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文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 10 物語における”別れ”とは何か(その1)

典型的な物語の結末は、ハッピーエンドかも知れません。「めでたし、めでたし」とか「そして、おじいさんとおばあさんは末永く、幸せに暮らしました」というパターンです。特に童話の場合は、読者として子供を想定しているので、このパターンが多いのはうなずけます。しかし、大切な人との別れが結末となるケースも少なくありません。

さて、「遠野物語」(文献1)は、岩手県遠野市に伝わる説話を民俗学者柳田国男(1875~1962)が聞き取り、筆記して、明治43年(1910年)に発表したものです。全部で119の説話が収録されていますが、これらは全て遠野に住む佐々木鏡石という青年が、柳田に語ったということです。佐々木青年の記憶力にも驚かされますが、多分、テレビもラジオもない時代のことですから、夕食後の団欒の時などに、年寄が子供たちに様々な言い伝えを話している様子が目に浮かびます。柳田は「序文」の中で、「おそらく遠野郷には、このような種類の物語がまだ、数百件もあるものと思われます。」と述べています。

遠野物語」99番目、「大津波」という物語の要約を以下に記します。

― 福二という男が家族と共に浜辺の近くで暮らしていました。しかし、1年前の津波によって、妻と子供が死んでしまいます。福二は、元の屋敷あとに小屋を作り、生き残った二人の子供たちと共に暮らしていました。ある夏のはじめの月夜の晩、福二は便所に起きました。便所は、遠く離れたところにあったので、福二は波の打ち寄せるなぎさを歩いて行きました。すると霧の中から、男女の二人連れが近づいて来ました。見ると、女の方は1年前に津波で亡くなった自分の妻だったのです。福二は二人の後をつけました。しばらくして、妻の名を呼ぶと、女は振り返って、にこりと笑いました。男の方は、妻が自分と結婚する前に心を通わせていた同郷の者で、彼も先の津波で亡くなっていました。妻は「いまは、この人と夫婦になっています」と述べます。「子供は、かわいくないのか」と言うと、妻は泣き出してしまいます。福二がうなだれていると、二人は立ち去って行きました。 -

この話は、心理学者でなくても、容易に推測がつきます。つまり福二は、妻を心の底から愛していた。しかし愛するが故に、この女の夫として自分はふさわしかったのだろうか、この女は自分と結婚して本当に幸せだろうか、と思うことがあった。もしかすると、以前、想いを寄せていたあの男と結婚した方が、妻は幸せだったのではないか。そして、大津波がやってくる。福二は、風の便りに、あの男も亡くなったことを知る。せめてあの世では、妻に幸せになってもらいたい。そんな思いがあって、妻と男が福二の夢の中に現れた。何か、この物語には愛する者の死を乗り越えようとする、人間の素朴な心情が表われているような気がするのです。

(参考文献)
文献1: 遠野物語(口語訳)/柳田国男/川出書房新社/1992