文化認識論

(世界を記述する。Since Oct. 2019)

政党の立ち位置(その16) れいわ新選組

一昨日(5月4日)に行われた山本太郎氏の街頭演説会、九州の小倉で行われたものですが、凄かったですね。終盤に差し掛かった所で、トンチンカンなおばさんが絡んで来る。曰く、「れいわ新選組」という名前が気に入らないとのこと。更に、ピンボケなおっさんが「1人で国会行っても、何もできないだろう」とイチャモンを付けて来る。そして、そこから太郎節が炸裂! 詳細は、是非、YouTubeでご覧ください。本編は2時間以上のものですが、ダイジェスト版も出回っています。

 

思うに、山本太郎氏(以下、太郎さんと呼ばせていただきます)という政治家は、とても新しいんですね。そこのところが、頭の古い経済学者、エコノミスト、政治評論家などには理解できない。だから往々にして、理由のない批判を受けるのだろうと思います。

 

まず、太郎さんは東京大学の出身でも、司法試験の合格者でもない。いわゆるエリート層の出身ではない。政治家の息子でもない。ご存じの方も多いことと思いますが、彼はタレントだった。そして、2011年に東日本大震災とそれに続く福島原発の事故があり、そこから反原発運動に加わり、タレント業を捨てて、政治の世界に身を投じたのです。思うに、太郎さんはこの時点で腹をくくったのだろうと思います。世間的に言えば、下積みの修行時代を過ごしてないとも言えます。この点に引っ掛かる人も、少なくないように思います。しかし、その批判は当たらない。長く下積みの時代を過ごした人というのは、年功序列的な発想に陥りやすい。東大出身者などのエリート層が、自発的隷従に陥りやすいことは、既に述べた通りです。

 

2点目としては、太郎さんが「脱中間集団」であるということ。太郎さんは、企業、労組、宗教団体など、いかなる中間集団をもその支持基盤に置いていない。これはとても新しい。だから、太郎さんが利権に絡むリスクというのは、とても小さい。あの立憲民主党でさえ、連合との関係は切れずにいる。それに比べて、太郎さんはひたすら個人を対象に訴え続けている。

 

3点目としては、本格的な経済ロジックを語る政治家というのは、私の知る限り、太郎さんが最初です。一つには、パワーポイントという文明の利器が生まれたという時代背景もある。しかし、5万枚ものスライドを作って、機材を運搬して辻説法を行うという手法は、誰も真似できない。そして、私が強く思うのは、そもそも経済というのはロジックだということ。ただ名前を連呼したり、ガンバローと気勢をあげたりする従来のスタイルと、太郎さんがやっていることは本質的に異なる。

 

4番目。実はこれが一番重要だと思うのですが、太郎さんは「国家を語った初めての左派」だということです。従来、国家主義というのは右派が語る天皇を中心とした国家観のことだった。太郎さんが主張しているのは、経済理論と民主主義を基盤とする国家観であって、従来の左派に、このような発想はなかったのではないか。太郎さんが重視しているのは、「この国に生きる人々」なんですね。それは、私の立憲国家主義と一致する。

 

このように新しいものが出て来ると、人々はまず拒絶反応を示すんですね。例えば、ロック・ミュージックの世界にプリンスが登場した時。観衆はステージ上のプリンスに空き缶だとかキャベツを投げつけた。

 

1960年代にマイルス・デイビスがエレクトリックを導入した時もそうです。ほとんどの評論家は、マイルスの新作をこき下ろした。しかし、プリンスもマイルスも、その後、誰もが認める大成功をおさめたのです。

 

もちろん、太郎さんが今後どうなるか、それは誰にも分かりません。何しろ、組織もなければ金もない。あるのは正義感と情熱と行動力でしょうか。しかし、一人の人間が退路を絶って、日本という国家と、そこに生きる国民のために旗を立てた訳で、私は応援したいと思っています。もし、あなたが太郎さんの主張に賛同するのであれば、きっとあなたにもできるささやかなことがあると思います。例えば、誰かにこう言ってみる。

 

MMTって知ってる?」

 

「消費税って、本当に必要なのかしら?」

 

あなたが生きている中間集団の中で「山本太郎支持」を打ち出すのは、多分、ハードルが高い。しかし、ネットの世界では、匿名でもハンドルネームでも、発言できる。例えば、ツイッターで呟くことだってできる。

 

もちろん、それはささやかなことであって、どれだけ効果があるかは、分かりません。しかし、文化とはそのような民主的な、ささやかな一票を基礎として、進化していくものだと思います。そして、どうせなら文化には参加した方がいい。それは、生きている私たちだけに許された特権なのですから。

 

続く

政党の立ち位置(その15)

現在の政治的論点の主題は、少し前に掲載致しました「政党の立ち位置 一覧 Version 2」に照らして言いますと、伝統的な左右の対立(横の対立)に加え、集団スケール上の対立(縦の対立)が加わり、複雑化していると思います。ここに気がつかないと、状況を理解しにくい。

