文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 79 村上春樹の「少し前の作品」を読む(その4)

次のステップは、「登場人物の経歴と言動」を分析するということですが、前回ご紹介致しました河合俊雄の文献も参考にして、次のように作業を進めてみました。

まず、登場人物の特質を把握するために、チェック項目を抽出し、似通った項目をまとめて並べ替えてみました。結果は、次の通りです。

〇 心理的要素
・心に課題は持っているか
・何かを信じているか
・何かに関心を持っているか
・合理的に思考しているか
道徳心は持っているか
・主体性はあるか

〇 社会的要素
・経済的に充足しているか
・学歴

〇 関係性
・共同体にコミットしているか
・交換可能な人物か
・他者と結びついているか

〇 先天的要素
・何らかの才能に恵まれているか
・美男美女か

登場人物については、五人グループのメンバーと、灰田、緑川(ピアニスト)、沙羅(多崎つくるの恋人)の8人とし、評価の結果を一覧にまとめてみました。

次に、各登場人物のメンタリティをプレモダン、モダン、ポストモダンの3つに分類してみました。それぞれのメンタリティの特色は、次の通りです。

プレモダン・・・共同体に属し、共同体との関係性を肯定している。個性はなくとも、共同体の中で役割などが位置付けられており、交換可能な人物ではない。非論理的な思考。主体性はない。

モダン・・・共同体に属してはいるが、その関係性には反発している。共同体に反発することによって、自らの個性を確立している。よって、交換可能な人物ではない。論理的に思考する。主体的である。

ポストモダン・・・共同体との関係は、極力、遠ざけようとしている。(ディタッチメント)よって、あえて共同体を否定することもない。交換可能な人物である。非論理的な思考。主体性はない。

本件作品において、上記のチェック項目の全てが描写されている訳ではありませんが、作業の結果、以下の事柄が見えてきました。

・8人中7人の登場人物が経済的には裕福か、少なくとも困窮はしていない。
・8人全員の登場人物が、高学歴である。
・8人全員の登場人物が、何らかの才能に恵まれている。
・8人中6人の登場人物が美男美女として描写されている。
・プレモダンのメンタリティを持っている登場人物・・・4人
・モダンのメンタリティを持っている登場人物・・・1人
ポストモダンのメンタリティを持っている登場人物・・・3人
・プレモダンのメンタリティを持っている登場人物4人は、全員が心に課題を抱えていないか、若しくは既に克服している。
・モダンのメンタリティを持っている登場人物1人は、心に課題を抱えている。
ポストモダンのメンタリティを持っている登場人物3人は、全員が心に課題を抱えている。

こうしてみると、本件作品が描いているのは、基本的には、経済的に恵まれ、高学歴で、才能に恵まれた、美男美女の物語であることが分かります。これは、強烈なモダンに対するアンチテーゼであるように思えます。例えば、経済的に困窮している人物を描くと、そこから社会に対する批判が生まれてくる。これでは、モダンのメンタリティになってしまう。それを避けるために、上記のように“一見幸せそうな人たち”が描かれているのだと思います。

また、これはちょっと驚きだったのですが、本件作品には、モダンも、プレモダンの人々も登場するということです。そして、プレモダンの人たちは、心に課題を抱えていない。すなわち、肯定的に描かれているのです。反面、ポストモダンの登場人物は、一様に心の課題を抱えている。こうしてみると、本件作品は、必ずしもポストモダンを肯定しているのではなく、ポストモダンの抱える課題を描きつつ、プレモダンを志向しているものと言えます。これはちょっと、意外でした。

ストーリー・ラインに分解してみるというのは、言わば、タテの分析方法ですが、上記のように登場人物をその特質ごとに分解してみるというのは、言わば、ヨコの分析方法だと言えます。

次回は、“参考資料”として、各登場人物に対する分析結果を記載したいと思います。