文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 73 武田泰淳の「ひかりごけ」を読む(その1)

前回の原稿で、「異類婚姻譚」という集合的無意識を背景とした、“鶴女房”という昔話を取り上げました。その延長線上で、もう少し新しい、集合的無意識を背景とした小説について検討しようと思ったのですが、そこで思いついたのが、表題の「ひかりごけ」だったという訳です。これは武田泰淳(1912~1976)の短編小説で、戦時中、難破船の船長が食人を行うという実際の事件を題材としています。この食人に対する嫌悪感というものは、普遍的で、集合的無意識に該当するのではないか、というのが私の見立てです。しかし、私の集合的無意識に対する解釈が拡大しつつあるのも事実で、言葉本来の意味を逸脱するかも知れません。そこで今後は、集団の無意識とか、集団の価値観と呼ぶことに致します。

さて、「ひかりごけ」ですが、これが当初の想定を超えて複雑で、難解なんです。様々な伏線が張られ、登場人物の発言は抽象化され、もしくは何かを象徴している。しかし前回同様、ストーリー・ラインに分解し、集団の無意識、作家の直観をキーワードにこの作品を解体することが可能ではないか。そういう気構えで、挑戦してみます。

この作品は、3部構成になっています。最初は、小説のスタイルで書かれており、話し手が羅臼を訪れ、この奇妙な事件を知るまでの経緯が記されています。そこで、事件の概要までが明らかにされます。その上で、事件の生々しさを排除するという目的で、また「上演不可能な戯曲」であるという前提のもと、第一幕が洞窟の中、第二幕が法廷のシーンという形で進行します。ストーリー・ラインを読み解くために必要最小限の要素をピックアップしたつもりなのですが、“あらすじ”が少し、長くなってしまったことはご容赦ください。

(あらすじ)
話し手は、9月に知床半島羅臼を訪れる。
中学の校長に案内され、“ひかりごけ”を見に行く。校長は「何の警戒心も反感も起こさせない、おだやかではあるが陰気でない人物」である。2人は「洞窟というよりは、奥に行くほど急にすぼまる、山腹のへこみ」へやって来る。「岩壁も地面も濡れて、水滴をしたたらせる。緑色のこけが、岩肌にも地面にも生えていますが、光る模様もない」ということで、2人はなかなか“ひかりごけ”を発見できない。あきらめかけたその時、「投げやりに眺めやった、不熱心な視線のさきで、見飽きるほど見てきた苔が、そこの一角だけ、実に美しい金緑色に光って」見える。結局、光の反射の加減や見る角度によって、苔が光って見えるのである。「何だ、みんなそうだったんですね」と校長が言う。そして帰り道、校長が“事件”について、語り出す。「その船長は、仲間の肉を喰って、自分だけは丸々と太って、羅臼へやってきたんですからね。全く凄い奴がいますよ」と言う。話し手は、校長に紹介されたS青年と会い、彼が編纂した「羅臼郷土史」を譲り受ける。その郷土史に、“事件”の記述があった。

大東亜戦争酣たりし昭和19年12月3日早朝、急務を負いし船団「暁部隊」は、知床経由、小樽港に向け根室港を出帆した」。郷土史の事件に関する記述は、このように始まっている。間もなく天候が急変し、嵐となる。船団は7隻~9隻で構成されていたが、その中の一隻、第五清神丸の機関部が故障し、難破してしまう。第五清神丸には、船長以下、7名の船員が乗っていた。海が荒れていて船を陸地に着岸させることができなかったので、まず、泳ぎの達者な青年が胴体にワイヤーを括り付け、陸地に辿り着き、追って他の船員もそのワイヤーにつかまりながら、陸地まで泳いで渡った。陸地に着いた一行は、励ましあいながら、歩き出し、山小屋に辿り着く。但し、何人の船員が小屋に辿り着いたのかは、判然としない。その小屋は、漁民が春はウニ、夏はコンブを採取するために宿泊し、冬は打ち捨てられているものだった。幸い、小屋の中には、マッチと手ごろな燃料が置かれていた。

船長が羅臼から21キロ離れたルシヤに姿を現したのは、航海から2か月後、昭和20年2月3日である。同年5月上旬、ウニ採集のため訪れた漁民が、リンゴ箱に詰められた人骨を発見し、事件が明るみに出る。船長の自白によれば、小屋に辿り着いたのは、彼と西川青年の二人だけであった。やがて、西川青年が死に、船長はその死体を食べた。しかし、「羅臼郷土史」の作者であるS君の「想像」は、異なっていた。S君によれば、西川青年と船長は、遂に発見されることのなかった3名の死体を食用に供し、最後に船長が西川青年を食べる目的で、殺害したとのこと。

戯曲の部 第一幕
登場するのは、以下の4名。
船長
船員西川
船員八蔵
船員五助

小屋は解体し、暖を取るための薪にしたため、一同は、洞窟の中にいる。
体力の弱った五助が「おらが死にたくねえわけはな。おら、おめえたちに喰われたくねえからだ」と述べる。間もなく五助は死亡し、船長と西川がその死体を食べる。八蔵は、生前の五助と約束したため、五助の死体を食べない。八蔵が西川にこう述べる。「おめえの首のうしろに光の輪が見えるだ。(中略)昔からの言い伝えにあるこった。人の肉さ喰ったもんには、首の後ろに光の輪が出るだよ。緑色のな。うッすい、うッすい光の輪が出るだよ。何でもその光はな、ひかりごけつうもんの光に似てるだと」。やがて、八蔵が死に、その死体を船長と西川が食べる。洞窟の中には、船長と西川の2名だけが残される。船長に殺されるのではないかという恐怖感から、西川は眠ることができない。西川に気持ちを尋ねられた船長は、次のように述べる。「おめえは自分で、何が一体せつねえだかわかったか、寒いのがせつねえだか、腹がへるのがせつねえだか、それとも仲間の肉を喰ったのがせつねえだか、助かるあてのねえのがせつねえだか、わかっか。わかるめい。わかるはずはねえだ。なあんもかんも入れまぜでせつねえだべ。何がせつねえのか、わかんねえくれえせつねえだべ。俺だってそうよ。俺だって、何を我慢してんのかわからねえくれえ、我慢してんのよ」。西川は、船長に喰われないよう海に身投げしようとするが、船長はこれを押しとどめ、殺害し、死体を食べてしまう。

戯曲の部 第二幕 法廷の場
脚注において、船長の顔が、筆者を洞窟に案内した、あの中学校長の顔に酷似している必要があると述べられている。
検事は、次のように述べる。「三名の被害者は、それぞれ程度の差こそあれ、人間的反省、人間的苦悩を示して死亡したのに反し、只一人被告のみは、最後まで、何ら反省も苦悩もすることなく生き残った。あまつさえ、犯罪発覚後も、平然としてその罪を後悔する様子が見えない」。検事に心情を述べるよう指示された船長は、こう述べる。「私は我慢しています」。以降、検事の尋問と船長の回答は嚙み合わない。やがて、船長はこう述べる。「あなた方と私は、はっきり区別できますよ。私の首のうしろには、光の輪がついているんですよ。よく見てください」。脚注に、こう記される。(検事の首のうしろに光の輪が点る。次々に、裁判長、弁護士、傍聴の男女にも光の輪がつく。互いに誰も、それに気づかない。)船長が、「見て下さい。よく私を見て下さい」といって、物語は終わる。