の結果は、ほぼ、虚偽であることが判明しているし、衆議院での審議時間は極端に短かった。参議院でも、強硬採決される懸念がある。しかし、民主主義という観点から言えば、それでも国会議員は選挙によって選ばれており、その国会議員が安倍総理を選出したのだ。従って、安倍政権は民意を代表しており問題はない、ということになります。

 

しかし、民主主義が暴走した例として、文献2には、次の記載があります。

 

ナチス=民族社会主義ドイツ労働者党が制度としての「民主」の手続を通して権力を手にしたことは、よく知られている。-

 

他方、「権力分立」を旨とする立憲主義の立場から考えますと、まず、直接選挙によって選ばれる議員によって構成される国会は、「国権の最高機関」であり(憲法41条)、国会は国政に対する調査権を持っている(憲法62条)。従って、法案について政府は正確、かつ丁寧に国会に報告する義務を負っているし、強硬採決など、とんでもない、ということになります。

 

上記の通り、突き詰めて考えれば、民主主義と立憲主義は対立する可能性があるものの、立憲主義は民主主義と結びつくことなしには、その能力を発揮することができない。

 

ところで、このブログでは、かねてより人間が構成する集団の大きさ(集団スケール)が文化や人間のメンタリティに影響を及ぼすという問題意識を持ってきましたが、憲法を軸に考えますと、その関係がより明確に見えてくるのです。その階層は以下の4つに区分するのが良い。

 

1. 個人
2. 中間集団
3. 国家
4. グローバル

 

個人が、そのアイデンティティを意識する場合、その帰属している集団に依存する傾向が強い。例えば、私は何者かということを考える際、手っ取り早いのは○○会社に勤めているとか、私は日本人だ、という具合に。

 

次に、中間集団について考えてみましょう。何故中間かと言うと、それは個人と国家の中間にあるという意味です。これは無数にある訳ですが、典型的なのは、宗教教団とか、職業別の団体などが考えられます。かつて、職業とは身分制とリンクしていた。インドにはカースト制があり、日本には士農工商という制度がありました。地域に根差した村落共同体のような集団もあります。

 

そして、憲法に支えられた国家という規模の集団がある。

 

最後に、国家を超えた地球規模での集団がある。国連とか、グローバル企業などが、これに当たります。

 

問題は、中間集団です。かつての宗教団体は、個人の思想を制限していた。多くの場合、子供の頃から、親の信仰する教団に加入させられる。一度入ると、そこを抜け出すのは至難の業となります。職業別の身分制は不平等を生む。また、場合によっては、村落共同体も人権侵害の温床となる。村八分と言えば、ご理解いただけるものと思います。

 

そこで、近代の立憲主義に基づく憲法は、これらの中間集団を解体したのです。日本国憲法に照らして考えてみましょう。

 

宗教教団   → 憲法20条(信教の自由、国の宗教活動の禁止)
職業別団体  → 憲法22条(職業選択の自由
村落共同体  → 憲法22条(居住・移転の自由)

 

どんな宗教を信仰してもいいんだ、どんな職業についてもいいんだ、どこに住んでもいいんだ、ということを憲法は言っている。現代に生きる私たちにすれば当たり前のことではありますが、それらが制限されている時代というものが、確実に存在した。明治憲法を見ますと、「居住及び移転の自由」については定められています(22条)が、信教の自由と職業選択の自由については、規定がありません。それどころか、兵役の義務(20条)が定められている。今更ながら、ぞっとします。

 

さて、人生において最も大切な価値は、“自由”であると私は思っています。すると、当然、日本国憲法は素晴らしい、という結論になります。しかし、誰もがそうという訳にはいかないようです。文献2から引用します。

 

-個人はhomme=人として国家からの自由な空間を獲得するが、その状態を維持するためには、今や自立し自律するcitoyen=市民として自らを陶冶しなければならない-

 

