文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 20 宗教の呪縛

日頃、宗教にはあまり関わりを持たない人も多いのではないでしょうか。しかし何かのはずみで、ふと宗教が顔をもたげてくる。人が死んだときとか、結婚式とか七五三などもそうですね。終戦記念日敗戦記念日)もそうです。毎年、必ず靖国神社の問題が出てきます。

ところで、書店に行くと宗教関係の本というのは、結構な数が置いてあります。しかし、100冊手に取ったとして、100冊全てが宗教を礼賛する内容になっていると思います。宗教を批判するような本は、まず、ありません。ところが、最近、宗教を真っ向から批判する本に出合ったのです。リチャード・ドーキンスというイギリスの進化生物学者の書いた「神は妄想である」という本(文献1)が、それです。かなり分厚い本なので、要約することは困難ですが、現代の欧米社会においても無神論者であることをカミング・アウトすることはかなり困難である、宗教がいかに多くの戦争やテロを引き起こしてきたか、聖書の矛盾点、どのような観点からしても神が存在しないことの証明、などについて書かれています。

私にとっては、かなり衝撃的な内容でした。私は特定の宗教を信仰したことはありません。しかし「宗教には真実がある。分かっていないのは、お前だけだ!」という批判というか、プレッシャーを無意識のうちに感じてきたことに気づいたのです。それらは、小説家によってもたらされたものです。三島由紀夫国家神道、小川国夫はキリスト教、そして五木寛之は私に仏教を説いてきました。しかし、未だに私には宗教上の真実など分かりません。そんな私に対して、リチャード・ドーキンスは「いいんだ。もともと、そんなものはないのさ!」と語りかけてくるような気がしたのです。

次に、今話題の「日本会議 戦前回帰への情念」(文献2)を読んでみました。第三次安倍内閣ができたときに、その構成員の大半が日本会議のメンバーであり、日本会議安倍内閣に影響力を及ぼしているのではないか、と外国のメディアが報道したそうです。そして、この日本会議という団体は、神道政治連盟と強い結びつきがある。そのため、安倍内閣憲法改正を通じて、戦前・戦中の国家神道体制の復活を目指しているのではないか、という趣旨のことが書かれています。力作だと思いました。この本の主要テーマは憲法改正など政治的な課題にある訳ですが、宗教の側から読むと、神道がいかに政治利用されてきたのか、良く分かります。

本来の神道は、シャーマニズムだったものと思われます。そして、奈良時代古事記日本書紀日本民族創世神話として作成され、神道天皇陛下を信仰の対象とする。しかし、神道に教義はなかった訳です。その点が、戦前・戦中の政府にとっては、かえって都合が良かったのではないでしょうか。そこに国家主義民族主義を当てはめて、国家神道としたのではないかと思われます。

明治以降、日本は外国の列強と闘わなければならず、国内をまとめる必要があった。その点、上記の通り、神道は国家にとって都合が良かった訳です。一方、仏教には教義があります。殺生はいかん、という考えなどもあって、国にとっては都合が悪い。そこで、廃仏毀釈と呼ばれる仏教弾圧が行われたのです。一方、神道の方はと言うと、日本が太平洋戦争に負けてGHQが入ってくる。GHQにしてみれば、戦争に加担するような宗教はけしからんということで、神道を弾圧した訳です。このように、仏教神道も、政治によって存亡の危機に晒された経験を持っています。そのため、宗教団体というのは、どうしても政治に対して影響力を持とうとするのではないでしょうか。一方政治家としては、選挙のときの票が欲しい。宗教団体の結束というのは相当強いですから、かなりの集票力が期待できる。こういう訳で、世界的に政治と宗教の関係が構築されてきたのではないかと思います。ところで、仮に安倍政権が日本会議の影響を受けているとすると、自民党神道で、公明党仏教ということになりますね。

さて、リチャード・ドーキンスの助言に従って、そろそろ宗教の呪縛から、自らを解放した方が良さそうに思えてきました。


(参考文献)
文献1: 神は妄想である(宗教との決別)/リチャード・ドーキンス早川書房/2007
文献2: 日本会議 戦前回帰への情念/山崎雅弘/集英社新書/2016