文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 109 遊びとは何か(その9)/近代の遊び

第二次世界大戦に敗れた日本では、大変な混乱が生じた。何しろ、広島と長崎に原爆が投下され、東京も焼野原になった。日本にやってきた米兵の行いも酷かったようです。「占領軍であった米兵の強姦、強盗、窃盗、略奪は、米軍上陸直後から多発した」そうです。また、「中国人は戦勝国の国民であり、朝鮮人日本帝国主義から解放された人たち」となりました。(文献1

 

ネットの情報によれば、当時、日本の警察が弱体化していたのをいいことに、在日朝鮮人穀物倉庫から食料を略奪するという事件が相次いだ。警察もこれを取り締まれない。怒ったヤクザの親分さんが、これらの朝鮮人を成敗したこともあったそうです。そんなこともあってか、未だにヤクザはいい人だと主張する日本人も少なくないようです。ヤクザの親分さんがいるからこの地域は平和なんだとか、飲み屋ではそういう話を聞くことがあります。

 

そんな中で、最初に遊び始めたのは、やはり子供たちだった。缶蹴り、ビー玉、メンコ、べーゴマなどが普及していった。一方、大人の世界はと言うと、力道山がアメリカで学んで日本に持ち込んだプロレスが大ブームとなる。当時のプロレスを支えたのは、主に、力士出身者と柔道家だった。最初の熱狂は、元力士の力道山と柔道家木村政彦の対戦だったようです。(文献2)写真で見たことがあるのですが、当時、街頭テレビというのがあって、その前にとんでもない数の人々が集まっている。それ位、人々は熱狂してたんですね。他に然したる楽しみ、遊びはなかったのだと思います。街頭テレビの時代から、徐々に白黒テレビが家庭に浸透する訳ですが、それでもプロレスの人気は衰えることがなかった。力道山は、朝鮮の出身者ですが、そのことは極秘にされ、皆、日本人だと信じていた。そして、日本人である力道山が、体の大きな外国人レスラーを空手チョップでやっつける。こういう構図が成り立って、人々は熱狂したんです。

 

テレビの普及が進むと、次第に「遊びの職業化」ということが起こってくる。テレビ番組を作るためには、歌手、役者、芸人などの需要が飛躍的に高まったものと思います。中世、例えば江戸時代にもそういう人たちはいましたが、何しろ、生で演じる以外に方法はなかった。従って、それを楽しめる人の数というのは、極めて限定的だったはずです。それがテレビとなると、同時に多くの人々が楽しむことができる。そして一般国民は、テレビを通じてそれら芸能人が作り出す遊びの世界を見るようになった。従って、近代の人たちは、自らの発想力を駆使して遊びを作り出す、ということをしなくなったような気がします。テレビを見るというのは、あくまでも受動的な行為だと思うのです。しかし、それも無理のないことだったと思うのです。当時の人たちは、あの焼野原から、高度経済成長の時代に猛烈に働き、今日の日本の繁栄を作り出したのですから。多分、遊んでいる余裕は、あまりなかったに違いありません。

 

テレビと並んで日本人の遊びの質に影響を与えたのは、自動車だと思います。自動車はその利便性のみならず、移動すること自体が楽しい。遊園地のジェットコースターなどを含め、“身体感覚系”の遊びが発生したのも近代だと思います。

 

ところで、この近代という時代を振り返ってみますと、人々は夢を見て、夢に破れた時代ではないかと思うのです。例えば日本人は、大きな冷蔵庫があって、クルマがあって、自宅にプールがあるようなアメリカ人の暮らしぶりを知り、いつか自分たちもそういう生活をしたいという夢を持った。そして、テレビ、冷蔵庫、洗濯機が三種の神器などと言われた時代だった。確かに、それらはやがて自分たちの手に入りましたが、どうもそんなに楽しい暮らしにはならない。満員電車に揺られて通勤するサラリーマンの生活というのは、希望の持てるものではなかった。士農工商という身分制度はなくなりましたが、今度は学歴社会になり、母親たちは子供の教育に心血を注ぐようになった。社会主義思想というのも、一つの夢だった。その夢も急速に萎んでいった。団地ができて、マンションができて、人々の関係性も希薄になっていった。そんな風潮が、昭和の演歌を生んだのではないでしょうか。そこには、孤独と向き合う人間が描かれている。生活に疲れ、競争に疲れ、夢破れた人たちが演歌を聞き、自分たちの孤独と向き合ったのではないか。映画の世界も同じで、高倉健が男の哀愁を表現し、渥美清が男の切なさを演じた。しかし、例えば演歌を聞いていた人たちのメンタリティというものを考えますと、彼らは決して、孤独が嫌いではなかったような気がするのです。孤独を楽しんでいたという訳ではありませんが、孤独でいる自分を是としていたような気がします。

 

そして、ジャズの世界でも、同じようなことが言えるような気がするのです。ジャズのスタンダードに“聖者の行進”というのがあります。これは、明るくて、大人数で行進をする。そういう曲です。ジャズの起源というのは、そういう音楽だった。ジャズのそういうイメージを一気に転換したのは、1956年にマイルス・デイビスが発表した“ラウンド・ミッドナイト”だと言われています。その後ジャズは、都会の夜に、孤独な男が酒を飲みながら聞く音楽に変わったのです。

 

古代の人々の興味の対象は、自然だった。中世になり、人々の興味は人間に移った。そして近代になり、人々は自分自身、すなわち孤独と向き合い始めたのだと思うのです。

 

(参考文献)

文献1: 日本遊戯思想史/増川宏一平凡社/2014

文献2: 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか増田俊也新潮文庫/2014