自立も自律もできる強い人はいいけれど、そうでない人はどうするのか。自由なんていらない、中間集団に依存して生きていきたい、と思う人だっている。いや、むしろそういう人の方が多いのではないか。文献2は、更に次のように述べます。

 

-「人はcitoyenたらねばならぬとする、まさに近代的規範意識」が重荷として課せられたのだということ、そして、そのような「近代的規範意識そのものの解体」による「癒し」を求める言説がポストモダンの意味なのだ-

 

自律的に思考せよ、個人として自立せよ、という考え方は、論理的には正しいかも知れないが、それは息苦しさを伴う発想だ。それはつらい。もっと、楽に生きたい。癒されたい。そういうメンタリティが、ポストモダンだと言うのです。そういう考え方は、私にも、分からない訳ではない。例えば、社会学の教科書には、小集団を大切にせよ、と書いてあります。(文献3)

 

-こうした疎外感を社会の機械化に由来するものとみる限り、克服の可能性は悲観視されているが、仮説的には小集団・自発的結社の自律性の確立と多元化に期待がよせられている。-

 

そして、状況を更に複雑にしたのは、「そもそも国家に統治されるのは嫌だ」と考える人々が登場したことだと思います。これが新自由主義と呼ばれるもので、ミシェル・フーコーなどが、この考え方を発案したようです。彼らは、福祉国家社会民主主義などの政策について「我慢のならぬほどの国家の過剰」だと考えた。そして、これに賛同した政治家が、自由競争を強制するような政策を取り始めた。アメリカでは1980年代のレーガン政権、日本では郵政民営化を強行した小泉政権がこの路線で、安倍政権もこの路線を踏襲している。批判を恐れずに言えば、新自由主義は弱肉強食の社会を目指している。私は、そんな価値観を肯定する訳には行きません。

 

国家という枠組みを尊重しないという共通項をもって、新自由主義グローバリズムと連結した。そして、多国籍企業が生まれる。

 

さて、中間集団の全盛期は中世で、国家・憲法が近代、グローバリズムが現代ということになります。ちょっと、整理してみましょう。

 

個人
中間集団・・・・・・(中世)宗教教団、職業別団体、村落共同体(憲法が解体)
国家・・・・・・・・(近代)憲法
グローバリズム・・・(現代)国連、新自由主義多国籍企業

 

樋口先生は、「逃げ去ろうとする憲法」をひきとめ、つかまえ直そう、とおっしゃっています。私も同じ気持ちなのです。

 

文献1:立憲主義日本国憲法 第4版/高橋和之有斐閣/2017
文献2:抑止力としての憲法樋口陽一岩波書店/2017
文献3:社会学の基礎知識/塩原勉 他/有斐閣ブックス/2005

No. 231 憲法の構成要素(その2)

 

立憲主義の歴史的な変遷について、文献1は次のように説明しています。

 

1.絶対王政・・・立憲主義が存在しない状態。

 

2.制限君主制(=立憲君主制)・・・国王が参加する議会が、立法権を持つ。

 

3.二元型議員内閣制(18世紀末頃の欧州)・・・国王と議会が、それぞれに内閣を統治。

 

  国王 → 内閣 ← 議会

 

4.一元型議員内閣制(19世紀後半の欧州)・・・議会が内閣を統治する。

 

  議会 → 内閣

 

やはり、長い歴史のあることが分かります。さて、次に憲法の構成要素としては、民主主義を挙げることができます。民(たみ)が主(あるじ)であるとするこの考え方は、国民主権とか、主権在民とも呼ばれるものです。文献1は「近代立憲主義の基本原理として、①自由の保障、②法の支配、③権力分立、④人民主権、を指摘することができる」と述べており、人民主権(民主主義)は立憲主義の構成要素であると捉えているようです。しかし、文献2は、立憲主義と民主主義を明確に区別し、両者が対立することすらある、と述べています。

 

