文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

No. 17 祭祀、それは熱狂から始まった(その2)

トランス状態を引き起こしやすい音楽というものは、確実に存在します。打楽器の奏でる激しいリズムに合わせて、人々の精神がシンクロし、やがて陶酔に至る。現代で言えば、それはロック・ミュージックに他なりません。この傾向は、ローリング・ストーンズのライブにおいて、顕著に現われます。コンサートのエンディングで彼らは誰もが知っている“サティスファクション”とか“ジャンピング・ジャック・フラッシュ”を好んで演奏します。歌詞の部分が終わっても、延々とコーラス部分が続きます。繰り返されるコード進行とリズム。最早、ミック・ジャガーはマイクを手放し、ひたすらステージを走り回って聴衆を煽ります。こうなるとキース・リチャーズもあまりギターを弾きません。ひたすらドラムとベースが演奏を支える。時折、コーラス隊が歌い出して、雰囲気を盛り上げます。現在意識は遠のき、何か、通常では不可能なことが可能になるような気がしてくる。それこそ、明日の仕事なんて、どうでもいい。なんなら、人生だってどうでもいい。そう思えて来ます。ギターがエンディングのフレーズを奏でると、チャーリー・ワッツがドラムを連打し、聴衆にスティックを投げ付け、ストーンズのライブは幕を下ろします。

ちょっと、ストーンズの話が長くなりましたが、何を言いたいかと言えば、何万年もの歴史を持つ祭祀のメンタリティーが、現代にも息づいているということなのです。

さて、話を本筋に戻しましょう。一晩中踊り続けていた未開の人々にとっても、それはちょっとしんどい。もっと簡単にトランス状態になる方法はないか。そう考えるのは自然の流れです。そこで、幻覚剤が登場します。麻薬のことです。未開の人々が、幻覚剤の知識などを持っていたのだろうかと、私も最初は疑問に思いました。しかし、南カリフォルニアに住んでいたインディアンについて「彼らの知っていた食用植物は60種、麻酔性、刺激性、または薬用の植物は28種を下らなかった」という報告があります。(文献1)未開の人々にとって、野生の動物や植物は、すなわち貴重な食料だった訳で、彼らは特にそれを食べるとどうなるのか、膨大な知識を持っていた。言わば未開の人々は皆、ちょっとした生物学者だった訳です。

トランス状態になることの意味については、次のような説明があります。「古代の人々の超自然への信仰は、おもに夢から来た。しかし、夢はもうひとつの世界とつながる方法としては頼りないし、公共の儀礼でも使えない。他方、トランスは共同体でおこなう激しい舞踏によって確実に引き起こされる。(中略)舞踏によるトランスは、もっとも信頼のおける超自然との交信方法になった。人々は現実世界と超自然界を結ぶ道ができたと信じ、入念な儀礼や儀式の数々を生み出した。」(文献2)ここに来て、人間には第3の世界が立ち現れたことになります。すなわち、現実の世界、記号の世界、そして幻覚の世界。また、トランスが人々にある種の快楽をもたらしたであろうことを、付け加えておきたいと思うのです。今日においても世界各地で幻覚剤が使われているのは、このためだと思われます。

やがて人口が増え、食料不足が生じます。そこで人々は、狩猟採集に加え、農耕や牧畜を始めます。それが約1万年前のことだったことは、前述した通りです。農耕作業を始めるということは、土地を独占的に使用するということであって、換言すれば、人類が縄張りを持ち始めたということです。そして、人間同士の殺し合いが始まる。こうなって来ると、祭祀の意味合いも少し変わったのではないでしょうか。すなわち、戦闘に向けて、組織の引き締めを行う。祭祀を通じて、グループの結束を強める必要が生じる。この点、文献2では、次のように説明されています。「舞踏の目的は、参加者をひとつにまとめることである。舞踏は共同体の団結と調和を絶頂にまで高め、全員がその団結と調和を強く感じる状態を作り出す。(中略)戦闘に出る前、アンダマンの村では連帯感を高めるために舞踏をする。舞踏をするうちに敵集団への怒りも増し、アンダマンの戦士たちの戦闘に大きく影響する興奮と高揚が生じる」。

1万年も前から、祭祀にはこのような意味合いがあったのですね。結局、このような文化の流れにおいて、個性というものは認められて来なかった。そう、言わざるを得ません。尊重されてきたのは、個人としてのアイデンティティーではなく、グループとしてのアイデンティティーだったのです。

ここまで考えますと、言葉も、トーテミズムも、ファッションも、祭祀も、全て、敵と味方を識別して戦うシステムを支えてきたように思えます。進化論の観点から考えますと、そのように結束して戦うグループの方が生き延びる確率が高かった、ということでしょう。

文化には、光と影があります。「言葉」「アニミズム」「物語」までは、光の部分が多かったように思います。それが「呪術」になると、人々を不安に陥れるという影が差し、「祭祀」まで来て、戦うシステムが完成してしまう。ちょっと、お酒でも飲まなければ、やっていられない気分ですね。

(参考文献)
文献1: 野生の思考/レヴィ=ストロースみすず書房/1976
文献2: 宗教を生み出す本能/ジェームス・D・ワトソン/NTT出版/2011