 

右派の人たちは、例えば、グローバリスト 対 愛国者 の戦いだと言います。左派の私としては、この国を愛してはいるものの、愛国者を自認するには、少し抵抗がある。自立した個人が、民主的な手続に従って、積極的に国家を運営するべきだと考えているのですが、適当な言葉がない。そこで、私のこの立場を「立憲国家主義」と命名することに致します。

 

例えば、社会学者の宮台氏は、仲間を大切にしろとか、地方自治が大切だと盛んに主張されています。私の言葉で言えば、これは中間集団中心主義ということになります。しかし、中間集団というのは、日常生活を共にする場合が多く、これはとても息苦しい。会社とか、学校とか、地域社会などが中間集団に該当する訳ですが、これらの集団内部においては、空気を読まざるを得ない。自立した個人として発言すると、会社であれば出世を棒に振るかも知れないし、学校であればイジメに合うかも知れない。加えて、中間集団が支持基盤となって政治を運営すると、どうしても利権中心の政治とならざるを得ません。土建屋やゼネコンから政治献金を受け取り、公共事業の際に便宜を図っていた過去の自民党政治などが典型です。(今も続いているのかも知れませんが)また、電力会社の労組が参加している連合から支持を得ている国民民主党が、原発ゼロと言えずにいる。

 

このようなデメリットがあるので、中間集団は飛び越えて、個人が直接、国家の運営に関与する方が良い、というのが「立憲国家主義」の論拠です。

 

私のこの立場からすれば、今、最も重要かつ緊急性の高い課題は、グローバリズム 対 立憲国家主義 の戦いだ、ということになります。

 

例えば、自民党政権は、消費税率を上げて、法人税を下げて来た。すると、企業の収益が向上し、株主への配当が上昇する。では、日本企業の株主構成を考えた場合、外国人の持ち株比率はどれ位でしょうか。3割程度だと言う経済学者もいます。しかし、近年、株主名簿を見ると「○○投資信託口」という名義がとても増えているのです。これは、金融機関が投資信託を販売し、当該金融機関が名目上の株主となっている訳ですが、実質上の株主は、その投資信託を購入した人のものなのです。そして、その投資信託を購入した人の中で、外国人の比率はどうなっているのか。それは、ブラックボックスになっている。従って、日本企業の実質的な株主の半分以上が、実は外国人になっているのではないか、と言う人もいます。すなわち、我々庶民が支払った消費税の何割かは、外国の裕福な資産家に吸い上げられている、ということになります。(推測ですが、3割~4割に達するのでは?)これが、周到に仕組まれたグローバリズムです。そんなことをしていて、我々日本人の暮らしが良くなるはずは、ありません。

 

消費税撤廃を主張する山本太郎氏や、令和ピボット運動の主張は、とても理にかなっている。そして、本当はMMTが正しいことは安倍総理も知っているに違いない。何故かと言うと、安倍総理は令和ピボット運動の中心メンバーたち(三橋氏、藤井氏)と、食事を共にしているからです。麻生財務大臣財務省だって、本当はMMTが正しいことを知っているのだろうと思います。

 

それで、消費税率を10%にするとは、この国、一体どうなっているのでしょうか?

 

対米従属の問題にしても、本当は全ての日本人が一丸となって交渉に当たれば、相当程度に改善するのではないでしょうか。例えば、日米合同委員会について、オバマ政権の時、ライス国務長官が疑問を呈した、という話があります。外交に関わる会議を、アメリカの軍部が仕切っているのはおかしい、という主張だった。真実は分かりませんが、日本の官僚の方からこの会議を継続するよう、働き掛けた可能性はないでしょうか。ちょっと、想像してみてください。仮にあなたが、米国への留学経験があって、英語がペラペラで、高級官僚で、日米合同委員会のメンバーに選出されたとします。これはもう、大変なエリートコースな訳です。このまま、日米合同委員会が継続されれば、あなたの出世は、約束されています。さて、あなただったら、日米合同委員会の存続を望みませんか?

 

沖縄の辺野古基地問題ですが、小沢一郎氏によると、これは米軍の海兵隊も望んでいない、という情報があるそうです。では、何故、日本政府は基地の建設を強硬するのか。工事に関わる日本企業の利権が絡んでいる、との説もあります。

 

確実に、私たちは真実の情報から、阻害されています。

 

最新の世論調査によれば、国民民主党の支持率は、0.9%だった。仮に、れいわ新選組が次回の参院選で5人以上当選し、政党として認められれば、その後の政党支持率で、国民民主党を抜けるのではないでしょうか。野党の中で、トップ3に入ることも、決して夢ではない。そうなれば、日本の政界も相当変わるに違いありません。

 

続く

政党の立ち位置(その14) 覚醒する個人

今、政治の世界も大きく変わろうとしている。むしろ、変えざるを得ない所まで、すなわち崖っぷちまで来ているように思います。結局、基本的な構造は、次の3つのステップにあると思うのです。

