文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 7 頭を垂れた人々

言葉を覚え、アニミズムが生まれた頃、人々は親族関係を基盤とした20人程度のグループを作って、移動しながら暮らしていたのだと思います。同じ場所に長くいると食物がなくなってしまうという事情もあったでしょう。ただし、「ゴリラは食物が豊富にあっても移動する。それは、より多くの種類の食物を確保するためだ」とする説もあります。私たちの祖先も、同じ理由で移動していたかも知れません。

移動していると、他のグループと遭遇することもあったと思います。その時、人々は少し距離を置いて、相手方のグループに呼び掛けたのではないでしょうか。相手方が呼応すれば、それは言葉の通じる同じグループの人たちだと分かる。そう考えますと、前回(No. 6)の記事で紹介致しました、当時の人々が3層のグループを構成していたとする説が、イメージ的にはしっくりきます。同じ大グループに属する中グループ同士は、しばし、行動を共にしたかも知れません。そして、年頃の女性が他のグループへ移ることもあった。すなわち、近親婚を回避するために、他のグループへお嫁に出たのではないかと思うのです。

一方、遭遇した他のグループと言葉が通じない場合もあったでしょう。この場合、縄張りを持たない私たちの祖先は、争うことなく、静かに分かれて行ったのだと思います。

当時の人々は、平等に暮らしていたという説があります。狩猟によって得られた動物の肉は貯蔵できませんので、狩りの後、時間をおかずに食べていたはずです。その時に、力の強い者が獲物の肉を独占していたのでは、女性や子供たちが生きていけない。

こうして見ると、当時の人々は平穏に暮らしていたような印象があるかも知れません。しかし、実際は、そうではなかったと思うのです。アフリカの大地には、ライオンなどの猛獣が闊歩している。私たちの祖先は、彼らの餌として狙われていたはずです。飲料水は、主に河川から摂取していたと思われますが、このような水飲み場には、猛獣たちも集まって来る。もちろん、水の中にはワニが潜んでいます。夜は、猛獣たちを近づけさせないために、焚火を囲んで眠っていたのではないでしょうか。しかし、夜が明ける前に火が消えてしまうこともあっただろうし、雨の晩にはどうしたのでしょう。きっと、人々は目前で自分の親族や仲間がライオンに喉を噛み切られるような場面を幾度となく目撃していたのではないでしょうか。そして、現在の私たちには想像もできないような、強烈な恐怖感を覚えていたのだと思うのです。当時、既に槍と弓矢は作られていましたが、それらの武器が、物陰から突然猛スピードで襲ってくるライオンやヒョウとの闘いにどれだけ有効だったのか。

圧倒的な恐怖感を抱きながら、私たちの祖先は死者に対して、動物たちに対して、そして手を伸ばしても届くことのない超越的な存在に対して、頭を垂れるしかなかったのではないでしょうか。ここに、アニミズムの原点があると思うのです。