文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 65 ジミ・ヘンドリックス/バンド・オブ・ジプシーズ(その2)

ジミが率いたエクスペリエンスも、猛烈に働いたようです。当時はライヴがバンドの主たる収入源だったそうで、エクスペリエンスも多くのステージやツアーをこなしたようです。そして、御多分に洩れず、彼らもドラッグとは切っても切れない関係に陥ってしまいます。

こんなエピソードが残っています。1968年1月3日、エクスペリエンスのメンバーは、スウェーデンストックホルムでコンサートを開催します。その晩、ジミとベースのノエルは2人の女の子をナンパし、ホテルのバーで飲みます。そして、女の子たちを彼らの部屋に誘ったのですが、断られます。そうなると、彼らにはもうドラッグしかすることがなかった。錯乱状態になったジミは、ホテルの部屋を滅茶苦茶に破壊しました。そして、同室だったノエルと殴り合ったそうです。騒ぎを聞いて駆けつけた警察官に彼らは連行されます。警察は、ジミが手から血を流していたため、まず、病院へ連れて行きました。数針縫ったそうです。その晩、ジミはストックホルムの留置所で一晩過ごしたそうです。

同年、エクスペリエンスは“エレクトリック・レディランド”というスタジオ録音のアルバムを発表します。これは、録音技術を駆使して、音がステレオのスピーカーの左右を行き来するなど、ジミが好き放題にやったという印象のアルバムです。当時、スタジオの近くに小さなクラブがあって、エクスペリエンスのメンバーは、新曲をそのクラブで披露して楽しんでいたそうです。とりわけ、彼らが録音したての“ヴードゥー・チャイルド”を演奏した時、クラブは大いに盛り上がったそうです。それは、そうですよね。羨ましい限りです。

“エレクトリック・レディランド”の成功もあって、やがてジミはエクスペリエンスのメンバーを増やしたいと考えるようになります。いろんな音が欲しかったのでしょう。しかし、メンバーを増員するという話をベースのノエル・レディングはジミから聞かされていなかった。彼がそれを知ったのは、メディアの人間からだったようです。前々から嫌気の差していたノエルは、エクスペリエンスを脱退します。それを機に、1969年6月、エクスペリエンスは解散します。

ジミは予定通り、メンバーを増員して、新たなバンド“ジプシー・サンズ&レインボーズ”を結成します。1969年8月に開催されたウッド・ストックでトリを務めたのは、このバンドなんです。ウッド・ストックでジミが演奏したアメリカ国家は、歴史的な名演だったと言われています。ジミは通常のギターの音だけでなく、フィードバックをはじめ様々な効果音を使いますが、この時のライヴ映像などを見てみると、全ての効果音を完全にコントロールしていたことが分かります。ポアリングという技法で絵画を作成していたジャクソン・ポロックが「そこに偶然はない」と言っていましたが、ジミも同じなんです。雑音だとか、ハウリングのように聞こえる全ての音を、ジミは意図的に出していたんです。正に、そこに偶然はなかったと思います。

但し、“ジプシー・サンズ&レインボーズ”の試みは、失敗に終わります。多人数のメンバーをコントロールする実力がジミにはなかったとか、新規加入のメンバーの実力が不足していたという説もあります。

ジミが自分のバンドを失った丁度その頃、ある裁判の判決が出ます。当時、ジミはワーナーというレコード会社と契約していました。しかし、かつてジミは「次のレコードはキャピトルから発売する」という誓約書にサインしていたのです。ジミは敗訴し、急遽、アルバム1枚をキャピトルから発売しなければならなくなったのです。ベースは、ジミが兵役に行っていた頃からの旧友で黒人のビリー・コックスに決まります。(彼はレインボーズにも参加していました。)問題は、ドラマーでした。エクスペリエンス時代からのメンバー、ミッチ・ミッチェルは、たまたまその時期、母国のイギリスに帰国していたのです。そのため、ジミの窮状を見かねたセッション仲間で黒人のバディ・マイルスが、ひと肌脱ぐことになったのです。こうして、黒人3人による“バンド・オブ・ジプシーズ”は、偶然の結果、1969年10月に誕生しました。

バンド・オブ・ジプシーズ
ジミ・ヘンドリックス・・・ギター&ボーカル
バディ・マイルス・・・ドラム&ボーカル
ビリー・コックス・・・ベース

1969年12月31日、バンドはフィルモア・イーストのステージに立ちます。気つけ薬代わりに、ジミが何らかのドラッグを服用していたことは間違いありません。

2曲目で、ジミはスタンド・マイクに近づき、こう言います。

「まずは、新年おめでとう。そして、1千万の人々に思いを馳せて欲しい。もし、我々が今年の夏を乗り切れたらの話だが。我々は、今もなお続いている不愉快な状況にある人たちにこの曲を捧げたい。シカゴとミルウォーキーで闘っている全ての兵士に。そしてもちろん、ベトナムで闘っている全ての兵士に。“マシンガン”という曲だ」。

ジミが静かにイントロのフレーズを弾き始める。そして、ギターに呼応し、バディ・マイルスの叩くスネヤドラムが響く。タカタカタッ。その音は、正しくマシンガンの発射音に聞こえる。そして、ジミがこんな風に歌うのです。

奴らが俺に、お前を殺させる。
奴らがお前に、俺を殺させる。

その瞬間、ロック・ミュージックという文化は、とてつもない緊張感と共にそのピークを迎えたのだと、私は思っているのです。