 

1)自発的に隷従するエリート、官僚、自民党

2)彼らは、説明責任を果たせない。説明できないので、嘘をつく。

3)愚民政策によって、国民の関心が政治に向かないようにする。

 

最近、アメリカでは嘘のことをPost Truthなどと呼んでいるようですが、トランプ大統領がついた嘘の数が1万件を超えたらしい。こういうことを真面目にカウントしている人がいるんですね。しかし、事情は日本も変わらない。公文書は偽造するし、統計数値は改竄される。その他、官僚や政治家がついている嘘の数は、アメリカにひけを取らないのではないでしょうか。

 

そして、グローバリズムと相まって、現在の日本で権力を持っているのは、次の団体だと思います。

 

アメリカ、自民党、高級官僚、大企業、マスメディア

 

大手のメディアというのは、結局、企業が支出する広告費によって成り立っている。既得権も持っている。新聞だと再版価格の維持、消費税における軽減税率の適用、テレビだと放映権というのがある。特に地上波のテレビは、戦後の愚民政策を担ってきたに違いありません。

 

しかし、そんな馬鹿げた国家システムが、変わろうとしている。私がそう考える理由は、以下の3点です。

 

1.国民の貧困が、来るところまで来てしまったこと。確かに、上に記した国家システムは、戦後からバブル期頃までは、機能していたのかも知れません。アメリカに従属するのは悔しいけれども、アメリカの軍備の傘の下で、日本は経済的な恩恵を謳歌してきた。しかし、アメリカの日本に対する経済的な支配が強まり、対米従属という姿勢が日本人にメリットを及ぼさなくなった。日本は必要もない武器を買わされ、5月の末頃までには、FTA交渉によって農産物の関税まで引き下げられそうです。

 

皆様の生活は、いかがでしょうか。今、各世代で、貯金のない人が増えているそうです。昔は、働くと言えば正社員だった。今は、派遣労働者が4割にも達する。ネットカフェで過ごす方も少なくない。貧困にあえぐ国民が、声を上げないはずがない。選挙になれば、皆、大切な1票を持っているのですから。

 

また、右派の人々の中からも、自民党の対米従属路線に異議を唱える人たちが現れて来た。組織というのは、往々にして、内部から崩壊する。

 

2.ネットがもたらした情報革命。(元)鳩山総理は、日米合同委員会の存在を知らなかったそうです。毎月、2回程度、米国の軍人と日本の官僚が会議を開いているんですね。そんなことは、にわか政治オタクになった私だって、知っている。何故か。情報源は、主にネットです。確かに、無数の情報が日々、更新されていくネットの世界から、正しい情報をピックアップするのは、至難の技です。しかし、それは不可能ではない。

 

ネットの世界には、ブログの他にもSNSやインスタグラムなど、様々な情報発信の手段がある。個人が情報を発信できるようになった。そこで、個人としての意識は高まり、それに反比例して、中間集団の勢いが減退している。そもそも、自民党公明党の集票システムというのは、中間集団に依存しているんですね。こういうのは、もう流行らない。

 

例えば、私などはどこの組織にも属していない。そしてブログというのは、経済活動からも切り離されている。よって、誰に忖度する必要もないんです。結構、こういう人って、増えていませんか?

 

内部告発という動きもあって、権力者側が嘘をつき通すのは、次第に困難になってきた。無数の個人が監視をしていて、何かあれば、直ちに情報がネットの世界を駆け巡る。

 

3.左派の中で、新しいタイプの政党が誕生しつつある。中間集団ではなく、個人に働き掛ける政党としては、立憲民主党が最初ではないでしょうか。しかし、立憲民主党の主張は、消費税据え置きなんです。これでは生ぬるいということで、山本太郎氏がれいわ新選組を立ち上げた。

 

いろいろ考えたのですが、私は「れいわ新選組」を支持することに致しました。この危機的な経済状況と低迷する政治状況に風穴を開けられるのは、山本太郎氏ではないか。山本氏は、現在、日本各地をまわって、辻説法を行っていますが、その模様は、YouTubeにアップされています。お暇な時で結構です。ひやかしで構いません。是非、一度視聴されるよう、お願い申し上げます。

 

続く

政党の立ち位置(その13) 自民党

「政党の立ち位置」とのタイトルからして、戦後日本で最大の権力を誇った自民党について、検討しない訳にはいきません。また、自民党とは戦後における日本人多数派のメンタリティーを象徴しているとも言えます。

 

かつての自民党においては、いくつかの派閥が権力闘争を繰り広げていました。極右から中道左派までが、ひしめいていたのだろうと思いますが、ここでは、親中派親米派に分けて見ていきます。

 

