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文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 51 ユングと集合的無意識(その3)

こうして見ていきますと、ユング集合的無意識という概念は、分裂病患者の妄想と神話の研究成果から導き出されたことが分かります。すなわち、心理学と文化人類学が融合し、集合的無意識という概念が生み出された。

ユングのこのような考え方は、日本では河合隼雄氏(以下、敬称略)によって普及されました。研究者は多くいるのでしょうが、その著作、翻訳の量からして、河合隼雄が筆頭であることは間違いないでしょう。彼はある文献の中で、「ユングの考え方を全て支持するのではなくとも、自分の考え方を常にユングと比較し、どこが同じでどこが違うのかを考えている人。このような人がユング派なのである。その意味で、自分はユング派だ」と述べています。河合隼雄も100%ユングと同じという訳ではなさそうですね。

集合的無意識について、ユングは明確に遺伝によってもたらされると述べています。しかし、“量子もつれ”やテレパシーの研究などを更に積極的に評価するグループが現れ、彼らの主張する心理学が、トランス・パーソナル心理学と呼ばれるようになります。詳細は承知しておりませんが、人間の人格は個別に存在しているという従来の常識に反し、私たちの心はつながっているのではないかという考え方のようです。このアイディアには、妙な魅力がある。そんなことを考えていたある日、私はクジラに興味を持ったのです。広大な海の中で、クジラはその低い声によって、確実にコミュニケーションを取っている。イメージとしては、正にトランス・パーソナルを実践している。先日、クジラの本を眺めていたところ、ある人が「トランス・パーソナル心理学を研究している」と述べていました。集合的無意識とトランス・パーソナルとクジラ。私に良く似た人もいるもんだなあ、と驚いてしまいました。

一方、ユングに真っ向から反対する人たちのことも述べておきましょう。概ね、経緯は次の通りかと思われます。

記号論ソシュールから始まります。それまでの言語学は、歴史主義と言いますか、どこの言葉が元になっていて、それがどの地方へ伝わって、発音がどのように変化したのか、という研究をしていたそうです。このように、時間の流れに沿った状態を通時態と呼びます。しかしソシュールは、そんなことをいくらやったって、言語の本質は理解できない、と考えたのです。そこでソシュールは、通時態に対する研究を一切拒否し、今現在、世界の言語がどういう状態になっているのか、すなわち共時態を研究の対象としたのです。なるほど、それはいいアイディアですね。そして、ソシュールはある果物をリンゴと呼ぼうが、アップルと呼ぼうがまったく制約がないこと、言葉というのは同時に2つの事項を説明できないこと等々、研究の成果を挙げたのでした。そして、このソシュールの研究方法に興味を持ったのが、文化人類学レヴィ=ストロースです。通時態を無視して、あくまでも共時態を研究の対象にしようと彼は考えた。そこで、構造人類学という本を出したりします。やがて、レヴィ=ストロースの考え方は、構造主義と呼ばれるようになります。構造とは、ある対象物を様々な角度から見ても変わらない本質を指すようです。しかしながら、レヴィ=ストロース著作を読むと、ちょっと変だなあ、おかしいなあと思う人が沢山出てくる。そう思った人たちが様々な分野で、研究成果を発表していきます。これが、ポスト構造主義と呼ばれる潮流となった。

レヴィ=ストロースは、その代表的な著作“野生の思考”の冒頭部分で、明確にユングを否定しています。神話を解釈するには、元型的な要素を一切排除すべきだ、と述べているのです。その割には、同じ文献の中で「シンデレラの物語は、同様のものが世界各地に存在する」などと述べており、おいおい、それって元型的なものじゃないのか、とツッコミたくなるのですが・・・。

さて、ここで私としては、ユング派を支持するのか、レヴィ=ストロースの側に立つのか、2者択一を迫られることになります。感情の世界であれば「どっちも好き!」と言って済まされそうですが、ロジックの世界でそうはいきません。そしてもちろん、キーワードは集合的無意識ということになります。

話は変わりますが、今西錦司(1902~1992)という人が、確か“自然学の提唱”という本の中で、カゲロウの生態について面白い話をしていました。仮に、ある世代のカゲロウを第1世代と呼ぶことにしましょう。彼らは、小川のA地点で産卵します。その卵は流されて、第2世代のカゲロウは、翌年、下流のB地点でふ化します。ふ化した第2世代のカゲロウがどうするかと言うと、川を上流までのぼって行き、第1世代と同じA地点で産卵するというのです。これって、不思議ではありませんか? 私は、この話を考えながらお酒を飲んでいると、普段より早めに酔いが回ってしまうのです。