文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 103 遊びとは何か(その3)/打ち捨てられたもの

今朝、少し遅い時間に目覚め、そして、突然ひらめいたのです。遊びとは、打ち捨てられたものから始まるのではないか。

 

例えば、こんな話があります。アメリカの黒人は、かつてブルースという音楽を発明しました。それが発展して、やがてロック・ミュージックが生まれた訳です。そして、ブルース・ギターの奏法の一つにボトルネックというものがあります。通常ギターを弾く時には、左手でギターの弦をネックに押さえつけて、右手で弦を弾きます。しかし、このボトルネックという奏法では、左手の小指などを割れた瓶の飲み口に差し込み、その瓶の飲み口の部分を弦の上でスライドさせるんです。すると繋ぎ目なく、音をスラーさせることができる。また、特にエレキギターでこの奏法を用いた場合には、太い音が出るんです。このボトルネック奏法が、ブルースに豊かな色彩を与え続けてきたことは、間違いありません。それどころか、その後のロックギタリストも、この奏法を踏襲しています。有名なところではエリック・クラプトンジェフ・ベックジミー・ペイジなど、皆この奏法を使っています。(ボトルネックの名手と言えば、個人的にはジョニー・ウィンターだと思いますが!)

 

さて、この奏法がどうやって生まれたかと言うと、それはアメリカの黒人の誰かが、酒場の片隅かどこかに打ち捨てられていた酒瓶を見て、まず、その飲み口に指を突っ込んでみた。そして、それでギターを弾いてみたとしか言いようがありません。色々な瓶を割って、試してみたのでしょう。割ったままでは危険なので、切り口をコンクリートか何かに擦りつけて丸みを持たせたりしたのだと思います。(ちなみに、今ではボトルネック奏法専用の器具が販売されています。)

 

そう言えば、ビー玉の名前の由来ですが、こんな説もあります。かつてビー玉はラムネの瓶に入れることを目的として生産されていた。そして、規格に合格したものをA玉と呼び、規格外の不良品をB玉と呼んでいた。このB玉が子供たちの遊び道具になった、というものです。

 

また、このブログでも何度か取り上げました文化人類学レヴィ=ストロースは、その著書「野生の思考」の中で、ブリコラージュということを述べている。どういうことかと言うと、まず、現代人は完成された規格品ばかりを用いているから、そこから生まれるものも完成されてはいるが、それ以上発展しない。だから、近代以降の文明は行き詰まってしまったのである。他方、未開人は身の回りにある“ありあわせ”の物を使って、何かを生み出そうとする。そこから生み出される物はいつまでたっても未完成であり、変化をし続ける。レヴィ=ストロースは、こういう文明批評を行った訳ですが、この“ありあわせの物”を使って何かを生み出すという行為をブリコラージュと呼んでいたように記憶しています。

 

ここまで考えますと、ある仮説に行きつきます。まず、“打ち捨てられたもの”若しくは身の回りにある“ありあわせの物”がある。そこから、遊びが生まれる。遊びが体系化され、普及すると、それが大衆文化となる。時には天才的な人が現われ、大衆文化を芸術の域にまで高める。そこまで行ってしまうと、それ以上の発展が望めず、その文化は衰退してゆく。

 

上記の仮説に従って、ジャズの歴史を考えてみます。

 

まず、アメリカ大陸にやって来た白人の軍楽隊があって、彼らが古くなったり、壊れたりした楽器を廃棄した。これを黒人が拾い集めて遊び始める。もともと楽器が壊れているので、正確な音が出ない。そのため不協和音が生じ、フォービートと呼ばれるリズムと相まって、初期のジャズがニューオーリンズで誕生する。やがて、ジャズは全米に広がり、大衆文化として普及する。するとマイルス・デイビスという天才が登場し、ジャズを芸術の域まで高めた。マイルスの演奏を聞くと、「ああ、もうこれ以上はないな」と多くの人たちが納得してしまった。1991年にマイルスが死去すると、その時からジャズは急速に衰退して行った。

 

上記の仮説を、箇条書きにしてみます。

 

1.打ち捨てられたもの

2.遊び

3.大衆文化

4.芸術

5.衰退

 

ビー玉から始めた今回のシリーズですが、もう少し続けてみましょう。