文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 101 遊びとは何か(その1)/ビー玉

このブログは文化が生まれるプロセスを考える所から出発しました。No. 1からNo. 24におきましては、言葉から始まり、物語、呪術、シャーマニズムなどを積み上げ、やがて宗教に至るという歴史主義的な検討を行いました。そして、そのプロセスにおいて、文学、絵画、音楽などの芸術が生まれた。例えば、絵画の起源は、狩りの様子を描いた洞窟の壁画であって、これは実際の狩りが成功することを願って、つまり呪術の一様式として描かれたという説をご紹介しました。今でも、それはそうなんだろうと思うのですが、それだけでもないような気も致します。何か、文化を生み出す力の源泉とでも言いますか、原動力としての“遊び”があったのではないか。

 

“遊び”とは取るに足らないもので、顧みる価値などないのかも知れません。しかし、人間はその歴史を通じて“遊び”を愛してきた。勉強をしたり、働いたりするよりも、“遊び”の方が楽しいと感じてきた。そして、無数の遊びを考案してきたという事実があります。そうしてみると、遊びとは何か、一度考えてみる価値があるのではないか。そう思って、いつもの本屋へ出掛けたのですが、幸い、若干の参考文献が見つかりました。現時点で、私に何らかの確信がある訳ではありませんが、参考文献の力も借りながら、少し“遊び”について考えてみたいと思います。

 

ところで、私が初めて夢中になった遊びはビー玉でした。小学1年か2年の頃だったと思います。地面に直径数センチの穴を直線上に3つ掘る。それぞれの穴の距離は、2メートル弱だったように思います。遠い方からA、B、Cとしますと、まず、Cの手前に立って、Aを目がけてビー玉を放り投げます。穴から遠い方の人から、順にビー玉をはじいてAを目指します。

 

ビー玉のはじき方は、2通りありました。まず、右手親指と中指(爪の側)の間にビー玉を挟み、中指で押し出すというやり方が一つ。次に、ビー玉を右手中指(腹の側)と親指の間に挟んで、親指の爪ではじき出すというやり方もありました。こちらの方が、次第に主流になっていきました。さて、無事Aの穴に入れると、順にB、Cの穴を目指し、次にB、Aと戻って来る。つまり、一往復するんです。すると、そのビー玉は鬼になる。鬼になった後で、他の競技者のビー玉にぶつけると、そのビー玉が自分のものになる。負ければ自分のビー玉を取られてしまうので、それは結構、必死になって遊んだものです。

 

それにしても、良くできたルールだなと、今でも思います。

 

私が住んでいた地域で何故、ビー玉が流行ったかと言うと、ある日、誰かが団地の日陰になっている所に、3つの穴を掘ったんです。その大きさと言い、距離と言い、それはもう申し分のないものだった。そこに子供たちが集まるようになって、ビー玉が流行ったんです。そこは、子供たちにとって社交場のような場所でした。大体、ポケットにビー玉を2つか3つ忍ばせて、子供たちがやって来る。初対面の相手でも臆することなく「ビー玉やろう」と言って、遊び始める。子供というのは相手の名前なんて、聞かなくてもいい。また、遊んでいて相手の持っているビー玉を全部取り上げてしまうと遊べなくなる。仕方がないので、一度、取ったビー玉を相手に返して、また遊ぶ。そんなことをしていたような気がします。

 

しかし、雨も降れば、風も吹く訳で、やがて地面に掘った穴はその縁から崩れていったのです。そしていつか、子供たちはその場所に集まらなくなった。

 

さて、私を含め、遊んでいた子供たちはビー玉から、何かを得たでしょうか。残ったものは思い出だけでしょうか。まだ、その答えを述べるのは早計に過ぎるように思います。ただ一つ言えるのは、大人たちとは隔絶した世界が、そこにあったということです。学校へ行けば先生がいる。家へ帰れば親がいる。しかし子供たちは、ビー玉を通して、そんな大人たちに干渉されない自分たちだけの自由な空間を作り上げていた。こんなことも、遊びの効用かも知れません。