文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 105 遊びとは何か(その5)/ 狩猟採集民の遊び

No. 102の記事で、遊びの種類について述べましたが、どうも種類が多く、まだ、本質が見えて来ないように感じます。ビー玉を例に取って考えますと、その構成要素は3つある。第一にビー玉という遊具、第二に地面の穴なり枠組みなどの場所。第三に、ルールというものがある。なるほど、遊びの本質は、任意に策定されたルールにあるのではないか。こう考えますと、野球も、サッカーもそうなんですね。野球のボールという遊具があり、野球場という場所があり、そしてルールがある。しかし、ルールのない遊びもある訳です。駒遊びというのは、駒が回るから楽しい。凧揚げというのは、凧が上がるから楽しい。それだけなんですね。

 

そんなことを考えながら「遊戯の起源」(文献1)を読んでいたところ、面白い記述に出会いました。まず、「悲しき熱帯」という本の中でレヴィ=ストロースは、ブラジルの狩猟採集民について、次のように述べています。

 

「ナンビクワラ族の子供たちは遊びを知らない。ときどき彼らは、藁を巻いたり編んだりして何かを作るが、それ以外の遊びといえば、仲間同士で取っ組み合いをしたり、ふざけたりするだけで、あとは大人を真似たような日々を過ごしている」。

 

これに対して、「遊戯の起源」の著者である増川氏は、次のように反論しています。

 

「遊びを知らないのでなく、ヨーロッパ人の視点から、「競争していない」ので、遊びと認識しなかったのであろう。実際に子供たちは猿や鶏の動作や鳴き声を真似して遊んでいたようである。(中略)その頃の狩猟民の間では、人と人との競争関係はなく、収穫は平等に分けあっていた」。

 

上記の説明は、以前、このブログに書きました私の考え方と一致するのです。すなわち、狩猟採集を行っていた時代、人類は縄張りというものを持たなかった。従って、人類同士で争うこともなかった。また、狩猟採集によって得られた食物は保存できなかったし、皆が生き延びていくため、食物は比較的平等に分配されていた。例えば、縄張りを持たないゴリラなどは、未だにそうやって暮らしている。やがて、人口が増加し、狩猟採集だけでは食料を賄い切れなくなる。そして、人類は農耕、牧畜を始める。この農耕とは、土地を占有することであり、動物の世界における縄張りと同じものを人類も持つことになった。そして、人間同士の戦いが始まる。

 

このように考えますと、戦ったり、競争したりする遊びというのは、人類が農耕作業を始めた後に生まれたのではないか、という仮説が成り立ちます。

 

ついでに申し上げますと、演劇系の遊びというのは、人間が動物の真似をするところから始まったのではないでしょうか。そこから、祭祀へと繋がっていったような気が致します。

 

(参考文献)

文献1:遊戯の起源/増川宏一平凡社/2017