読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 80 村上春樹の「少し前の作品」を読む(その5)

今回は、「参考資料」として、各登場人物に対する評価を掲載致します。

〇 多崎つくる(主人公)
この小説のタイトルにもある通り、多崎つくるは自分に色彩、すなわち個性がないのではないかと、悩んでいる。多崎つくるは「僕は昔からいつも自分を、色彩とか個性に欠けた空っぽな人間みたいに感じてきた」と発言している。本件作品における“色彩”という言葉は、“個性”とほぼ同義である。多崎つくるは、恋人の沙羅に言われて、かつての五人グループのメンバーに会いに行くことを決める。また、フィンランドでエリ(クロ)に言われて、恋人の沙羅をかけがえのない存在だと確信する。このように、多崎つくるに主体性はない。鉄道会社に勤務しているが、仕事に情熱を持つほど、会社にコミットしている訳ではない。かと言って、会社に不満を抱いている訳でもない。恋人沙羅が中年男と腕を組んで、楽し気に歩いているところを目撃してしまうが、これは、沙羅にとって多崎つくるが交換可能な人物であることを示唆している。多崎つくるが、個性のない自分からの脱却を求めて、沙羅を手に入れようと試みるところで、本件作品は幕を閉じる。重要なのは、多崎つくるが交換可能な自分から脱却しようとしていることであって、その結末ではないのであろう。
メンタリティとしては、典型的な、ポストモダン

〇 赤松慶
自らのビジネス経験から、自分がされて嫌だったことを抽出し、ビジネスセミナーのプログラムを策定する。会社を設立してその社長に収まっている。彼の行動は、ある意味、社会に対する復讐であると説明される。その思考は合理的であり、行動は主体的である。青海やエリから、「彼の仕事は好きになれない」と言われており、身長は160センチ程度で頭は禿げ上がっているという外見の描写も、この人物が否定的に描かれている証拠である。
メンタリティとしては、本件作品に登場する人物の中で、唯一、モダンである。

〇 青海悦夫
高校時代は、ラグビーの選手。現在は、トヨタ・レクサスの販売に従事している。会社と仕事に誇りを持っている。すなわち、会社という共同体にコミットしていると言って良い。家族も愛している。特段、心に課題を抱えている訳ではなさそうである。
メンタリティとしては、プレモダン。

〇 白根柚木
ピアノの才能があり、音楽大学を卒業。五人グループが存在していた頃にはよく「巡礼の年」という曲を弾いていた。この曲のタイトルと、多崎つくるがあたかも巡礼するように旧友たちに会いに行くというのを掛けて、本件作品のタイトルにしたものと思われる。特段、共同体にコミットしているようには見えない。また、多崎つくるをレイプ犯にしたてるなど、その思考が合理的であるとは言えない。特にレイプ事件後は、精神病のようなものを患っており、彼女が抱えている心の課題は重い。
メンタリティは、ポストモダン

〇 黒埜恵理(エリ)
学生時代は、柚木を無二の親友だと思っていた。レイプ事件の後も、懸命に柚木に寄り添った。しかし、それが次第に負担となった。エリがフィンランドへ渡った後、柚木は絞殺された。自分が柚木を見捨てたのではないかと思い悩んだ時期もあったが、自分の娘を“ユズ”と名付け、その課題は解消されているように見える。現在は夫と共に陶芸に従事し、家族という共同体の中で、役割を担っている。柚木に対して「悪霊がとりついていた」と発言するなど、その思考はロジカルではない。むしろ、多崎つくるに「元気でね。そして沙羅さんをしっかり手に入れなさい。君にはどうしても彼女が必要なんだよ」と発言しているところなどから、その役割はあたかも預言者か、呪術師のようである。
メンタリティは、プレモダン。

〇 灰田文紹
古代ギリシャの彫刻のようなハンサムである。大学の物理学科に所属。知的で、水泳をするなど健康的で、料理もうまい。クラッシック音楽に造詣が深い。突然、多崎つくるに理由を告げず、休学してしまう。他の登場人物に比べると、描写が少なく、その人物像はつかみにくいが、概ね、多崎つくるの分身のような存在である。休学という事実から、一応、何らかの心の課題があったものと推察される。
メンタリティは、一応、ポストモダン

〇 緑川
灰田の父の話に出て来るピアニスト。自分の死期を1か月後だと認識しているが、それに抗うでもなく、むしろ受け入れている。後年の会話の中で「ボルネオでは、六本指を持って生まれた子供は自動的に呪術師にされたそうです」との記述がある。そして、緑川がピアノの上に置いていた袋の中味は、ホルマリン漬けにされた6本目の指ではないか、という想像が語られる。これらの記述からして、緑川があたかも呪術師であることが示唆されている。
メンタリティは、プレモダン。

〇 木元沙羅
多崎つくるの恋人。旅行会社に勤めるキャリアウーマン。多崎つくるに対し、旧友4人と会うべきだと主張する。その役割は、エリとよく似ている。あたかも、預言者か、呪術師のようである。思考は、ロジカルではない。特に、心の課題があるとの記述はない。ラストシーンにもある通り、多崎つくるが目指すべき人物として描かれている。
本件作品の中で沙羅は、プレモダンの象徴として描かれているように思える。