文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 23 宗教について語ることはタブーか

今、宗教について考えることに、どれだけの意味があるでしょうか。

まず、世界に目を向けると、アメリカの同時多発テロ(2001年)以降、無差別の暴力行為が後を絶ちません。石油に関する利権など、政治的、歴史的な背景もあるのでしょうが、キリスト教イスラム教が闘っているようにも見えます。

また、インドでレイプ事件が多発していることと、宗教が関係していることはご存知でしょうか。

ヒンドゥー教には、輪廻転生(りんねてんしょう)という考え方があります。人は死んでもその霊魂は残り、再び姿を変えてこの世に生まれて来る、というものです。そして、この輪廻転生が、インドのカーストと呼ばれる厳しい身分制度を支えている。低いカーストに生まれてきた人は、低賃金の仕事にしかつくことができません。しかし、「それはあなたの前世の行いが悪かったからだ。この世で正しいことをすれば、来世ではもっと良いカーストに生まれることができる」と説明されているそうです。そして、多くの低いカーストの女性たちが、レイプの被害者になっている。

10年位前でしょうか、私は仕事でインドへ行ったことがあるのですが、事務所のドアを開け締めする専門の人がいる。低いカーストの人だそうです。彼らは満足な教育を受けることもできず、ただひたすらドアの開け締めをして、一生を過ごすのでしょうか。インドという国の経済情勢や人口問題なども絡んでいるのだろうとは思いますが、私は彼らの目を見ることができませんでした。人は平等であって、生まれによって差別されるべきではないと、私は思います。

ブッダ(お釈迦様)は、カースト制度を否定していたと言われています。しかし彼は、輪廻転生までは、否定しませんでした。だからその考え方が、今日の日本の仏教にまで引き継がれているのです。

狩猟採集を生活の生業にし、トランスを目指して踊り狂っていた時代、人間の社会はフラットだったと言われています。皆が平等で、階級などはなかった。やはり、人間の社会に階級という概念を持ち込んだのは、宗教だったのではないでしょうか。信仰の対象とする象徴的な人物を設定し、その人からの距離に応じて、階級が設定された。そんな気がします。

さて、現在の日本に絞って考えてみましょう。日頃宗教は、私たちの目につかない所に隠れているような気がします。しかし、こと政治となると、急に宗教が出てくる。この点は、このブログのNo. 20に記載した通りです。それから、もう一つ。仏教にしても、神道にしても、祖先崇拝を旨としています。ひいては、先に生まれた人間、年上の方が偉いんだ、という考え方があります。親は、自分たちが子供よりも偉いと考える。それが児童虐待を引き起こす土壌になっているような気がするのです。厚生労働省のホームページによれば、平成24年度の児童虐待件数は66,701件だそうです。氷山の一角でしょうけれども。

ところで、宗教について語ることはタブーでしょうか? 多分、現代の日本社会においては、そうだろうと思います。しかし、宗教を乗り越えなければ、新しい価値観も生まれないと思うのです。