親中派の代表格は、日中国交正常化を成し遂げた田中角栄氏だと思います。しかし、ロッキード事件という不可解な事件があって、彼は失脚しました。当時、まだ子供だった私などは「田中角栄というのは、金権政治ばかりをやっていて、悪い人だ」と思っていました。しかし、最近になって、いろいろな情報が出て来る。どうも、ロッキード事件には、不可解な点が多くあるようです。

 

また、ちょっと自民党からははずれますが、田中角栄と親しくしていた小沢一郎氏にも不可解な事件が襲いかかる。陸山会事件と呼ばれるものです。当時、小沢氏は民主党にいて、そのまま行けば総理大臣になるはずだった。ところが、地検特捜部が動いて、政治献金の問題が取り沙汰されたのです。結局、小沢氏は無罪だった訳ですが、彼は総理大臣にならなかった。ちなみに小沢氏は、日本と米中の関係を二等辺三角形になぞらえ、等距離外交がいいと主張しています。

 

何か、不穏当な匂いがします。中国と仲良くしようとする政治家は、何故か、地検特捜部に潰されてしまう。

 

そこで、Wikipediaで「特別捜査部」(=地検特捜部)という用語を調べてみますと、そこには驚くべき事項が書いてある。そもそも、特別捜査部の発足には、GHQが関わっていた。そして、特別捜査部田中角栄の流れを汲む平成会の政治家には厳しく、反対に、親米派の清和会には寛容だという説がある、とのことです。清和会というのは、安部総理が属している派閥のことです。一般の国民には思いもつかない日本政治の闇があるのでしょうか。

 

いずれにせよ、自民党の中には、かつて親中派親米派がいて、親米派が勝って、現在の自民党がある。この点は、間違いなさそうです。その流れは、新自由主義に舵を切った中曽根総理の頃から、今日まで続いているのだろうと思います。換言しますと、中曽根総理の時代から、日本の対米従属が強まった、ということです。

 

そう言えば、「自民党をぶっ壊す」と言って総理になったのが、小泉氏ですが、選挙戦において、最大の援軍となったのは、田中眞紀子氏でした。(田中角栄の娘)そして、小泉氏が総理になると真紀子氏は、外務大臣に抜擢された。しかし、程なく更迭され、「私が前に進もうとすると、スカートの裾を踏んでいる人がいる。見ると、それが小泉氏本人だった」と述べていました。当時、詳細な理由は説明されませんでしたが、多分、親米派の小泉氏としては、親中派の真紀子氏の言動を許容できなかったのではないでしょうか。いずれにせよ小泉氏は、悪名高い竹中平蔵氏と組んで、自民党ではなく日本をぶっ壊してしまった、と私は思っているのですが・・・。

 

さて、そんな自民党ですが、なかなかつかみ所がない。イデオロギーはなく、宗教にも依存しない。(靖国神社などの問題はありますが、あれはあくまでも、日本会議などの支持を繋ぎ止めておくためのポーズに過ぎません。)やはり、自民党の基本的な構造というのは、ひたすら群れの中心を目指して動く、魚の群れに良く似ています。そこに明確な指導者は存在せず、原理もなく、外的な要因によって、群れの中心(権力)が移動する。

 

寄らば大樹の影

 

長いものには巻かれろ

 

こういう政党なのだと思います。そこにロジックや主張はない。だから、国会の審議において、野党がいくら理詰めで追及しようとしても、論議は噛み合わない。

 

但し、ロジックがないので、国民にも論理的に思考することを求めない。これが、大衆には受けるに違いありません。反対に、れいわ新選組山本太郎氏は、かねてより「街頭記者会見」と称して、街角演説会をやっていますが、パワポを駆使して、データを示しながら、ロジックを語ろうとしている。この演説会における最大のテーマは、消費税をなくしても財源は困らない、とする点にある訳ですが、これがなかなか難しい。MMTのことだと思いますが、山本氏は聴衆の一人ひとりに、思考することを求めている。自民党とは、正反対のポジションに立っている。

 

自民党の「考えない」という構造は、セクハラを生み、失言を増産し、ひいては「政界のお笑い担当」と呼ばれた桜田大臣を生んだのです。

 

多分、ネットを駆使して情報を収集している人たちの比率が、もう少しで臨界点に達する。その時に、日本の政治は大きく変わるのではないでしょうか。遠くないその時に備えて、私たちは考えるべき時期に来ているはずです。

 

続く

政党の立ち位置(その12) NHKから国民を守る党

反緊縮財政を掲げる左派からの運動というものも、登場していたようです。山本太郎氏の師匠のような人で、経済学者の松尾匡氏が「薔薇マークキャンペーン運動」というのを展開しておられる。概略を紹介致します。松尾氏が提言している反緊縮財政等に関わる政策があって、これに合致する経済政策を主張している政治家、候補者には薔薇マークを認定する、というものです。これは、政党とは無関係で、認定する政策も経済分野に限定するというものです。今年になってからスタートした活動ですが、何やら新しい匂いがします。

 

