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文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 36 ジョン・レノンが見た夢(その11)

アルバム“イマジン”が発売される少し前、すなわち1971年9月3日、ジョンとヨーコはイギリスを離れ、ニューヨークへ移住します。彼らはニューヨークの自由な雰囲気が気に入ったようです。しかし、自由だったのは彼らが付き合っているアーティストたちだけで、ジョンとヨーコの米国当局との長い闘いが幕を開けるのです。1972年3月16日には、ジョンの麻薬に関する過去の有罪判決を理由に、二人に対して国外退去命令が出されます。そればかりか、米国のFBIがジョンとヨーコを付け回すようになります。1973年10月24日、ジョンはFBIによる盗聴を止めるよう求めて、米国政府に対し訴訟を提起しています。後年、FBIにはジョン・レノンに関するファイルが存在することが明らかになったようで、FBIがジョンに対し、盗聴や尾行を行っていたことは間違いなさそうです。

国外退去命令やFBIによる監視は、ジョンの神経を蝕みました。そんな目に合ったら、誰でもまいってしまうでしょう。ジョンは神経過敏になり、不安におののき、そして酒に溺れていったのです。そして、愛と平和の代名詞となったジョンとヨーコではありますが、遂に別居することになります。

決心をしたのはヨーコの方でした。既に彼らはニューヨークのダコタ・ハウスに住み、そこで彼らのマネジメント会社、レノオノの運営も行っていました。ヨーコはレノオノの秘書をしていた22歳の中国人女性、メイ・パンに声を掛けます。
「ねえ、あなたは今、付き合っている人はいるの? もしいないのであれば、ジョン・レノンと付き合ってみない?」
ヨーコの発想には、何か彼女の人生に対する覚悟のようなものを感じます。メイも相当悩んだことと思うのですが、結局、彼女はヨーコの提案を受け入れます。そして、ジョンとメイはヨーコの指示に従って、1973年10月、ロサンジェルスに向かいます。

ロスでのジョンは、最悪と言って良い日々を過ごします。不安だから、酒を飲む。飲むと余計に不安になる。ザ・フーのドラマーであるキース・ムーンや旧友のリンゴ・スターと飲み歩いていたと言われています。時には、泥酔したジョンが知人の家で花瓶をステンドグラスに投げつけ、家具を滅茶苦茶にしたそうです。流石にその晩は、友人たちがジョンをベッドに縛りつけたとのことです。そんな日の翌日シラフになると、ジョンはいつも後悔していたそうです。

詳細はちょっと分からないのですが、1973年の末頃、ジョンはアルバム“心の壁、愛の橋”の制作に着手したようです。ちなみに、このアルバムに収められている“#9 Dream”という曲の中で艶っぽい声を披露しているのは、メイ・パンです。また、このアルバムからシングル・カットされた曲“真夜中を突っ走れ”には、旧友のエルトン・ジョンがキー・ボードで参加しています。そしてエルトンは、ジョンにこう言います。
「この曲がもし、ヒットチャートで1位になったら、僕のコンサートに参加してくれよ」。
1位になることは絶対にないと思っていたジョンは、エルトンの提案をあっさりと承諾します。

1974年中頃、ジョンは次のアルバムの制作に取り掛かります。コンセプトは、ジョンの原点に帰って、ロックンロールのスタンダード・ナンバーばかりを集めてアルバムにしようというものでした。しかし、ジョンは相変わらず酒に溺れていたようで、一向に作業は進みません。そればかりか、プロデューサーのフィル・スペクターも心身ともに調子が悪かったようで、折角録音したマスター・テープを持ったまま、行方をくらましてしまいます。まったく、この時期のジョンは本当に踏んだり蹴ったりの状態だったんですね。しょっちゅうヨーコには電話をして「僕はもう大丈夫だ。帰る準備はできている」と言っていたそうです。これに対するヨーコの答えはいつも「まだ、駄目よ」というものだったらしい。追い打ちを掛けるように7月17日には、移民局から60日以内に米国から退去するよう命令を受けています。そして、マスター・テープまでなくなってしまった。

ところが、ジョンはへこたれません。10月の末、ニューヨークのスタジオにこもったジョンは、わずか4日間で10曲の録音を完了させます。この時の録音が、後日、アルバム“ロックンロール”として発売されたものです。このアルバムには、初期のビートルズで披露していたようなジョンのシャウト唱法が溢れています。中でも秀逸なのは、“スタンド・バイ・ミー”だと思います。この曲のジョンのボーカルには、何か、根源的な生命力、躍動感、孤独感のようなものを感じます。ただ、上記のようなジョンの生活の背景を知った上で聞き直すと、ジョンが立ち直っていることが気になります。そして多分、スタジオでこの歌を聞いていたであろう、メイ・パンの気持ちはどうだったのか、考えないではいられません。彼女も、同じように感じていたのではないでしょうか。ジョンは立ち直った。そのことはすなわち、ジョンをヨーコの元に返す時が近づいていることを意味している。