文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 70 小川国夫/葦の言葉(その4)

私の所属していた文芸サークルが主催した小川氏の講演の原題は、「物の威力」というものでしたが、「永遠の生命」と改題され、講演集「葦の言葉」の巻頭に掲載されました。当然、当時も読みましたが、正直に言いますと、良く分からなかった。それが、今回、…

No. 69 小川国夫/葦の言葉(その3)

講演は、秋山さんが先でした。結構な人数が集まり、秋山さんって流石だなと思ったことを記憶しています。秋山さんの講演が終わると、聴衆がぞろぞろと会場を出て行ってしまい、小川氏に失礼があってはいけないと私は大変焦ったのですが、入れ替わりで、同じ…

No. 68 小川国夫/葦の言葉(その2)

ある日、文芸サークルの先輩がこう言ったのです。「昔さあ、うちのサークルで小説家の講演会を主催したことがあるんだ。早稲田祭の時なんだけど。そう言えば、君、秋山さんと面識があるんだっけ?」どことなく先輩の口調が、他人事のような感じなんです。そ…

No. 67 小川国夫/葦の言葉(その1)

小川国夫(1933~2008)という小説家をご存じでしょうか。 小川氏は、1933年に静岡県藤枝市に生まれます。小さな宿場町だった藤枝市ではありますが、1879年頃教会が創立され、フランス人の宣教師がやって来ました。そんな環境もあって小川氏は1946年頃、終戦…

No. 66 ジミ・ヘンドリックス/バンド・オブ・ジプシーズ(その3)

奇跡的と言っても過言ではない即興演奏を披露したジミとそのバンドは、その直後、1970年1月28日、今度はマジソン・スクエアー・ガーデンでコンサートを開きます。しかし、2回目の軌跡は起こりませんでした。ジミの身体的なコンディションは、最悪だったそう…

No. 65 ジミ・ヘンドリックス/バンド・オブ・ジプシーズ(その2)

ジミが率いたエクスペリエンスも、猛烈に働いたようです。当時はライヴがバンドの主たる収入源だったそうで、エクスペリエンスも多くのステージやツアーをこなしたようです。そして、御多分に洩れず、彼らもドラッグとは切っても切れない関係に陥ってしまい…

No. 64 ジミ・ヘンドリックス/バンド・オブ・ジプシーズ(その1)

このブログのジャクソン・ポロック(No. 54)のところで、絵画を描く際のオートマティスム(自動記述法)について述べましたが、音楽の世界でも即興演奏というのがあります。意識を低下させて、もしくはトランス状態に持って行って、まさしく演奏する瞬間に…

No. 63 横光利一の短編小説/時間

人間社会の息苦しさの正体は、実は個人的無意識にあるのではないでしょうか。共感を求める。それが強く作用する場合には同調圧力となる。そして、圧力を受ける人間は、息苦しさを感じる。昼間のファミレスでは、リラックスした女性たちが延々と「だからどう…

No. 62 ジェイムス・コットン/人生の王様

不思議なことに初めて聞くのに、無性に懐かしい感じのする曲ってありませんか? また、初めて行った場所でも、何故か懐かしい感じがする。そんな経験が、私にはあります。 私にとってそんな懐かしい感じのする曲の1つが、ジェイムス・コットンというブルー…

No. 61 心のメカニズム(その5)

前回の原稿で、ゴッホは“共感タイプ”で、ゴーギャンは“観念タイプ”であると書きました。ゴッホの方は、多分、皆様も納得していただけると思うのですが、ゴーギャンについて、何故、私がそのように考えるのか、ちょっと補足させていただきます。最大の理由は…

明けまして、おめでとうございます。

今年が、皆様にとって幸多き年となりますことを祈念しております。 さて、このブログもお陰様で、開設してから半年が過ぎました。途中、どうなることかと思ったこともありましたが、なんとか60の記事を掲載することができました。これもお読みいただいている…

No. 60 心のメカニズム(その4)

前回までの原稿で、人間の2つのタイプを定義しました。一つは、感覚から出発して、意識を獲得する。そして、個人的無意識を抑圧しながら、現実をあまりかえりみることなく、記号や観念の世界に埋没してしまうタイプ。このような人をこのブログでは“観念タイ…

