文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

No. 18 運命に導かれたシャーマンたち

前回まで、トランス状態になることを目指して行われる初期の祭祀について述べてきました。そのような祭祀を繰り返していると、どうしてもトランス状態になりやすい人と、そうでもない人とが出てきます。また、トランス状態になった際に、霊魂の声が明確に聞こえる人とか、予言が良く当たる人など、個人的な能力の違いというのが、判明してくる。すると、必ずしも夜を徹して全員で踊らなくても良いのではないか、能力の高い人に頼めないだろうか、という発想が出てきたのではないでしょうか。そこで、自らの属する共同体、若しくはその構成員のためにトランス状態になる専門家が生まれたのだと思います。彼等のことを一般に、シャーマンと呼びます。

当初シャーマニズムは、シベリアから中央アジアにまたがる地域にのみ存在する特殊な宗教文化であると考えられていました。しかし「20世紀前半期において世界のシャーマニズム研究はいっそうの進展をみせ、その分布領域はさらに拡大して地球のほぼ全地域に及んできた」と言われています。(文献1)

シャーマンの活動目的は、初期型の祭祀と変わりません。すなわち、霊魂や精霊と交信することによって、共同体の繁栄を祈願し、占いを行い、病気を治療することにあります。交信する相手方についても、呪術の所で紹介致しましたイワム族の例とあまり変わらないようです。人間に関わる生霊、死霊、すなわち霊魂の概念があります。また、人間以外の場所、動物などに宿っている精霊があります。森の精霊、泉の精霊などが有名ですね。

シャーマンの能力は、トランス状態になりやすいということだけではありません。それだけだと、あちら側の世界に行ったきりになってしまう。トランス状態と正常の状態を行ったり来たりする、その移動をコントロールする能力こそが求められるのです。

ところで、シャーマンという職業を成立させるためには、社会的に認知される必要があります。「演技ではないのか」という疑いの目で見られる。従って、疑いを晴らすための仕組みがあるはずです。極端な例では、自分がシャーマンである、すなわち特殊な能力を持っていることを証明するために、自らの体にナイフを突き刺したり、自分を銃で撃ったり、炭、小石、針などを飲み込んで見せる場合もあるそうです。(文献2)

ちなみに30年程前、私は仕事でマレーシアの首都、クアラルンプールに行きました。バツー洞窟という観光名所の近くです。現地の人が言いました。
「ここバツー洞窟前の広場では、年に1回お祭りがある。その時には、ヒンドゥの聖者が体中にヤリを突き立てて、広場中を闊歩する。トランス状態になるのさ。No pain, no blood!」
数日後、写真を見せられたのですが、そこにはハリネズミのように体中に無数のヤリを突き立てた男が写っていました。今から思えば、彼はシャーマンだったのです。

さて、シャーマンになるための資格ですが、他にもいくつかのパターンがあるようです。一つには世襲。この家系の人は、皆、特殊な能力を持っていると信じられている場合です。また「水に溺れかかったり、吹雪に遭遇して奇跡的に助かった人は、精霊に助けられたとみなされて、シャーマンになることができる」場合もあるようです。(文献2)その他、重い病気からの回復、夢のお告げ、幼少期に非凡な才能を発揮する、などの例もあります。

日本のシャーマンと言えば、東北地方のイタコが有名です。イタコは、盲目または半盲目の女性であって、12~13才の頃、師匠の家に弟子入りし、修行を積むそうです。そして、死者の言葉を語る“口寄せ”を行います。また、ゴミソと呼ばれる方々もいる。ゴミソは、主に既婚の女性で、祈祷、病気の治療などを行います。「彼女たちは身体が虚弱であったり、結婚後、病気にかかったり、家庭事情が悪くなって離婚となる。これらの身体的・社会的悪条件が原因となって神経症的になり、ゴミソへのコースへと追い込まれていく。(中略)神社や仏閣に病気・欠陥の回復を願う願がけまいりをおこなったり、山野にさまよって家出をし、堂社に寝泊まりをしたりする。この期間が二、三年以上つづくことがある。そのうち、幻覚が生じ、色彩のついた神仏の姿が見えてきたり、神仏の声が聞こえたりする。やがて、師匠となる人にめぐりあい、(中略)ゴミソとなる」。(文献1)そんな、凄絶な人生があったんですね。

こうして見てきますと、シャーマンになるための資格の本質は、正に運命を背負って危機に遭遇し、そこから生還したという経験ではないかと思えてきます。

やがて、多くの信者を獲得したシャーマンが教祖となり、“宗教”が生まれます。“宗教”は、 “文化の積み木”最後のブロックとなります。

(参考文献)
文献1: シャーマニズムの世界/桜井徳太郎 編/春秋社/1978
文献2: シャーマニズム/シャルル・ステパノフ & ティエリー・ザルコンヌ/創元社/2014

(文化の積み木)
言葉 + アニミズム + 物語 + 呪術 + 祭祀 + シャーマニズム