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文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 85 共同体と個人(その2)

宗教国家が生まれる直前の日本では、豪族による武力支配と、シャーマニズムに基づく精神世界があったようです。そこで、聖徳太子(574~622)が登場します。聖徳太子に関しましては、どこからどこまでが彼の功績だったのか判然としないようですが、ここでは当時の偉人の象徴という意味で、登場してもらうことにします。

聖徳太子は遣隋使を派遣するなどして、大陸の文化、特に仏教を積極的に取り入れ、天皇を中心とした中央集権国家の設立を目指しました。まさに、宗教国家としての日本はこの時代に生まれたんですね。そして、彼は17条憲法というものを作った。これは「一に曰く、和を以って貴しとなし~」という言葉から始まります。これを反対解釈すれば、当時の社会では争いが絶えなかったということですね。そういう混乱した社会に秩序を与えようというのが、聖徳太子の願望だったのではないでしょうか。そして、17条憲法の2番目には仏教を信奉せよとあり、3番目では天皇制について言及しています。日本における仏教神道天皇制)の関係は、既にここから始まっていたんですね。また、聖徳太子は冠位十二階という身分制度も制定します。(学説上は、異論もあるようです)これは、朝廷に使える臣下を12の等級に分類する階級制度であって、天皇が授与したと言われています。こうして日本においても、階級というものが制度化されていく。

その後、紆余曲折はあったものの、この宗教国家という制度は、第二次世界大戦で敗戦するまで継続したのだと思います。大日本帝国憲法の第1条には、こう記されています。

第1条 大日本帝国万世一系天皇之ヲ統治ス

現在の日本国憲法が施行されたのは1947年ですから、日本における宗教国家の時代というのは、聖徳太子の時代から1300年以上も続いたことになります。そしてその間、日本を支えてきた制度の最大の特徴は、“集団主義”であったと思うのです。人々の“個性”などというものが、注目されることはなかった。“自由”にいたっては、その概念すら存在しなかった。徹頭徹尾、集団の結束と集団の利益が尊重されていた。そのような時代にあって、人々の心を支えていたのは仏教神道天皇制)だった訳ですが、江戸時代以降は、それらに“武士道”が追加された。

武士道の起源は相当古いのだろうと思うのですが、有名なのは、“葉隠”ではないでしょうか。これは、「徳川幕府が開かれてから約百年たった元禄時代の直後、佐賀藩の元御側役であった山本常朝が口述し、後輩の田代陣基が筆録した一種の語録であり、回想録である」ということです。(文献1)時代背景としては、江戸時代のことなので、結構、平和な暮らしが続いていた。すると武士が、堕落してしまう。そういう若者を先輩武士である山本常朝(つねとも)が叱咤している。しかし、そこには狂気ともいえる内容が含まれています。例えば、「武士道は死狂ひなり」ということが書かれているんです。これは、いざという時にあれこれ考えていては、行動が遅れる。そういう時には、死に物狂いでぶつかれ。何も考える必要はない。そうすれば、「この内に忠孝はおのづから籠るべし」というんですね。お家の一大事のような時には、何も考えずにお前の命を差し出せ、と言っている。武士道の本質が、ここにあるような気がします。このような考え方が、やがて新渡戸稲造三島由紀夫に影響を与えていく。教育勅語にも、その流れは通じているようです。言うまでもなく、武士道という考え方は、個性も、自由も、人権意識も、そんなものとは無関係で、徹頭徹尾、集団主義なんです。

時代によって違いはあるのでしょうが、概ね、そういう時代が1300年続いた。別の言い方をすると、当時の日本人の精神の中に、自己意識というものは、希薄だったと思うのです。自分とは何か、自分はどう生きるべきなのかという問題意識は、あまりなかった。個人の存在意義というものは、共同体との関係性の中にしか存在していなかった。ある側面を捉えれば、宗教国家の制度というものは、個人に自律的な思考を促さないシステムだったと思います。従って、自律的な思考を望まない人々にとっては、居心地が良かった。

では、そういう日本人が共同体を離れた時に、どうなったのかという問題もあると思うのです。例えば、旅に出る。現役を退き、隠遁生活に入る。すると、自己意識の希薄な日本人は、自然と同化していったのではないでしょうか。

 

古池や蛙飛び込む水の音

 

ここに、自己意識というものは感じられません。あくまでも自然があって、この句を詠んだ芭蕉がそこにいて水の音を聞いたのかどうか、それは重要ではない。自然の静けさこそが、この句の主題であると思うのです。このように、日本人の自然観というものは、個人や個性を尊重しない宗教国家のシステムが、その反射的効果として生み出したのではないかと思うのです。

(参考文献)
文献1: 続葉隠/神子 侃/徳間書店/1977