No. 59 心のメカニズム(その3)

少し、言葉の定義が必要かも知れません。現在、私が考えているのは、思考=意識、そして感情=個人的無意識 ということになります。ここから先は、極力、意識、個人的無意識という用語に統一しましょう。 また、個人的無意識は、共感を求める作用とコンプレ…

No. 58 心のメカニズム(その2)

まず、前回掲載致しましたチャート図の概要をご説明致します。 一つの前提として、人間の心というものは、経験などの外的要因に伴って、少しずつ発達していくのではないか、ということがあります。赤ん坊の状態を考えると、まず、感覚から出発する訳です。次…

No. 57 心のメカニズム(その1)

さあ、クリスマスだ。君はどうしてる?So this is Xmas and what have you done? 我らがジョン・レノンの“Happy Xmas (War is Over)”は、このようにさり気ない歌詞から始まります。私は、クリスマスとは関係のない人生を送っていますが、例えば街の雑踏やレ…

No. 56 孤高の前衛 ージャクソン・ポロックー(その5)

ジャクソンの作品を見ていると、ああ、私にはとてもこんなことはできない、と思います。例えば”One”のような作品を見ていると、これでもかという程に、線が重ねられている。私だったら、精神的にそこまではできないというのが一つ。また、ジャクソンの生活を…

No. 55 孤高の前衛 ージャクソン・ポロックー(その4)

1950年当時のジャクソンの精神状態はどうだったでしょうか。多分、猛烈なプレッシャーと凍えるような孤独感にさいなまされていた。私には、そう思えます。 かつては、遠くの方ではあっても、ピカソの背中が見えていた。しかし、ポアリングという技法を完成さ…

No. 54 孤高の前衛 ージャクソン・ポロックー(その3)

ここまでを振り返ってみますと、ジャクソンは貧しいながらも芸術的には恵まれた環境下で10代を過ごしたことが分かります。20代になると、ニューヨークでの極貧生活が待っていた。そして、25歳から31歳まで、足掛け6年もの間、アルコール中毒の治療を受け続け…

No. 53 孤高の前衛 ージャクソン・ポロックー(その2)

ジャクソンは1912年1月28日、5人兄弟の末っ子として生まれました。一家は当時、ワイオミング州に暮らしていましたが、同年11月、カリフォルニア州のサンディエゴへ移住します。 ジャクソンの父は、野菜農園を営んでいましたが、ことごとく失敗したそうです。…

No. 52 孤高の前衛 ージャクソン・ポロックー(その1)

今から20年以上前のことだったと記憶しているのですが、年上の技術者と2人でアメリカに出張した時のことです。仕事を終えての帰り道、トランジットでニューヨークに一泊することになったのです。自由時間は数時間しかありません。また、夜には技術者の旧友と…

No. 51 ユングと集合的無意識(その3)

こうして見ていきますと、ユングの集合的無意識という概念は、分裂病患者の妄想と神話の研究成果から導き出されたことが分かります。すなわち、心理学と文化人類学が融合し、集合的無意識という概念が生み出された。 ユングのこのような考え方は、日本では河…

No. 50 ユングと集合的無意識(その2)

集合的無意識とは何か、これを理解するには、ユングの考えていた意識と無意識の構造を1つずつ見ていくのが良いと思います。 第1に、意識というものがあります。これは、我々が眠っていない時に現実を知覚する心の機能のことであろうかと思います。但し、こう…

No. 49 ユングと集合的無意識(その1)

ちょっと、大変なタイトルになってしまいました。「何それ?」という感じの方もおられるかも知れませんね。しかし、このブログでは、度々、ユングとかユング派という言葉が使われてきました。また、今後、シリーズで掲載予定のテーマ(孤高の前衛、ジャクソ…

No. 48 心の領域

ちょっと予定を変更して、立ち止まってみることにしました。 このブログのNo. 44に掲載致しました芸術メカニズムに関するチャート図なのですが、これが人間の心の領域を示す地図のように見えてきたのです。また、繰り返しにはなりますが、以下に述べますこと…

No. 47 芸術を生み出す心のメカニズム(その5)