例えば、選挙によって多数の支持を得た与党が国会で憲法違反の法律を制定したとしましょう。民主主義をベースに考えますと、国民の支持を得ているのだからその法律は有効だ、ということになります。反対に立憲主義で考えますと、あくまでも三権分立が大原則ですので、裁判が提起された場合、最高裁はかかる法律が憲法に反するとの判決を下さなければなりません。これは明確に憲法81条(最高裁判所の法令等審査権)に書いてあります。(現実には、最高裁はこのような違憲審査制に極めて消極的です。この点は、いつか検討してみたいと思っております。)このように、民主主義と立憲主義は対立する場合があるし、「歴史上も、立憲主義と民主主義は別のことがらだった。」と文献2の樋口先生は述べておられます。

 

憲法学におきましては、良く「権力からの自由」と「権力への自由」ということが問題とされます。まず「権力からの自由」、すなわち国家による私的領域への侵害を防止しようとする考え方は、立憲主義だと言える。表現の自由が侵害されれば、それは憲法違反だ、と主張できる。他方、「権力への自由」ということを考えれば、それは国民主権なので、国民は等しく選挙において投票することができるはずだ、ということになる。このように考えますと、やはり両者は明確に区別をしておいた方が良いのではないでしょうか。

 

権力からの自由・・・立憲主義
権力への自由・・・・民主主義(選挙、国民投票などの参政権

 

さて、民主主義の歴史的な変遷について、文献1は次のように説明しています。

 

1.中世ゲルマン法思想・・・国王といえども、客観的な正義に従わなければならない。そして、客観的な正義とは、慣習法のことであって、それは裁判において発見されるものだ。国王が慣習法に反した場合、人民は抵抗権を行使することができる。

 

2.ローマ法・・・法とは、皇帝の意思、命令によって制定される。これが絶対王政ということになります。

 

3.統治契約論・・・神は、人民に主権を与えている。そして、人民がその権限を国王に委任しているのである。この委任関係は、服従契約として認識される。国王がこの服従契約に違反した場合、人民は抵抗権を行使できる。

 

  神 → 人民 → 国王

 

4.社会契約論・・・人は最初、社会成立以前の「自然状態」において自然権を有していたが、その自然権をよりよく保障するため、契約により社会を形成し、政府を設立して権力を信託する。政府は人々の自然権を侵害することは許されず、侵害した場合には、抵抗権あるいは革命が正当化される。

 

こちらにも長い歴史がありますが、なんとか絶対王政を打破しようとした先人たちの知恵を見ることができます。

 

日本国憲法の構成要素として、ここまで象徴、立憲、民主の3項目を見てきた訳ですが、最後に平和主義を挙げたいと思います。私がここまで勉強して範囲では、この平和主義に長い歴史はない。どうやら、2度に渡る世界大戦を経験し、人々はこの考え方に辿り着いたようです。例えば、明治憲法に平和主義は謳われていません。

 

では、まとめてみましょう。

 

日本国憲法を構成する4要素

 

1.象徴
2.立憲主義(人権保障と権力分立)
3.民主主義
4.平和主義

 

以上の区分を日本国憲法に照らし合わせてみます。

 

1.象徴
 第1章 天皇

2.立憲主義
 第3章 国民の権利及び義務
 第4章 国会
 第5章 内閣
 第6章 司法
 第7章 財政
 第8章 地方自治
 第10章 最高法規

3.民主主義
 第1章 第1条 (主権の存する日本国民)
 第3章 第15条 (普通選挙
 第9章 改正 (国民投票

4.平和主義
 第2章 戦争の放棄

 

いかがでしょうか。うまく区分できたように思います。ちなみに地方自治ですが、これも権力分立が目的だと言えます。三権分立(司法、行政、立法)を横の分立だと見れば、地方分権は縦の分立だと言えます。

 

(参考文献)
文献1:立憲主義日本国憲法 第4版/高橋和之有斐閣/2017
文献2:抑止力としての憲法樋口陽一岩波書店/2017

No. 230 憲法の構成要素(その1)

 

そもそも私の疑問は、例えば“絶対王政”と呼ばれる独裁国家が、どのように変遷して今日の日本のような“民主国家”へと変容したのか、ということです。

 