新しいと言えば、「NHKから国民を守る党」(以下「守る党」)の活動も、とても新しい。こちらは、20年程NHKに勤務されていた立花孝志氏が、NHKの不正を内部告発し、その後NHKを退職し、立ち上げた政党のようです。先の地方選挙で26名の当選者を出し、注目を集めています。次の参院選でも、10名の候補者を擁立する予定です。(比例2名 選挙区8名)

 

守る党の基本的な政策は、「NHKをぶっ壊す!」ということにつきる訳ですが、具体的にはNHKの悪質な集金から国民を守る、NHKには見たい人だけが受信料を支払う、という2点に集約されるようです。どうも、面白い所に着眼点がある。ワンセグ携帯やテレビを視聴できるカーナビなども普及し始めた昨今、NHKはそれらの媒体を持っている人たちからも、視聴料を徴収している。

 

そもそも最近のNHKの放送内容というのは、安部政権に媚びへつらっている。更に、直近ではNHKの役員人事に安部官邸が介入したのではないか、との疑惑があって、立憲民主党の杉尾議員が国会で追及していました。

 

そもそも、私などはほとんど地上波のテレビを見ない。別にNHKを見なくとも、他にメディアは沢山ある。ただでさえ、消費税で苦しめられているのに、その上、高額な視聴料は払いたくない。そう思っている国民は、8割を超えるのではないでしょうか。これは、いい政党ができた。みんなで応援しましょう。

 

ただ、何となく感じるこの新しい匂いの正体は何か、この点を考えてみたいと思います。

 

旧来のパターンですと、まず政党がある。そして、政党は政策のパッケージを作り、有権者に呼び掛ける。有権者の側は、中間集団が母体となって支援活動を行う。政党、政策、中間集団の順で記載してみます。

 

自民党・・・既得権を保護する政策・・・農協、経団連など

民主党・・・労働者を保護する政策・・・労働組合(連合)

 

これが、前述の「薔薇マークキャンペーン」になりますと、そもそも政党という概念が消えます。推薦されるのは個人で、政策もパッケージではなく経済政策に限定し、更に訴えかける相手も個人ということになります。これを上の例にならって、記載してみましょう。

 

個人・・・経済政策のみ・・・個人

 

「守る党」の方はどうでしょうか。

 

守る党・・・シングルイシュー・・・個人

 

上記の検討から言えることは、2つあると思います。1つには、確実に中間集団の力が弱まっている。2つには、それに反比例して、個人の力が強まっている。これが時代の趨勢だろうと思います。そもそも、農協、医師会、労組などの中間集団が、その構成員に投票先を呼び掛けるというのは、もう古い。そんなのは個人の自由で、余計なお世話だ。そういう流れになってきた。その最大の理由は、ネットの普及だと思います。守る党の立花氏などは、ほとんど毎日、YouTubeに動画をアップされています。これにもいくつか意味があって、不特定多数の個人に呼び掛けるということの他に、NHKなどの不正を直接証明するという効果もある。何しろ、電話の音声など、直接的な証拠を白日の下にさらすことができる。これには、説得力があります。

 

今、ネットによって個人が覚醒している。

 

そもそも、政党自体が中間集団だという事情もあります。これは、時流に合っていません。政党のあり方自体が問われる時代になった。象徴的な言葉にダイレクト・デモクラシーというのがある。政党を介すのではなく、個々の論点に対して、有権者が直接判断を下す。そういう意味なのだろうと思います。

 

このブログでは、個人 ー 中間集団 ー 国家 ー グローバルという4つの階層を「集団スケール」と呼んでいますが、そこから、中間集団とグローバルが否定されつつある。それが時代の流れだと思います。そして残るのは、個人と国家になりますが、これは憲法が想定していたものです。このように考えますと、決して憲法は古くない。むしろ、時代の最先端を予言していたのではないか、とさえ思えて来るのです。

 

続く

政党の立ち位置(その11) 右派からの提言

昨日、国民民主党自由党の合併が決まってしまいました。個人的には、大変残念です。一方、山本太郎氏が立ち上げたれいわ新選組Twitterを見ますと、4月25日現在で、寄付金の額が4,879万円に達したとのこと。頑張って欲しいと思っています。

 

さて、MMTですが、世間でも次第に話題にのぼるようになってきました。そして、私が目にしたものは、全ての記事がMMTを肯定しています。どうやら、この理論は今年に入ってからアメリカで火がつき、日本に飛び火したように見受けられます。但し、日本の経済学者の中には、もっと前からこの説を主張されていた方もおられるのではないでしょうか。

 

MMTに関しては、様々な説明の仕方があるようです。例えば、鈴木さんというご夫妻がおられたとして、ご主人(政府)が奥様(日銀)から100万円借りたとします。しかし、だからと言って鈴木さんご夫妻が貧乏になった訳ではない。

 

