文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 64 ジミ・ヘンドリックス/バンド・オブ・ジプシーズ(その1)

このブログのジャクソン・ポロック(No. 54)のところで、絵画を描く際のオートマティスム(自動記述法)について述べましたが、音楽の世界でも即興演奏というのがあります。意識を低下させて、もしくはトランス状態に持って行って、まさしく演奏する瞬間にフレーズを決める訳です。アドリブとか、インプロビゼーションとも言います。そうやって演奏されたフレーズにこそ、人間の魂が宿る。即興演奏は、主にジャズの世界で発展しましたが、ロック・シーンにも天才がいました。それが、ギタリストのジミ・ヘンドリックス(1942 ~ 1970)なのです。彼を知らないロック・ファンはいないでしょう。ちなみに、ジミは2011年のローリング・ストーン誌が行った「偉大なギタリスト100人」というランキングで、堂々の1位を獲得しています。ジミが死んでから41年もたっているのに、彼を超えるギタリストというのは、現れていないんですね。

さて、そもそも即興演奏などということが本当に可能なのか、という問題があります。1960年代の後半にクリームというバンドで延々とギター・ソロを繰り広げていたエリック・クラプトンが、インタビューに答えた映像が残っています。クラプトンは、いくつかの基本となる短いフレーズ(“リック”と言います)があって、それを組み合わせて弾くのがインプロビゼーションだ、と述べています。これは、ジャズの世界でも概ね、同じことが言えそうです。ミュージシャンなら誰でも、言わば手癖のようになっているお気に入りの短いフレーズがある。それらを組み合わせて弾く。なんだ、そういうことだったのかと、この映像を見た私はがっかりしたものです。

しかし、昔、ジミの演奏をコピーしようとした時のことなのですが、私はふと思ったのです。このキーでこの音っていうのは、あり得ないなと。どういうことかと言うと、音楽には音階というものがあって、その曲のキー(調)やコード(和音)に従って、使える音というのが決まるのですが、ジミのソロには音階を外れた音が含まれていた。私の知識が不足していたのかも知れませんが、その時は、確かにそう感じたのです。つまり、ジミは即興演奏を行う際に、音階にも、リックにも頼っていない。実際に、演奏の時々で、心に浮かんだフレーズを弾いているのではないか。

そんなジミの即興演奏の最高傑作は何かと言うと、それが1969年の大晦日から翌年の元旦に掛けて行われたライブ演奏で、バンド・オブ・ジプシーズというCDに収められているのです。中でも、“マシンガン”という曲が最高だということは、マイルス・デイビスがそう言っているので、間違いないでしょう。

 

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簡単に、ジミの生涯を振り返ってみましょう。

ジミは黒人とインディアンの混血で、サウスポーです。もう、これだけでロック・スターの素質がありそうですね。兵役にも行っていて、パラシュート部隊に配属されていたようです。除隊後もアメリカで、黒人のグループに入って音楽活動をしていました。すると、彼に目を掛ける人が現れて、イギリスに渡り、バンドを組みます。多分、アメリカでは黒人のミュージシャンしか見つからなかったのではないでしょうか。そして、黒人だけのバンドでは、マジョリティである白人に受けないという事情があったものと思われます。

1966年9月に渡英したジミは、早速オーディションを行います。白人のミッチ・ミッチェルがドラマーに、そして、同じく白人のノエル・レディングがベーシストに選ばれます。この3人で、エクスペリエンスというバンドを結成し、同年の10月から活動を開始します。ジミのステージには、ビートルズストーンズのメンバーのみならず、クラプトンやジェフ・ベックなども駆け付けたようです。もう、そういう連中がジミの演奏にはぶっ飛んでしまったんですね。クラプトンは泣きそうになるし、ジェフ・ベックは廃業しようかと考えたそうです。

そして、ポール・マッカートニーの強力な推薦を得て、ジミは1967年6月にカリフォルニア州のモンタレーで開催されロック・フェスティバルに出演します。この時、ステージ上でギターに火を付けたこともあって、ジミはアメリカでも一躍有名になります。但し、こういうのは有名になるためのパフォーマンスであって、音楽の本質には全く関係ないと思います。その後、ジミ自身、そんなパフォーマンスに嫌気が差して、ただ自分の音楽を聞いてもらいたいと考えるようになったようです。