文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 46 芸術を生み出す心のメカニズム(その4)

〇 直 観(無意識)
そして、私は夢を見たのです。夢の内容は、ちょっと小説風に書いてみます。

月明かりの綺麗な晩だった。さざ波が寄せては返す音だけが聞こえている。私は、小さな入り江の波打ち際に立っている。その時、海面を叩くような音が聞こえた。右手の方を見ると、暗がりの中に、奇妙な動物が私に背を向けて立っている。何か、小柄なカバのような動物だ。ああ、こいつはクジラの祖先だなと私は了解する。
「おい、そこの・・・」
彼は、ちょっとだけ振り返って横目で私を見ながら、そう言った。
「俺のことか」
「そうだ。お前、人間だろう」
「そうだが・・・」
彼は、フンと鼻を鳴らしてから、少し体を捩って私の方に顔を向けた。
「我々は、つくづく地上で生きるのが嫌になった。お前たちのせいだ」
「どういうことだろう?」
「お前たち人間は、すぐに他の動物を殺す。そればかりか、お前たち人間同士でさえも殺しあっているだろう。そんな奴は、他にいない」
そう言うと彼は、私に背を向けた。
「お前たちは木を切り、森を破壊する。空気や水も汚す。もう、つくづく嫌になった。これ以上、お前たち人間と、同じ地上で過ごすことはできない」
「で、どうするつもりなんだ?」
私はちょっと彼の方に近寄って、そう尋ねた。
「我々は、これから海の中で暮らすことに決めた。そこで、一つ提案がある。10万年後の月明かりの晩、もう一度、会おう。そして、この地球上で暮らしていくのにお前たち人間と、我々クジラのどちらがふさわしいのか、白黒はっきりさせようじゃないか」
「分かった。約束しよう。しかし、どこで会う?」
「お前たちも、我々も、同じ地球で暮らしていく。どこかで会うさ」
そう言って、彼は海の中に歩き出した。
「ちょっと待てよ。その間でも、人間はお前たちクジラを殺し続けるだろう。それでもいいのか?」
彼は、ひざ上まで海水に浸かりながら、振り返って私の目を見た。彼の瞳が、月の光を反射して光った。
「良くはないさ。しかし、それも仕方なかろう」
そう言って、彼は海の中へと立ち去った。

そこで、私は目覚めました。変な夢だったのですが、最後に振り返って私を睨みつけた彼の眼光が、まざまざと甦ってきます。混濁した意識の中で、ふと、私は思ったのです。そうか、そんな約束があったのか。分かった、彼らクジラがブリーチングをするのは、人間にその姿を示しているのだ。そして、「おい、あの時の約束を忘れるなよ」と言っているに違いない。

この夢は、私の脳裏に焼き付けられました。思えば、この夢をみてから、私はクジラの本を1冊も買っていない。クジラという存在とその意味が、腑に落ちたというか、納得できてしまったのです。明らかに夢と現実が錯綜している訳ですが、この夢によって、私はクジラと会話をするという願望を叶えたばかりか、何故、クジラとは会話できないのか、その意味を理解した。そうです、あの月明かりの晩、我々はクジラと別れたからなのです。すなわち、クジラと会話をしたいという願望と、それはできないという現実の対立関係が、融和している。すなわち、融即律が成り立っていると思うのです。そして、この夢によって、私が抱いていた“心の課題”は解消された。

ちなみに、こんな話があります。ある未開人が白人の運営する保安事務所にやって来る。彼は、こう言います。「Aという男を逮捕して欲しい。自分は昨晩、Aが自分の畑を荒らす夢を見たのだ」。白人の保安官は一生懸命、それは夢で現実ではないことを説得しますが、未開人の男は、なかなか引き下がらなかったそうです。

さて、私が5千年前に生まれていたら、この夢に基づいて神話を作ったでしょう。もし私がどこかの部族の酋長であったならば、自ら率いる部族に対し、クジラを食べることを禁止したはずです。私に画才があれば、あの晩の光景を絵に描き記したに違いありません。但し、この芸術メカニズムは、現代にも生きていると思うのです。何万年もの歴史を経て培われた心の仕組みというものが、そう簡単に変わるはずがありません。現に私は、そのような夢を見たのですから。