私も、考えてみました。昔、通貨を持たないAという国があったとします。外国のそれを伝え聞いたA国の人は、自国でも通貨を持とうと考えます。そこで、紙幣を印刷する日銀という会社を作ります。この会社は、いくらでも紙幣を印刷することができます。出来上がった紙幣の山を見て、A国の人々は考えます。この紙幣をどうやって分配しようか。親戚一同や、友人知人に配ってしまう訳にはいかない。そこで、平等な分配方法を考えるのですが、どうしても思い付かない。もちろん、A国の中には男もいれば女もいる。老人もいれば若い人もいる。一生懸命働いている人も、遊びほうけている人もいる。困った。そこで、政府の役人が言い出します。それは、政府が借りることにしよう。そして、政府が民間に仕事を発注して、その対価を紙幣で支払うことにしよう。これで、一同が納得する。

 

そもそも国債とは、そういうものではないでしょうか。市場に通貨を流通させるために、政府が発行するのです。返済する必要はない。国債の発行額は、経済の規模に応じて膨らんでいくのであって、それは健全なことだと思うのです。

 

そして、MMTという考え方を推し進めて行きますと、自律的な国家経済という概念に帰着する。何故なら、そこに登場するのは国の政府であって、その国の通貨を発行する中央銀行だからです。別の言い方をしますと、MMTという考え方は、反グローバリズムに向けた起爆剤となり得る。そして、日本でもこのような考え方を推進しようとする動きが出てきた。それが、令和ピボット運動です。

 

この運動は三橋貴明氏が提唱し、藤井聡氏など、多くの学者が賛同し、立ち上げられたもののようです。その基本理念は、反・緊縮財政、反・グローバル化、反・構造改革の3点となっております。反・構造改革というのは、概ね、反民営化という意味かと思われます。例えば、小泉総理が郵政を民営化した。どうなったかと言うと、日本国民の貯金によって、大量のアメリカの国債が購入される結果となった、と言われています。但し、その額は非公表となっているようです。水道の民営化という、酷い話もあります。合理的な理由が説明されることもなく、この法律は可決してしまったのですが、水道を民営化して、それを誰が購入するかと言えば、外資なのです。外国では、民営化によって水道料金が6倍になったという事例もあるそうです。そこで、諸外国では一度民営化した水道事業を公営に戻している。このように、規制緩和や民営化に伴って、日本国民の資産が、外資に奪われるという現実がある。また、その間隙を縫って、私腹を肥やそうという日本人の ’やから’ が出てくる。もう、そういう馬鹿なことは止めようというのが、令和ピボット運動の主張です。

 

具体的な政策についても拝見しましたが、大変素晴らしいと思いました。よく考えられていて、合理的なのです。経済政策としては、私も賛同致します。しかし、最後の一線を超えて、心の底から賛成することはできない。何故かと言うと、この運動を提唱されている方々というのは、右派なんです。日本の伝統的な文化を大切にしようというマインドが、底流にある。文化は進化させるべきだと考える左派の私とは、どうも合わない。経済政策のみを取り上げれば、そこに右も左もない。しかし、それだけが政治ではありません。

 

また、令和ピボット運動の主張というのは、財務省に対する批判が含まれているのですが、安部総理や自民党に反発しているかと言えば、どうもそこが見えない。また、この運動がどこに向かおうとしているのか、それも見えないのです。新党を立ち上げるのか、自民党の内部から改革しようとしているのか。

 

また、何故このような主張が左派、すなわち野党の側から出て来ないのか。まず、共産党のホームページを見てみたのですが、どうもこの政党の経済政策というのは、私にはよく分からない。共産主義というのが、同党の経済政策なのでしょうか。

 

次に、国民民主党ですが、こちらの玉木代表は財務省の出身らしい。してみると、長年、財政再建、緊縮財政、消費増税を主張してきた財務省のマインドから脱却するのは難しそうです。

 

頼みの綱は、立憲民主党です。現在、同党は政策を取り纏め中ではありますが、今日までの枝野代表の発言からすれば、MMTとは一線を画しているように見受けられます。そもそも、民主党政権財務省に言われるがまま、消費税の税率を上げようとしてきた過去がある。しかし、誰にでも過ちはある。過去の発言との整合性など、気にする必要はないのです。君子、豹変すべし! 今頃、都内の某所で、立憲の幹部がMMTの勉強会を開いている・・・かも知れません。(私の希望的観測は、ほぼ、当たったことがありません。)

 

すると、左派でMMTに積極的なのは、やはり「れいわ新選組肉球)」しかなさそうです。

 

続く

政党の立ち位置(その10) ポスト・グローバリズム

Wikipediaには、「グローバリズムとは、地球を一つの共同体と見なして、世界の一体化を進める思想」と定義されています。一見、良さそうに思えます。しかし、人類は既にこのチャレンジに失敗している。第1次世界大戦が起こり、人類は、国際連盟を創設しましたが、第2次世界大戦の勃発を防ぐことができませんでした。そして、第2次世界大戦の後、国際連合を作りましたが、これもうまくいかない。第2次世界大戦の戦勝国常任理事国となり、各常任理事国が拒否権を持っている。国連憲章には未だに敵国条項があり、日本などは差別されている。国連はアフリカの内戦を鎮圧しようと介入を試みましたが、結局、先進諸国の利害が絡み、うまくいかなかった。

