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文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 77 村上春樹の「少し前の作品」を読む(その2)

村上春樹の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」ですが、このタイトル、長いですよね。この先は、“本件作品”と呼ばせていただきます。

さて本件作品ですが、結構な分量もあり、かつ曖昧模糊としていて、ちょっと掴みどころがありません。こういう場合は、まず、その構成要素に分解してみる必要がありますね。では、どういう要素に分解するかという問題ですが、私としては、次の4項目を考えています。

1. ストーリー・ライン
2. 登場人物の経歴と言動
3. 夢
4. 文体

上の方がマクロで、下の方がミクロということになります。また、本件作品の世界は、ユングと言うか、ユング派の河合隼雄の世界に極めて近い。そこで、上記の4項目を分析心理学の階層に当てはめてみると、次のように仮定することが可能なんです。

1. ストーリー・ライン ・・・ 意識
2. 登場人物の経歴と言動・・・ 個人的無意識
3. 夢         ・・・ 集合的無意識
4. 文体

各項目について、簡単にご説明致します。まず、“ストーリー・ライン”ですが、ここには作家の表層にある意識が反映されていると思います。しかし、ご案内の通り、作品の本質を見るためには、あまり役に立たない。それはあくまでも表面上のことで、真実はもっと深いところにある。しかし、多少はこれを説明しないと、本件作品をお読みでない方には、何の話か全く分からない。よって、最初に“あらすじ”のようなものを簡単に説明したいと思います。(これはあくまでも本件作品の表層であって、いわゆる“ネタバラシ”にはならないと思います。)

次に、登場人物の経歴と言動ですが、ここには解釈が可能なヒントが隠されていると思うのです。よって、ここの分析が本稿の主眼になろうかと思います。

3つ目として、“夢”というのがあります。ここまで深い所に入り込んでしまうと、ほとんど心理学の専門分野であって、何らかの解釈を導き出すことは、ほぼ不可能、若しくは極めて困難です。また、そこから何かを感じる読者と、そうでない読者が存在するはずです。よって、この領域については、皆様が本件作品をお読みになって、ご判断いただきたいと思うのです。

最後に“文体”ですが、いくつかのサンプルを見て行けば、本件作品が注目しているディテール、若しくは作家が何を見ようとしているのか、分かるかも知れません。但し、文章がうまいか下手かという話は、読者の個人的な感覚による部分が大きいので、そこには入り込まない予定です。

本件作品には、大別すると2つのストーリー・ラインがあります。まずは、メインの方からまとめてみましょう。

高校のクラスには、男3人、女2人の仲の良いグループがあって、主人公である多崎つくるは、そのメンバーだった。5人は、いつも一緒に行動していた。それはあたかも「乱れなく調和する共同体」のようだった。多崎つくるを除いて、他のメンバーの名前には、色彩に関する言葉が含まれていた。
・赤松 慶(あかまつけい)・・・男・・・アカ
・青海悦夫(おうみよしお)・・・男・・・アオ
・白根柚木(しらねゆずき)・・・女・・・シロ
・黒埜恵理(くろのえり) ・・・女・・・クロ
上記の4人は、アカとかアオなどと互いを色彩名で呼びあっていたが、多崎つくるだけは「つくる」と呼ばれていた。やがて、多崎つくるは大学2年の時、理由を告げられることなく、他の4人から絶縁される。以後、多崎つくるは「ほとんど死ぬことだけを考えて」生きていた。絶縁されてから、約7か月が経過したある晩、多崎つくるは夢の中で、ある女性から肉体と心の一方のみを差し出す、と言われる。しかし、多崎つくるが欲しいのは彼女の全てであって、どちらか一方だけを選ぶことはできない。その夢から覚めた時、多崎つくるは死を希求するのを止める。

大学を卒業した多崎つくるは、鉄道の駅をつくったり維持したりする仕事に就く。36歳になった多崎つくるには、2つ年上の恋人、沙羅が現われる。3回目のデートで二人は関係を持つ。しかし、4回目のデートで沙羅は、多崎つくるの誘いを断る。そして、多崎つくるに対し、かつてのグループメンバー4人と会うことを提案する。「そろそろ乗り越えてもいい時期に来ているんじゃないかしら?」と沙羅が言う。

多崎つくるは、まず、青海に会いに行く。彼は、トヨタ、レクサスのディーラーに務めている。2人は、公園のベンチに腰かけて話す。多崎つくるが、16年前に絶縁された理由を尋ねると、青海は「シロはお前にレイプされたと言った」と述べる。しかし、多崎つくるがそんなことをした事実はなかった。また、青海は白根柚木が6年前にマンションの自室で絞殺されたと告げる。

多崎つくるは、次に、赤松に会いに行く。彼は、企業教育を代行する会社の代表取締役として、経済的な成功を収めている。別れ際、赤松は自分にゲイの傾向があることを告白する。それに対して、多崎つくるは「そういうのはとくに珍しいことじゃないだろう」と応える。

多崎つくるは、街で偶然、沙羅が中年男と腕を組んで歩いている所を目撃してしまう。

多崎つくるはフィンランド人と結婚している黒埜恵理に会うため、ヘルシンキを訪れる。恵理(クロ)は2人の子供をもうけ、夫と共に陶芸をしながら家庭生活を営んでいる。彼女はこう言う。「私のことをもうクロって呼ばないで。呼ぶのならエリって呼んで欲しいの。柚木のこともシロって呼ばないで。できれば私たちはもうそういう呼ばれ方をされたくないから」。また、エリは多崎つくるが柚木(シロ)をレイプなどしていないことは知っていたが、精神的に深刻な問題を抱えていた柚木を守るためには、多崎つくるを切るしか方法がなかったと述べる。また、柚木がレイプされたのは事実で、その後、流産したという事実を告げる。そして柚木を指して「あの子には悪霊がとりついていた」と述べる。多崎つくるが恋人、沙羅との関係を打ち明けるとエリは、「ねえ、つくる。君は彼女を手に入れるべきだよ。どんな事情があろうと。私はそう思う。もしここで彼女を離してしまったら、君はこの先もう誰も手に入れられないかも知れないよ」と述べる。

帰国した多崎つくるは、沙羅に電話し、「それで、君には誰かほかに好きな人がいるのかな?」と尋ねる。沙羅は、三日後に返事をすると答える。沙羅の返事を聞く前に、本件作品は終わる。

長くなりましたので、今回は、ここまでと致します。