何故か、この芸術メカニズムのチャート図を使うと、様々な文化形態の位置を特定できるような気がします。例えば、ピコ太郎のPPAPは、感覚だけ。テレビのサスペンスドラマは感覚+思考、男はつらいよ(フーテンの寅さん)は感覚+感情といった具合に。 我らが…

No. 46 芸術を生み出す心のメカニズム(その4)

〇 直 観(無意識)そして、私は夢を見たのです。夢の内容は、ちょっと小説風に書いてみます。 月明かりの綺麗な晩だった。さざ波が寄せては返す音だけが聞こえている。私は、小さな入り江の波打ち際に立っている。その時、海面を叩くような音が聞こえた。右…

No. 45 芸術を生み出す心のメカニズム(その3)

このブログのNo. 44に掲載しておりますチャート図を基に、もう少し具体的に考えてみたいと思います。恐縮ながら、今回は、私の個人的な体験について述べさせていただきます。以下、チャート図の主要項目に連動させて、記載致します。 〇 感 覚経緯については…

No. 44 芸術を生み出す心のメカニズム(その2)

先日、箱根にあるポーラ美術館へ行ってきました。豊かな自然に囲まれた素晴らしい美術館でした。ゴッホの作品も2点ありましたが、緑色が基調の絵で、ちょっとがっかりしてしまいました。やはり、ゴッホは黄色がいいですね。一方、強い印象を受けたのは、ヴラ…

No. 43 芸術を生み出す心のメカニズム(その1)

前回まで、クジラの話などを織り交ぜながら、ユングのタイプ論を中心に述べてまいりました。私としては少し軽い気持ちで原稿を書いていたのですが、ちょっと待てよ、この話には重大な問題を解くカギが隠されているのではないか、と思い始めたのです。もちろ…

No. 42 クジラと人間

唐突ではありますが、皆様は、クジラについて考えたことがあるでしょうか。ちょっと経緯があって、私はクジラがとても好きなんです。 まずは、クジラの話から始めましょう。大別すると、クジラには2種類あります。大型のクジラはヒゲジラと言って、歯があり…

No. 41 恐るべき感覚の世界

少し前の記事でボブ・ディランのノーベル賞受賞について述べましたが、どうやらディラン本人は未だ沈黙しているようですね。これに対し、ノーベル賞選考委員会のメンバーが「ディランは傲慢だ」と言ったそうですが、やはり、今回の授賞には無理があったよう…

No. 40 心の機能(感情、感覚、直観、思考)

人間関係というのは、なかなか厄介なものです。気の合う人もいれば、そうでない人もいる。意気投合したと思っていても、後になって、全く違うことを考えていたことに気づいたりすることもあります。異性とのコミュニケーションに疲れ果ててしまうこともある…

No. 39 ノーベル文学賞、ボブ・ディランの受賞について思う

ボブ・ディランの受賞が決まりましたが、私としては、ちょっと残念な気がしています。特段、ディランに恨みがある訳ではありませんし、村上春樹の熱烈なファンという訳でもありませんが・・・。 従来の小説というのは、個人の主体性を前提として、個人と他者…

No. 38 ジョン・レノンが見た夢(その13)

1980年12月8日、ジョンとヨーコはスタジオから自宅のダコタ・ハウスに戻りました。午後10時49分だったと言われています。そして、当時25歳だったマイク・デヴィッド・チャップマンという男がジョンを呼び止めます。ジョンが振り向きざまに、チャップマンは38…

No. 37 ジョン・レノンが見た夢(その12)

ラヴ&ピースのムーブメントは、ベトナム戦争に反対することを目的としていました。そして、1973年、ニクソン大統領がベトナム戦争の終結を宣言すると、目的を失ったラヴ&ピースも急速に衰退していったんですね。そしてメディアはジョンをラヴ&ピースのド…

No. 36 ジョン・レノンが見た夢(その11)

アルバム“イマジン”が発売される少し前、すなわち1971年9月3日、ジョンとヨーコはイギリスを離れ、ニューヨークへ移住します。彼らはニューヨークの自由な雰囲気が気に入ったようです。しかし、自由だったのは彼らが付き合っているアーティストたちだけで、…

No. 35 ジョン・レノンが見た夢(その10)