まず、国家とは何かという問題が生じます。一般に「領土、国民、統治権(主権)が国家の三要素」であると言われています。この点を前提に考えますと、領土と国民は、“絶対王政”でも“民主国家”にも存在し、差異はない。すると、残る“統治権”が変容したのだ、と言える。

 

絶対王政”の場合、統治権は王様が持っていた。その権限の内容はどうかと言うと、まず、対内的には、次の権限を持っていたと想定できる。

 

1. 国民を心理的に拘束する権限
2. 国民を身体的に拘束する権限

 

また、他国との関係を考慮しますと、

 

3. 国を代表する権限

 

・・・ということも考えられます。誰か、代表者がいなければ、他国と交渉することができません。この点をもう少し考えますと、国家は国民からも、他国からも国として認知してもらう必要がある訳で、“象徴”という問題が出て来る。記号原理に照らして言えば、人は記号なくして実体を認識できない訳で、この記号という言葉をもう少し丁寧に言うと“象徴”ということになります。ある国があったとしても、その国を表わすシンボルがなければ、人々はその国を認識できない。そこで、国名だとか、国旗、国歌などが創出される訳ですが、これらだけだと、どうにも効力が弱い。そこで、国を代表し象徴する人物が必要となる。それが、ヨーロッパにでは国王になり、日本では天皇になった。

 

このように考えますと、“絶対王政”というのは、悪いイメージしかありませんが、国家という集団の初期段階においては、必然性、合理性のあるシステムだったようにも思います。

 

ヨーロッパにおいて、上記1の「国民を心理的に拘束する権限」は、「王権神授説」によって確立されたと言われています。すなわち、この人は神様によって選ばれたので王様なのだ、という宗教を基礎にしたロジックです。そして、2の「国民を身体的に拘束する権限」は、武力と言い換えても良いと思います。

 

すると、そもそも国家権力とは何かと言うと、次の要素に集約できるのではないか。

 

心理的拘束・・・宗教・・・(想像系)
身体的拘束・・・武力・・・(競争系)

 

そして、上記の要素を背景として、国を表わす象徴性(記号系)という概念が生まれる。王権神授説を論拠とする中世ヨーロッパにおける“絶対王政”国家は、王様が全ての権力を掌握していましたが、日本においては、天皇と将軍に権力が分散されていた。しかし、本質的に国家権力の構成要素として、違いはないと思います。この国家権力というものは、いつ暴れ出すか分からない野獣のようなものですが、それがないと国家という人間集団は存在し得ない。そこで、この国家権力というものを一度解体し、再構築しようと試みたのが近代の憲法である、と言えるのではないでしょうか。

 

では、日本国憲法には、どういうことが書いてあるのか。

 

まず、第1章に「天皇」とある。正に、象徴性の問題から説き明かしているんですね。そして、大きな問題として、立憲主義ということがある。立憲主義について、文献1には次のように記されています。

 

立憲主義とは, 政治は憲法に従ってなされなければならないという思想をいうが, そこでいう憲法はいかなる内容の憲法でもよいのではなく, 人権保障と権力分立の原理に支えられたものでなければならないと考えられたのである。」

 

思うに、人権保障というのが目的であって、そのための手段として権力分立があるのではないか。従って、この2つの概念は表裏一体をなし、立憲主義という概念の実質だと思われます。このブログのNo. 147から、抜粋します。

 

憲法学者の長谷部恭男氏は、宗教改革以降の歴史を次のように説明しています。

 

宗教改革があって、宗派が別れ、宗教戦争が始まった。対立する宗派が、血で血を洗う殺し合いを続けた。やがて人々は、そんな殺し合いが嫌になった。そこで、死んだ後に天国に行けるかどうかという宗教上の問題と、生きている間の現世を分けて考えることにした。そして、現世を更に公私に区分けした。私的な空間、例えば自宅にいる間は自由に暮らして良い。一方、公の空間にいる間は、一定のルールに従うのが良いだろう。人々は、そう考えた。これが立憲主義の起源である。」

 

立憲主義の起源は、マルティン・ルター宗教改革1515年)まで遡る。やはり、憲法には壮大なドラマがある!

