文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 122 政治を読み解く7つの対立軸(その1)

ここ数日、日本の政治の世界から驚くべきニュースが立て続けに発生しています。昨日の安倍総理の都議選応援演説では、「安倍、辞めろ!」などのコールが、地鳴りのように響き渡っていました。そして、そこに籠池氏が100万円を持って参加している。なんともシュールな感じが致しました。但し、NHKのニュースでは、観衆の声は消されていたそうです。また、相変わらず下村元大臣は、献金を行った11名の氏名を明らかにする意向はなさそうです。

 

メディアの問題は別に考えるとして、まずは政治について考えてみました。そもそも、私自身の政治的な立ち位置というのは、どこにあるのか。世間では、右か左か、ということがよく言われますが、この問題は、そんなに単純ではない。そこで、現在の日本政治における対立軸というものを抽出して、それぞれの項目に対し、私の立ち位置というものを考えてみたのです。結果は、次の7項目です。

 

ロジック ― 感情

情報開示 ― 愚民政策

政策 ― 既得権保護

個人の尊重 ― 集団主義

弱者保護 ― 格差容認

ハト派 ― タカ派

資本主義 ― 共産主義

 

結論から言えば、私が支持している事項は、左に記載しています。皆様がご自身の立場をお考えになる上で、少しでも参考になれば幸いです。以下、項目順に述べます。

 

第1に、ロジックか感情かという問題ですが、これは加計学園の問題に説明し易い例があります。これを認可すべきか否か。ロジックで考えた場合には、いわゆる石破4条件というのがあって、これに適合するか否かで判断する。この点は、石破氏もそう主張しています。自民党の中にも、ロジカルな人はいるんです。他方、安倍総理は、全国展開すると述べている。これはもう、支離滅裂な訳です。そもそも、安倍総理という人はロジックで物事を考えていない証拠だと思います。ロジックに基づいて仕事をしてきていないので、それをロジックで説明することもできない。これが現状ではないでしょうか。加計学園の場合には、下村元大臣への不正献金疑惑が持ち上がっており、加計学園から安倍総理へのラインがあったのかどうか、それは分かりません。しかし、お金と関わらない部分でも、安倍総理の思考原理は“感情”にあると思わせる例があります。森友学園、籠池氏の件では、不正に献金を取得するのではなく、逆に、明恵夫人を通じて籠池氏に100万円を寄付したと言われています。だとすると、行動の誘因は、お金ではない。また、稲田防衛大臣の問題もあります。どう考えても資質のない彼女を何故、重要な役職に就かせたのか。

 

私は、感情の構成要素というのは、共感システム、コンプレックス、エゴイズムの3つがあると思っています。“共感システム”というのは、私の説であって、学術用語ではありませんが、これは共感を求め、それが得られれば強い連帯感が生まれ、反対に共感が得られなかったり失われたりした場合には、強く敵対するという仕組みのことです。そして、この共感システムが、安倍総理の思考、行動原理となっているように思うのです。更に安倍総理は、共感の得られる人だけを抜擢し、身の回りの役職などに就かせている。だから、森友学園問題、加計学園問題、山口敬之氏のレイプ疑惑など、登場人物のほとんどが、安倍総理のオトモダチなのではないかと思うのです。ひとたび安倍総理と共感を分かち合った人は、それはもう強い絆で結ばれる。しかし籠池氏のように共感が失われた場合には、冷酷に切って捨てられる。

 

例えば、原発の問題もあります。これは、以前の記事で、Risk Utility Balanceという考え方をご紹介しましたが、これに沿って考えるべきではないでしょうか。原発が抱えているリスクと便益を比較考量して、リスクが上回れば、これを認めないとする考え方です。現実に福島第一原発であのような事故が起こり、未だに廃炉の作業は難航している。日本は地震が多い。北朝鮮のミサイルや工作員などに狙われる危険性だって、ないとは言えない。他方、便益はと言うと、日本中の原発が停止していた時期にも、電力の供給は不足しなかった。自然エネルギーに関する技術革新にも期待が持てる。こう考えるのがロジックだと思うのです。

 

そもそも、政治というのは個人のものではない。集団の運営に関わるものです。感情によって、政治という社会システムを運営するのは、不適切だと思います。安倍総理だけの問題ではありません。選挙活動の際には、ロジックについては何も語らず、選挙民の感情に訴えるような主張ばかりが目立つように思うのです。これが1点目です。