 

様々な基準を統一しようとする動きがありましたが、これも進展しているようには見えません。例えば、日本はメトリック(メートル法)ですが、アメリカはインチを採用している。狂牛病が流行した時、アメリカは日本に牛肉の輸入を強く求めましたが、日本人はそんな牛肉を食べたいとは思わなかった。吉野家から牛丼が消えた、あの頃の話です。

 

グローバリズムだから、言語も英語に統一しようという意見がありますが、私は、日本語の中で生きてきたし、これからも他の選択肢はありません。

 

ちょっと調べてみますと、まず、1970年頃、新自由主義という考え方が登場した。これは、政府は小さい方がいい、規制は緩和して市場原理に委ねるべきだ、民営化を進めろ、という考え方です。鉄の女と呼ばれたイギリスのサッチャーアメリカのレーガン大統領。日本では中曽根康弘元総理らが、この考え方を採用したようです。

 

そして、グローバリズムという考え方が登場したのは、1992年だったようです。経済に関するルールを統一して、企業が国境を越えてビジネスを進められるようにしよう、ということになった。1995年にはWindows 95が登場し、グローバル化は一気に進んだ。電子メールというコミュニケーション手段は、時差の壁を超えた。やがて、ヒト、モノ、カネの全てが、やすやすと国境を超える時代になった。

 

そこで、グローバリズムの恩恵を被ることができるのは誰か、ということになります。例えば、一般の個人で複雑な国際手続の全てをこなし、複数の国の間でヒト、モノ、カネを動かして利潤を稼ぎ出すのは、ほぼ、不可能だと思います。すると、グローバルで活躍のできるプレイヤーというのは、大規模な多国籍企業に限定されることになる。

 

多国籍企業は、異口同音にこう言います。最適の地域で商品を開発し、最適の国で商品を製造し、最適なマーケットで商品を販売する。そして、彼らがまず注目するのは人件費の安さということになります。しばらく前に、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)が注目されましたが、言うまでもなくこれらの国々においては、人件費が安かった。しかしその後、中国よりもベトナムの方が安いなどと言われたように、多国籍企業は一貫して、賃金の安い国や地域を探し続けている。

 

表だっては言いませんが、多国籍企業がもう一つ判断基準としているのは、税金です。法人税の安い国で活動したい。彼らはそう考えている訳です。それにもあきたらない企業は、タックス・ヘイブンと呼ばれる税金の極めて安い国にペーパーカンパニーを作り、そこへ多額の資金を移動し、税逃れをしている訳です。

 

また、投資家も黙ってはいません。投資をするには、当然、その見返りを望んでいる訳で、1つには株価が上昇すること、2つ目としては、株式配当を受領することです。すると彼らは、自らの利益を確保するために妙案を思いつく。ストック・オプションです。例えば、A社の株価が千円だったとします。すると、千円でA社の株式を購入できる権利をA社の役員に付与する。そして、仮に1年後にA社の株価が1200円になったとすると、A社の役員は当該株式を1200円で売却できる。すなわち、一株当たり200円の利ザヤを稼ぐことができるのです。すると、ストック・オプションを付与された役員は、その会社の株価を上げることに血まなこになります。投資家と企業経営者の利害が一致するのです。当然、株式配当を上げると株価も上がるので、配当金も上昇する傾向となります。加えて、ストック・オプションを付与された役員は、往々にして、短期的な利益を目指す。自分が退任した後の10年後の業績なんて、関係がなくなる。

 

いつの間にか、世の中、こうなっていたんですね。これがグローバリズムの実態だと思います。

 

そして、多国籍企業や投資家たちは、以下の事柄を政府に要求するようになります。


法人税を下げろ。
・(法人税を下げるために)消費税を上げろ。
・労働者の賃金を下げろ。
・(外資が参入するために)民営化を推進しろ。
・規制を撤廃しろ。
株式配当を上げろ。

 

では、彼らはどうやって政府に圧力を掛けるのでしょうか。1つのパターンとして、こんな例が考えられます。例えばアメリカのカジノ王が、トランプ大統領に莫大な額の政治献金を行う。安倍総理が訪米すると、トランプ大統領からカジノ王を紹介される。「シンゾー、宜しくね!」という訳です。そして、日本の国会ではIR(Integrated Resort)などという聞こえの良い言葉と共に、カジノが解禁される。

 

多国籍企業と競争している日本の大企業は、できれば日本の工場を稼働し続けたい。日本で営業を続けたいと思っている。すると、価格競争で多国籍企業に勝つ必要がある。そこで、例えば経団連のような組織が、自民党に多額の献金を行った上で、多国籍企業と同じことを要求する。すなわち、法人税を下げろ、消費税を上げろ、人件費を下げろ、ということです。移民を解禁しろ、というのもつまる所は労働者の賃金を下げろということだと思います。

 

このように考えますと、安倍政権がやって来たことの理由が分かります。実際、安倍政権は多国籍企業、投資家、経団連の要求に従って、政権を運営してきたに違いありません。法人税の税率は下がり、同時に消費税率が上がって来た。労働者の4割は非正規となり、実質賃金は下がり続けている。国民は貧しくなり、若い人たちは結婚しにくくなり、少子化が進み、結果として、私のような高齢者が受給する年金も減少の一途を辿っている。

 

これがグローバリズムです! 