 

さて、宗教改革の概略について、少し私の理解を述べてみます。まず、当時のヨーロッパはキリスト教カトリックという宗派が支配していた。カトリックは、ローマ法王を頂点とするピラミッド方の序列組織を持っている。そして、聖書に対する解釈も、この序列に従ってなされていた。しかし、組織は堕落し、高額な免罪符を販売した。免罪符を購入すると、天国へ行けるということだった。すると、「貧乏人は天国へ行けないのか」という主張が起こる。そして、カトリックに対する反対勢力として、プロテスタントが生まれる。プロテスタントは、聖書の解釈というのは個々人が行うべきだ、というものだった。同じキリスト教ではありますが、プロテスタントの方が、ちょっとだけ民主的なんです。そして、カトリックプロテスタントという図式が出来上がり、その争いは戦争にまで発展した。

 

さて、立憲主義の起源について、少し私なりに考えてみます。当時の人々は、公的な領域と私的な領域ということを考えた。そして、公的な領域から、宗教を排除しようとした。このアイディアは、後の政教分離につながる。また、私的な領域では何を考えても良いという発想は、後の思想・信教の自由という概念へと発展する。当時としてはコペルニクス的転回だったのではないでしょうか。

 

ちょっと、復習しましょう。人権保障と権力分立を基礎とした憲法に従って、国家を運営しよう。これが、立憲主義だということになります。

 

(参考文献)
文献1: 立憲主義日本国憲法 第4版/高橋和之有斐閣/2017

No. 229 憲法の声を聴け

 

文化領域論に関する公式原稿(通し番号付き)をアップしてから、2か月以上が経過してしまいましたが、勇気を出して(?)、このブログを再開することに致します。

 

その間も文化領域論については考えておりましたが、特に「文化とメンタリティの領域図」について、心変わりはありません。やはり、私たち人間が生きている世界というのは、そうなっていると思います。また、現在の社会情勢を考える上でもこの考え方を踏襲しないと、論理が進まない。よって、これから記載する原稿におきましても、基本的な考え方は、文化領域論を前提とすることに致します。

 

若干、補足させていただきます。まず、“芸術”という言葉の定義がなされていなかったように記憶しております。芸術とは、音楽(身体系)、文学(想像系)、美術(物質系)などであって、オリジナルであり、かつ、多くの人々の共感を得たもの、と言うことができると思います。そして、同時代で広く受け入れられた場合、それは大衆文化となり、長い間支持された場合、それは伝統文化となる。こう考えるのが良いと思います。オリジナルであるということを前提とするので、芸術とはその本質において、前衛でしかありえない。よって、芸術とは文化の長い歴史の中で、一瞬、煌めく閃光のようなものであって、それは滅多に現出しない。また、現代という時代において、芸術が喪失してしまったことは、先に書いた通りです。

 

宗教については、簡単に、次のように記載することができると思います。

 

原始宗教
 動物信仰
 悪魔、悪霊に対する畏怖
経典宗教
 神に対する信仰
 人(家系)に対する信仰

 

日本の知識人の中に、「日本の宗教は特別だ」と言う方がいますが、そんなことはない。聖書のように膨大な経典を持っているかどうか、というような条件によって、宗教の形は変わりますが、基本的な構造は上に記した通りで、日本だけが特別ということはないと思います。そして、先進諸国においては、宗教もほぼ終わっている。終わっていないとしてもそれは、既に「半信半疑」であって、本気で天国や地獄があると思っている人は稀である、と言えそうです。

 

現代という時代においては、芸術も創造されず、宗教も喪失した。人々の心の中は、ほとんど空っぽになってしまったのではないか。街中やネットには、ひたすら記号だけが氾濫し、この世界においては、既に起承転結すら存在しない。まして、論理的思考というものは、ほとんど瀕死の状態にある。

