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文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 45 芸術を生み出す心のメカニズム(その3)

このブログのNo. 44に掲載しておりますチャート図を基に、もう少し具体的に考えてみたいと思います。恐縮ながら、今回は、私の個人的な体験について述べさせていただきます。以下、チャート図の主要項目に連動させて、記載致します。

〇 感 覚
経緯については、ちょっと別の回に説明させていただくとして、ある日、私はクジラに興味を持ったのです。早速本屋に出掛けて、クジラの写真集だとか、図鑑のようなものを購入しました。まず、クジラの大きさとか、基本的な生態について学びます。まだ、自分でも半信半疑の状態です。何しろ、特定の動物を好きになって勉強し始めるというのは、私自身、初めての経験だったのです。何をしようとしているのか、自分でも分かっていない状態なのです。文献を読むというか、見ていると、クジラの感触のようなものが心の中に湧き上がってきます。例えば、クジラの皮膚には、往々にして大量のフジツボが付着してしまうそうです。クジラの気持ちになって考えますと、これは嫌だろうなあと思う。段々、鳥肌が立ってきそうですね。ちなみに、このフジツボを払い落すために、クジラは脱皮をするのです。すると、皮膚ごとフジツボが離れていく。また、クジラはかなり深海までもぐることができます。海の中では、どんな音が聞こえるのでしょうか。イメージとしては、吐き出す息が気泡となって、上方へと浮かんでいく。ブクブクというような音が聞こえるような気がします。その他にも、彼らは他のクジラの鳴き声なども聞いています。どんな感じなのだろう。でも、ちょっと魅力的な感じもしますね。一定程度成長したクジラは、シャチなどの天敵に襲われるリスクもないので、大海原をゆったりと泳いでいる。ちょっと、うらやましいなあ、などと思ってみる訳です。

〇 思 考
もう少し勉強を進めますと、クジラの特質が見えて来ます。クジラの寿命というのは、大体、人間と同じ位だそうです。ちょっと、親近感が沸きますね。また、皆様もクジラが海面上に飛び跳ねている写真はみたことがあろうかと思います。これは、ブリーチングと言います。では、何故、そんなことをするのか。正確な理由は、未だに分かっていません。また、時折、クジラが砂浜に打ち上げられて死んでしまうことがありますね。その理由についても、分かっていないのです。一説によれば、クジラは地磁気のようなものを探知して、方向を認識している。そのため、地磁気が乱れるとクジラの方向感覚が狂う、とするものがあるようですが、これも仮説の域を出ません。何故だろう、と考える訳ですが、なかなかその答えが見えて来ない。そこがまた、クジラの魅力なのかも知れません。ただ、明確になっていることもあります。今まで人間は無数のクジラを殺戮してきましたが、クジラが人間を殺したことはありません。メルヴィルの「白鯨」という小説では、人間がクジラと格闘するそうですが、専門家はそんなことはあり得ないと否定しています。クジラは、人間を襲ったりしない。クジラは、平和に生きているのです。そしてもちろん、彼らは環境を破壊したりはしません。そして、クジラはその低い声で、深海の中でもコミュニケーションを取っている。そして、クジラの祖先というのは、両手両足があって、カバのような、角の生えていないサイのような体をした両生類だったことも分かっています。

〇 感 情
クジラってなんて素晴らしい生き物なんだ、と私は思いました。そして、私はクジラが好きになったのです。やっぱり、一番大きなシロナガスクジラがいいとか、歌を歌うザトウクジラも好きだな、などと思うようになったのです。

〇 心の課題
しかし、ここで問題が生じます。例えば、クルマなら運転することができる。ギターなら、弾くことができる。しかし、クジラが好きだと言っても、どうすればいいのでしょうか。食べるという人もいるかも知れませんが、そんなことは言語道断です。私は一生、クジラは食べないことに決めています。ホエール・ウォッチングというのが現実的な選択肢でしょうけれども、私は、もっとクジラに近づきたいと願う。クジラと会話したいと思ったのです。そんな願望と、そんなことができるはずがないというロジックの間で、私は困り果ててしまった。そして、ある寝付かれない夜、私は自分がクジラになったところを想像してみました。自分がシロナガスクジラになって、大海をゆったりと泳いでいる。さて、尾ビレを動かしてみよう。それは、脳から30メートルも離れた所にある。いろいろな音が聞こえる。脇腹にフジツボが付着している感触がある。そして、私は眠り落ちる。

少し長くなりましたので、続きは次回にて。