文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

No. 12 呪術という名の心の世界

前回までの原稿で、私たちの祖先は、様々な自然現象などを理解するために“物語”という仮説を立てた、そして“物語”によって死を乗り越えようとしていたのではないか、というお話をさせていただきました。次は、どうしたのか。今度は、世界に対して、能動的に働き掛けようとしたのだと思うのです。それが、“呪術”です。

日本で最も一般的に知られている“呪術”は、“呪いの藁人形”ではないでしょうか。殺したい人の藁人形を作って、そこに五寸釘を打ち込む。You Tubeで見たのですが、富士山の麓に“青木ヶ原の樹海”という自殺の名所があって、そこには今でも打ち付けられた藁人形などがあるようです。

「そんな話は、私には関係がない!」と思われるかも知れません。しかし、あなたは毎朝テレビでやっている星座別とか誕生月別などの「今日の運勢」を見て、結果が良ければちょっと嬉しかったりしませんか。これも“呪術”なんです。また、“呪術”は世界各地の民族で確認されています。例えば、ヨーロッパの“魔女狩り”なども有名ですね。

さて“呪術”に関しましては、1980年代のパプアニューギニアのイワム族に関する大変興味深いフィールド・レポートがあります。(文献1)

まずイワム族は、グループに分かれています。このグループには、それぞれ、始祖となる動植物が決まっています。例えば、「文献1」にはオオトカゲというグループが登場します。その昔、オオトカゲとハエが結婚して、オオトカゲ・グループの人々が生まれたという物語によって、グループの起源が説明されます。このように「ある人間集団が特定の動植物と特別な関係を持つとする信仰や制度のこと」をトーテミズムと言います。(文献2)

次に、「文献1」に従って、イワム族の結婚制度を見てみましょう。第1に、同一グループ内での結婚は、禁止されています。従って、“叶わぬ恋”も生まれます。第2に、一夫多妻制が採られています。しかし、これには女性たちの強い反発があり、必ずしも第二夫人を得ることは簡単ではなさそうです。第3に、長女を嫁にした男は、その妹を娶る優先権を持ちます。妻同士で、仲良くしてもらうためだそうです。第4に、嫁をもらう際には、その両親に相応な婚資を支払わなければならない。十分な婚資を持っていない男は、同じグループの親族や仲間から借ります。それでも足りない場合は、結婚後、娘が生まれて嫁に出す際に受け取る婚資にて返済する、という約束がなされる場合もあるようです。いかにも、将来もめそうな制度ですね。そこへもってきて、時として、不倫関係が発覚します。このような場合、模擬裁判のような集会が開かれます。村の人々は興奮して、日が暮れるまで討論するそうです。そのようなプロセスを経て解決される紛争もありますが、恨みが残る場合もありそうです。そこで、“呪術”による報復が生きてくる訳です。

そもそもイワム族の人々は、薬を持たない。病気は、全て“呪術”によって直します。また、ある人が若くして死んだり、事故で死んだりすると「誰かが呪術によって、呪い殺したのだ」と考えます。

「文献1」に記されている簡単な事例を紹介しましょう。ある時、老人が足を滑らせて転んだ。これを見ていた女性が、思わず笑ってしまった。怒った老人は、その女性を呪い殺した。殺された女性の夫と息子は、きっと誰かが呪術をかけたに違いないと思った。そして、“呪術”によって犯人を割り出し、ついにその老人を呪い殺した。女性が死んでから、10年後のことだったそうです。

(参考文献)
文献1: 性と呪術の民族誌/吉田集而/平凡社/1992
文献2: 文化人類学/内堀基光・奥野克己/放送大学教育振興会/2014

(文化の積み木)
言葉 + アニミズム + 物語 + 呪術