 

そして、世界は貧しくなった。人間は、自然が生み出す資源を消費し過ぎたに違いない。野生の動物は減少し、魚の数だって減っている。環境破壊が進み、温暖化が止まらない。内戦のシリアや貧しいアフリカの諸国から、ヨーロッパを目指す難民が、後を絶たない。YouTubeで海外の番組を見ていると、女性や子供の遺体が映し出される。安普請の船に乗り込み、イタリアなどを目指す訳ですが、途中で船が沈没してしまう。そういうことが地球上で起こっている。ホンジュラスなどの危険な国から、アメリカを目指す難民がメキシコとアメリカの国境に到着した。7千人とも1万人とも言われていますが、トランプ大統領は、彼らに銃を向けろと言っている。

 

日本も貧しくなった。大学を卒業した若者の多くが、奨学金の返済を迫られている。働けば、そこはブラック企業やブラックバイトだったりする。理不尽なパワハラやセクハラがまかり通り、そういう画像がネットに溢れる。保育や介護は大変な仕事ですが低賃金のため、深刻な人出不足に見舞われている。

 

ソビエト連邦が崩壊した時に、多くの人々は、共産主義ではダメだと思った訳ですが、格差を拡大し続ける資本主義にもウンザリしている。一時もてはやされたグローバリズムにも、陰りが見え始めた。一つには、イギリスのEU離脱、2つ目はトランプ大統領自国第一主義)の登場、そして3つ目が、今回のカルロス・ゴーン氏逮捕の一件です。かと言って、日本のような資源に乏しい国は、輸出を止める訳にはいかない。労働力も不足し、移民を受け入れざるを得ないところまで来ている。敗戦後、70年以上続いてきた「対米従属」も、アメリカの衰退、中国の台頭などから、そろそろ成り立ち難くなっている。

 

ここまで書くと、お読みいただいている方も、嫌気が差して来たかも知れません。書いている私も嫌になってきました。しかし、これが真実ではないでしょうか。

 

本当のことを言えば、今、人類は大変な危機に直面している。ただ、その危機は、日本のような先進国においては、見えにくい形で進行しているに過ぎない。

 

どうすればいいのか。

 

私は、行き過ぎたグローバリズムを抑制し、国家という集団の単位に回帰すべきではないかと思います。それは「天皇陛下万歳」と叫ぶ、旧来の国家ではありません。日本国憲法が指し示す、平和で、平等で、人権が守られ、自由が尊重される国家、という意味です。そういう知恵を、憲法は指し示していると思うのです。今こそ、日本国憲法の声なき声に、耳を傾けるべきではないか。

 

例えば、憲法12条の前段には、こう記されています。

 

「この憲法が保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。」

 

憲法は誰に語り掛けているか(これを名宛人と言います)と言えば、それは一般に国家の権力者だと言われています。しかし、上に抜粋した箇所の名宛人は、明らかに「国民」です。では、これは憲法が国民に対して義務を課しているのでしょうか。そうではない。義務と言うにはあまりにも抽象的です。これは、憲法が国民に教えている、のだと思うのです。憲法に定めたからと言って、国民の自由や権利が保障される訳ではない。それだけでは、不十分だ。だから不断の努力が必要なんだ、ということを憲法が国民に教えている。

 

では、日本国民はその不断の努力をしてきたでしょうか。答えはNOだと思います。私自身はどうか。同じくNOなんですね。せめてもの罪滅ぼしということで、これから憲法についての記事をこのブログに掲載していこうと思っています。

 

私は、憲法の専門家ではありません。従って、例えば憲法の条文があって、判例があって、学説がある。そういう体系立てられた憲法論を展開する能力を持ち合わせていません。ただ、憲法というのは、“想像系”の文化の最高峰に位置するもので、そこにはぬくもりがある。そんなことを文化論の立場から、記述してみたいと思っているのです。

 

以上