読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 59 心のメカニズム(その3)

少し、言葉の定義が必要かも知れません。現在、私が考えているのは、思考=意識、そして感情=個人的無意識 ということになります。ここから先は、極力、意識、個人的無意識という用語に統一しましょう。

また、個人的無意識は、共感を求める作用とコンプレックスの双方から成り立っている。この共感を求める作用というのは、自分の意見なり感覚なりに同意を求める、ということです。私はこう感じている、だから、あなたにも同じように感じて欲しい、ということです。男女間であれば(例外もありますが)、恋愛に発展する場合もある。悪い例では、同調圧力となる場合もありそうですね。有形無形の圧力となって、自分の、若しくは自らの属する集団の価値観や感じ方に同調するよう、圧力を掛ける。共感が生じている場合は、親密な人間関係を醸成します。しかし、ひとたびこの共感関係が崩壊すると、それは嫌悪感や憎しみに変化する。この作用のことを今後は、“共感システム”と呼ぶことにしましょう。

感情 = 個人的無意識 = コンプレックス + 共感システム

観念タイプの人にも、当然、個人的無意識はあります。人間ですから、人生経験を積むに従って、思い出したくないような出来事は起こります。そして、コンプレックスが生まれる。しかし、このタイプの人は、個人的無意識を抑圧して生きている。だから、個人的無意識が意識を凌駕することは滅多に起こらない。ある意味、システムとして見た場合、単純なのかも知れません。

一方、往々にして、個人的無意識が意識を凌駕してしまうタイプの人が存在します。チャート図の右のルートに該当する人です。このタイプの人を、便宜上、“共感タイプ”と呼ぶことにします。共感タイプの人は、その人のコンプレックスに抵触するような場面、または共感関係が棄損されたと感じられた場合、個人的無意識が意識を凌駕してしまう。ユング派の人は、女性にこのタイプが多いと考えておられるようですが、女性のみならず男性にもこのタイプが多い、というのが私の意見です。実際、昭和のガンコ親父、というのは無数に存在しましたよね。何か意見を言うと、「理屈を言うな!」と怒鳴って、チャブ台をひっくり返す。もしくは、家族に対して暴力をふるう。こういうのはサイテーだと思いますが、共感タイプだと思います。

以前、職場でこんなことがありました。2人の女性がいて、私が不用意にも一方の女性を褒めた時のことです。その直後、他方の女性が絶叫したんです。驚いて彼女の表情をうかがったのですが、青ざめているというか、茫然自失というか、そんな表情をしていました。そんなことをする女性ではなかったので驚きもひとしおでしたが、今にして思えば、私の言葉が彼女のコンプレックスを刺激し、彼女の個人的無意識が突如として意識を凌駕した。そうとしか、考えられません。その時は彼女自身、何故叫んでしまったのか、理解できなかっただろうと思います。幸い、時間と共に、落ち着きを取り戻しましたが。

皆様は、「男はつらいよ」(フーテンの寅さん)をご存じでしょうか。分かりやすいと思うので、共感タイプの代表選手として、寅さんに登場してもらいましょう。

寅さんは、本音では団子屋をやっているオジサン、オバサンに感謝していて、本来であれば自分が店を継がなければいけないと思っています。しかし、実際の職業はテキ屋です。そこに心のわだかまり、すなわちコンプレックスがあります。そして、隣の印刷工場の社長さんが、寅さんのコンプレックスを刺激するような発言をしてしまいます。すると、寅さんは激怒して、喧嘩になってしまう。

また、このドラマには必ずマドンナ役の女優さんが登場しますね。そして、彼女はだいたい「寅さんに会えて良かった」というようなことを言う訳です。喜んだ寅さんは、マドンナに惹かれていく。そして、団子屋の面々と食事を共にしたりして、共感関係が醸成されます。しかし最後は、マドンナに別の男が現れたりして、共感関係は一気に瓦解します。

ところで、個人的無意識が意識を凌駕する時というのは、上述のように突然やってくる場合が多いようですが、そうでない場合もあると思うのです。それは、リラックスしている時のことです。以前、テレビか何かで「女性は、だからどうということのない話をする」という説を聞いたことがあります。確かに、女性はリラックスしている時に、そのような話をする傾向があるようにも思います。例えば、こういうことがあった。だから、どうということはない。しかし、それは女性に特有のことではなく、共感タイプの男性にもその特徴が見受けられます。特に、お酒を飲んでいる場合です。ほろ酔い気分でリラックスする。意識が低下し、個人的無意識が首をもたげて来る。このような場合、彼の話に、起承転結はありません。話のオチもありません。いくつかの事例を挙げて、そこに共通する一般的な原則を述べるとか、そんなこともないのです。ただ、彼はひたすら自分の経験を述べるのです。聞かされる方はたまったものではないのですが。

いずれにせよ、共感タイプの寅さんが、愛すべき人物であることに疑いの余地はありません。