文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 32 ジョン・レノンが見た夢(その7)

人の音楽的な嗜好は、概ね十代の後半辺りで決まるのではないでしょうか。そして、音楽の流行は目まぐるしく変わります。従って、世代が異なると好きな音楽、敬愛するミュージシャンは、著しく異なります。これはもう、そういうものなので、誰の言っていることが正しいとか正しくないとか、そういう問題ではありません。ちなみに、1956年生まれの私は、ロック・ミュージックの全盛期は1969年にあったと思っています。同年の8月、アメリカで開催されたウッドストック・フェスティバルには40万人が集まり、10月にはレッド・ツェッペリンがセカンドを発売します。また、12月にはストーンズが傑作“レット・イット・ブリード”を発売します。そして、大みそかにはジミ・ヘンドリックスの“バンド・オブ・ジプシーズ”が伝説のライブを行っているのです。

さて、ビートルズにとっての1969年は、“ゲット・バック・セッション”から幕を開けます。1月2日から始まったこのセッションは、後に映画“レット・イット・ビー”として公開されたものです。映画の中でも、ポールがリーダーシップを取っているのが見て取れます。そして、1月10日、ポールとジョージが口論となり、ジョージがビートルズを一時的に脱退するという事件が起きます。この時の話かどうか分かりませんが、ポールがジョージに「エリック・クラプトンみたいに弾いてくれよ」と言ったという話を聞いたことがあります。しかし、これだけは絶対に言ってはいけない言葉なんです。当時のロック・シーンでは細い弦を使って、チョーキングを多用するギタリストが台頭していました。その代表選手がジミ・ヘンドリックスであり、エリック・クラプトンだった訳です。だから、ポールが自分のバンドのリード・ギタリストにも同じように弾いて欲しいと思ったとしても、不思議はありません。しかし、ジョージは元来太い弦のギタリストで、いくらポールに言われても、クラプトンのように弾くことはできない。だからポールの発言は、あたかも野球選手に対してサッカーの練習をしろ、と言っているようなものなのです。

ポールがジョージに謝ったのかどうか私は知りませんが、ジョージはなんとか気を取り直したようです。同年1月30日、ビートルズはアップル・ビルの屋上でセッションを行っています。警官が駆け付けると、ビートルズは“ゲット・バック”(帰れ)を演奏し、セッションは終了します。このセッションにおいてもジョンは、“ドント・レット・ミー・ダウン”で素晴らしい歌声を披露しています。この模様は、You Tubeにアップされています。私は、ビートルズのライブ映像としては、この曲が一番好きです。メンバー全員がリラックスして、演奏を楽しんでいるように見えます。ポールのバック・ボーカルも素晴らしいし、リンゴのドラムも安定しています。そして、あまり目立ちませんが、ジョージのギターが曲の気だるい雰囲気を良く醸し出しているのです。やはり、ビートルズのリード・ギタリストは、クラプトンではなくジョージでなければいけない。

前のパートナーとの離婚問題に法律上の決着がついたジョンとヨーコは、3月20日にジブラルタルで結婚式を挙げています。そして、彼らは世界平和を祈る“ベッド・イン”を始めます。一体、彼らのこの行動は、何を意味していたのでしょうか。まず、事実関係を整理してみましょう。“ベッド・イン”は、2回行われています。

1回目: 3月25日~3月31日 アムステルダムにて。
2回目: 5月26日~6月2日  モントリオールにて。6月1日にジョンとヨーコは、集まった大勢の人々と“ギブ・ピース・ア・チャンス”を録音。

文献によればこの際ジョンは「世界平和のためにオークの木を2本育てるように」というメッセージを添えて、世界中の指導者たちにドングリを送ったとのことです。

ベッド・ルームには、多くの張り紙があって、そこには“BED PEACE”、“HAIR PEACE”、“I love Yoko”などと書かれています。ベッド・ルームは招待された記者やカメラマンたちで溢れています。ジョンとヨーコは延々とメディアからのインタビューを受け続けます。彼らに批判的な質問や意見も多かったようですが、ジョンは冷静に答え続けます。ヨーコも早口でまくしたてます。ジョンとヨーコは共に戦う戦士のようです。この様子は、You Tubeで見ることができます。そして、驚いたことに、このYou Tubeのコメント欄に、ヨーコ自身のメッセージが掲載されているのです。“Dear Friends”から始まるこの文章は、次のように締め括られていました。

Let’s remember WAR IS OVER If we Want It.
It’s up to us, and nobody else.
John would have wanted to say that.
Love, yoko

(参考訳)
もし私たちが望めば、戦争が終わるということを覚えておきましょう。
それは、他の誰でもなく、私たち自身にかかっています。
ジョンが言いたかったのは、そのことなのです。
愛を込めて、ヨーコ