1970年4月23日、ジョンとヨーコは原初療法を受けるために、ロサンジェルスに渡ります。“ベッド・イン”を敢行するなど、自由に生きていたジョンですが、それはそれで精神的にはかなりきつい面もあったんですね。無理もないかも知れません。自由を体現すればす…

No. 34 ジョン・レノンが見た夢(その9)

“ゲット・バック・セッション”を終えたビートルズですが、この時の映像と録音は、なかなか日の目を見ません。彼らが作ったアップルというレコード会社の経営が混迷していたことと、映像の編集作業に手間取ったことが原因だと思われます。そして、ポールはビ…

No. 33 ジョン・レノンが見た夢(その8)

ジョンとヨーコが行なった“ベッド・イン”には、何とも言えない違和感があります。その理由には、“2項対立”があるように思うのです。まず、彼らは“ベッド・イン”という極めて私的な行為をメディアに公開した。ここに最初の違和感があります。言わばプライバ…

No. 32 ジョン・レノンが見た夢(その7)

人の音楽的な嗜好は、概ね十代の後半辺りで決まるのではないでしょうか。そして、音楽の流行は目まぐるしく変わります。従って、世代が異なると好きな音楽、敬愛するミュージシャンは、著しく異なります。これはもう、そういうものなので、誰の言っているこ…

No. 31 ジョン・レノンが見た夢(その6)

ホワイト・アルバムについて、一つ注意を喚起しておきたいのは、アルバムを締め括る最後の“グッド・ナイト”という曲のことです。皆様は、この曲の作者がジョンだということをご存じだったでしょうか。美しいストリングスとメロディーからして、私は長年ポー…

No. 30 ジョン・レノンが見た夢(その5)

1968年は、ジョンにとってもビートルズにとっても、あまりに多くのことが起こり過ぎた年のようです。 同年2月、ビートルズの一行は、超越的瞑想の導師(グル)であるマハリシに教えを請うため、インドのリシケシュに向かいました。女優のミア・ファローも妹…

No. 29 ジョン・レノンが見た夢(その4)

1966年9月16日、ジョージはラヴィ・シャンカールからシタールのレッスンを受けるため、インドへ渡りました。同年11月9日、ロンドンで開催されていたオノ・ヨーコの個展のプレビューで、ジョンはヨーコと出会います。アトリエの中に脚立があって、そこに登れ…

No. 28 ジョン・レノンが見た夢(その3)

1964年2月7日、ビートルズは初のアメリカ・ツアーに出発します。アメリカでも既にレコードがヒットしており、ツアーは大成功を収めます。同年4月には、ビルボード(アメリカの音楽業界誌)のヒットチャートで、1位から5位までをビートルズの曲が独占したとい…

No. 27 ジョン・レノンが見た夢(その2)

ビートルズのデビューから8か月後、1963年6月7日にローリング・ストーンズが“カム・オン”で、デビューしています。2つの偉大なロック・バンドが相次いでデビューしたのは、決して偶然ではないだろうと思います。当時のイギリスには、そういう土壌というか、…

No. 26 ジョン・レノンが見た夢(その1)

このブログのNo. 24で少し触れたこともあり、どうもジョン・レノンのことが気になって仕方がありません。しかし、なかなかその実像が見えにくい。皮肉好きな不良少年だった彼が、やがてイマジンを歌うまでになる。そこに、どんな物語があったのか、少し彼の…

No. 25 文化は科学に敗北したのか

約2か月にわたって連載してきました“文化の積み木”シリーズは、前回の記事をもちまして、完了とさせていただきます。今どき、写真もないブログにお付き合い頂き、本当に有難うございました。 仮に文化をコップとその中の水に例えますと、“文化の積み木”はコ…

No. 24 ジョン・レノン

宗教の人間観というのは、どうしてネガティブなのでしょうか。キリスト教には、原罪という考え方があって、人は生まれながらにして罪を背負っているというのです。何故でしょう。それは、アダムとイブがリンゴを食べて、自分たちが裸であることに気づいてし…

No. 23 宗教について語ることはタブーか

今、宗教について考えることに、どれだけの意味があるでしょうか。 まず、世界に目を向けると、アメリカの同時多発テロ(2001年)以降、無差別の暴力行為が後を絶ちません。石油に関する利権など、政治的、歴史的な背景もあるのでしょうが、キリスト教とイス…