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文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 29 ジョン・レノンが見た夢(その4)

1966年9月16日、ジョージはラヴィ・シャンカールからシタールのレッスンを受けるため、インドへ渡りました。同年11月9日、ロンドンで開催されていたオノ・ヨーコの個展のプレビューで、ジョンはヨーコと出会います。アトリエの中に脚立があって、そこに登れと指示がある。一番上まで登ってみると、天井に小さく“Yes”と書いてある。それがヨーコの作品だったのです。ジョンは後年、「もしそこに“No”と書いてあったら、僕はヨーコと付き合わなかっただろう」と述べています。何年か前まで、ジョン・レノンミュージアムが“さいたまスーパーアリーナ”の近くにあって、この作品が再現されていました。私も脚立を登ったことを懐かしく思い出します。

翌1967年1月29日、当時、大音量で過激なステージを繰り広げていた“ザ・フー”と“ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス”が対決するというコンセプトで、コンサートがロンドンで開かれました。観客の中には、ジョンとポール、それにエリック・クラプトンらがいたそうです。ジミ・ヘンドリックスはバンドを作るためにアメリカから渡英していた時期で、“パープル・ヘイズ”がヒットし始めた頃でしょうか。

1967年6月、カリフォルニア州モンタレーでポップ・フェスティバルが開催されますが、イギリス代表として、“アニマルズ”、“ザ・フー”そして“ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス”が出演しています。これらのバンドは、ポールが推薦したと言われています。ちなみにこの時のステージで、ジミ・ヘンドリックスはギターに火をつけ、一気に注目を集めます。当時、世界の音楽業界では大変な変化が起き始めていた訳ですが、そんな中でビートルズは、歴史的な名盤を発売します。

1967年6月1日 “サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド” (8枚目)

ちょっと日本語にはし難いのですが、“ペパー軍曹の孤独な心クラブの専属バンド”という意味でしょうか。20年前にペパー軍曹がバンドに演奏を教えた。そのバンドが自分たちである、というコンセプトがアルバムを貫いています。これはポールのアイディアで、アルバムとしてもポールの曲が過半を占めています。前作の“リボルバー”辺りから、ビートルズの音楽的な中心が、ジョンからポールに移り始めたと言われていますが、本当にそうでしょうか。このアルバムは、その価値を決定づけてしまうような大作“ア・デイ・イン・ザ・ライフ”によって幕を閉じます。この曲は、生ギターによって始まります。そして、ピアノ、ベースが加わって静かにジョンが歌い始める。“I read the news today oh boy ---”。ジョンの声は、詩情に溢れている。こんな風に歌える人は、世界中でもジョンだけですね。ジョンが2番の歌詞に移る辺りで、リンゴのドラムがさり気なく入ってくる。目立ちませんが、リンゴもベストを尽くしているのが分かります。ジョンが歌うパートが幻想シーンだとして、ポールは現実の世界を歌います。“Woke up, fell out of bed ---”。曲は、再びジョンが歌う幻想の世界に戻り、世界の終末を予感させるように、オーケストラが低音から高音へと移行していく。ビートルズのレコーディングから最高のものを一曲だけ選ぶとすれば、この曲でしょうか。

そんな大作を発表したビートルズですが、“サージェント・ペパーズ”の制作を終了して、そのわずか4日後には、次作のレコーディング作業に着手したそうです。働き過ぎですね。

1967年11月27日 “マジカル・ミステリー・ツアー” (9枚目)

このアルバムの音楽性は、前作“サージェント・ペパーズ”と良く似ていて、2枚をセットで考えても良いと思います。メンバーとその仲間たちがバスに乗って不思議なツアーに出掛けるという台本のない映画があって、そのサウンドトラックとして録音されています。映画の方は“特に何も起きなかった”という理由で、酷評されました。私も長年誤解していたのですが、酷評されたのはあくまでも映画の方で、このアルバムが傑作であることに間違いはありません。

そして、ここでもジョンは、前衛的な“アイ・アム・ザ・ウォルラス”という曲を披露しています。この曲も、前述の“ア・デイ・イン・ザ・ライフ”に匹敵するレベルにあります。

前衛芸術と言ってもいろいろありますが、従来の表現が持っていた魅力を全て否定してしまうようなやり方は、なかなか成功しない。例えば、ジョンがやっていたのはロック・ミュージックな訳で、そこにはビートだとかボーカルが持つ本来的な魅力があります。そのような本質的な魅力を失わず、そこに新しい、革新的な何かを付け加える。それが“前衛芸術”を成功させる秘訣なのではないでしょうか。ジョンには、そんな才能があった。例えば、私の耳に間違いがなければ、“アイ・アム・ザ・ウォルラス”にはギターが使われていない。しかし、ここでもリンゴのドラムが曲を底辺で支えているのです。