 

しかし、問題はそこに留まらない。それでは、多国籍企業や巨大な投資家たちが利益をあげ続けているかと言えば、実はそうではない。すなわち、どこの国でも貧富の格差が広がり、総じて国民が貧しくなった。個人消費が冷え込む。結局、多国籍企業も儲からなくなってきている。

 

今、ネットを見たところ野村ホールディングスが1004億円の赤字を出したとの記事がありました。

 

結局、一部の多国籍企業や投資家の手元にマネーが集中した。それらのマネーは行き場を失う。日本で言えば、長期に渡る低金利/マイナス金利政策によって、銀行をはじめとする金融機関は利益を得る術を失った。勢い、ハイリスク・ハイリターンの金融商品に手を出さざるを得ない。リーマンショックの時には、サブ・プライム・ローンが引き金となった訳ですが、これはアメリカの貧困層に対する住宅ローン債権を見えにくい形で織り込んだ投資信託だった。そして、デフォルトが発生し、その影響が一気に世界を駆け巡ったのです。再び、同じことが起こらないという保証は、どこにもありません。

 

経団連会長の発言を聞いておりますと、以前は、「大金持ちが暴利をむさぼろうとしている」というように見えていたのですが、どうも最近はそうでもない。本当に困った人が懇願しているように見える。「日本国内に原発を新設しろ」というのは、政府の指導に従って原発のプラント輸出を準備してきたにも関わらず、商談が一件もまとまらない。それでは企業がもたない、外国がダメなら日本国内に作らせてくれ、ということでしょう。「もう終身雇用制など維持できない」という発言も、本音なのだろうと思います。流石に「今後は福島の廃炉作業に外国人労働者も使う」という発言には首肯できませんが、経団連会長も、自ら好んで悪役になりたいと思っている訳ではない。

 

ちなみに、日本最大のトヨタでさえ、世界の時価総額ランキングでは35位まで落ちてしまった。(2018年)グローバリズム全体が困難に直面しているのは明らかですが、中でも日本の落ち込みが酷い。先進諸国の中では、ほとんど日本の一人負けが続いている。

 

多国籍企業と言っても、国境を超えた資本の移動というのは、結局、難しいと思います。日産自動車の例を見れば、それは明らかです。ルノーは日産の43.4%の株式を保有しています。株式会社における重要な意思決定は、株主総会において下されますが、実際には全ての株主が議決権を行使する訳ではありません。従って、43.4%というのは、事実上、日産の経営権をルノーが掌握しているに等しい。今更、ルノーに統合されるのは嫌だと言っても、それは無理な話なのではないでしょうか。既に、勝負はついている。それが、資本の論理というものです。結局何をもめているかと言えば、ルノーとしては株主のフランス政府の意向に従って、儲かる車種の製造工場をフランスに作りたがっており、日本人がこれに抵抗しているという構図だと思います。日産の一般従業員にしても、自分は誰のために働いているのか、という課題を抱えざるを得ない。自分のためか、日産のためか、日本のためか、フランスのためか。

 

グローバリズムというのは、各国に同じような弊害をもたらした。そこで、ポスト・グローバリズムということになる。トランプ大統領が登場し、反移民政策、自国第一主義、減税を行ったことには、確かに意味がある。イギリスのEU離脱やフランスのイエロー・ベスト運動も、直接的な主張は反移民ですが、もう少し大きな目で見ますと、反グローバリズムということだと思います。

 

世界の潮流がポスト・グローバリズムになっている今日、何故、日本政府は未だに消費増税、緊縮財政などと言っているのか。理由の1つには、対米従属という問題があると思います。トランプ大統領がAmerica Firstと言っているのだから、安倍総理もJapan Firstと言えば良さそうなものですが、そんなことを言うとアメリカからどんなしっぺ返しがあるか分からない。そこで知恵を絞って戦略を練るのが政治家の勤めだと思うのですが。

 

さて、率直にグローバリズムを批判して来ましたが、それではどうすれば良いのか、という点について、考えてみましょう。端的に言って、国家主義に戻れということです。天皇陛下万歳とか、日の丸掲揚というような国家主義ではありません。自立した国民が、民主的な手法によって運営する国家、という意味です。そして、このような考え方の起爆剤が、先に述べましたMMT(Modern Monetary Theory)の中に秘められていると思うのです。