文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 124 政治を読み解く7つの対立軸(その3)

3つ目の対立軸は、政策 vs 既得権保護 です。政党にとって最も大切なことは、正しい政策を立案して、それを実行することだと思うのですが、ほとんど政策を訴えない政党も、少なくありません。では、そういう政党にとって大切なのは何かと言うと、既得権の保護だと思うのです。

 

ところで、既得権とは何かと考えますと、つまるところ、補助金と許認可ではないでしょうか。例えば、農村、漁村などにおきましては、農協、漁協などの各種団体があって、政府や地方公共団体から補助金をもらっています。今年もらったのだから、来年ももらう権利がある。確かにそうですね。これが既得権です。ちなみに私は、このタイプの既得権には、ある程度、寛容です。日本の農業や漁業を守る。日本の食料自給率の維持、向上に努める。これは大切なことだと思います。また、農村、漁村において、それらの既得権者が自民党に投票する。これもある程度、仕方のないことだと思っています。

 

他方、私が疑問に思っているのは、許認可に基づく既得権の方です。ちょっと、風が吹けば桶屋が儲かる式の話で恐縮なのですが、分かり難い法律が既得権を生む、という話をさせていただきます。

 

まず、日本の法律は分かり難い。例えば、独占禁止法ですが、その第19条には「事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない」と定められています。また、「不公正な取引方法」については、第2条に定義があって、大別すると6つの行為類型が記されているのですが、その6番目にはこう書いてある。「前各号に掲げるもののほか・・・公正取引委員会が指定するもの」。従って、更に公正取引委員会の告示というのを見なくてはなりません。そこには、例えば「排他条件付取引」というのが次のように規定されています。「不当に、相手方が競争者と取引しないことを条件として当該相手方と取引し、競争者の取引の機会を減少させるおそれがあること」。“何それ?”と思われた方、ご安心ください。ほとんど、誰にも分らないのです。結局、法律を読んでも分からない。ではどうなるかと言えば、この例で言いますと、関係省庁がガイドラインを公表している。この本を購入しなければ、独禁法のディテールというのは理解できないんです。

 

法律で一番上に位置するものは憲法ですが、その下に、例えば上記の例では、次の下位構造がある。

 

1.       独占禁止法

2.       公正取引委員会の告示

3.       ガイドライン(指針)

 

こういうのを法律の重層構造と呼びますが、日本では、この層が厚過ぎる。だから、日本の法律は、分かり難い。これはもう、意図的にそうしているとしか、思えません。そして、役所が何をするかと言うと、いわゆる独立行政法人のような団体を作り、そこに役人が天下る。そこで前述のガイドラインやその他の解説書を販売したり、有料の説明会を開いたりする訳です。私の知る限りでは、ほとんどの分野で、こういうことが行われています。独禁法というのは、全ての大企業に関係がある訳ですが、一部の業界のみを拘束する法律もあります。そのような法律も、分からないように書いてあり、分厚い重層構造になっているんです。法律では何も分からないので、結局、役所が判断することになるんですね。これが、許認可の存在理由だと思うのです。このように、分かり難い法律が、許認可制度と役人の天下り先を支えている訳です。

 

このような仕組みにあって、個別の企業ではなかなか役所と対等にやり取りすることが難しい。従って、業界団体というのを作るんです。そこを使って、役所との調整をしたり、役人を講師に招き、勉強会をしたりする。場合によっては、この業界団体も役所からの天下りを受け入れたりする。それでもうまく行かない場合には、業界団体が政権党に働きかけをするのだと思います。政権党が欲しがるのは、選挙の際の“票”と政治献金ですね。そして、政権党から役所に圧力を掛けてもらう。ここまですれば、万全です。この構造というのは、あたかもジャンケンのグー、チョキ、パーに似ています。役所は業界団体に勝つ。業界団体は、政権党に勝つ。そして、政権党は役所に勝つのです。また、この構図が無くならない理由としては、それぞれの当事者が以下のメリットを享受するからだと思います。

 

政権党・・・・票と政治資金

役 所・・・・天下り

業界団体・・・新規参入企業の抑止

 

かつて、日本の司法試験は、世界で一番難しいと言われていました。その理由は、それだけ日本の法律が発達しているからだと思っていたのですが、とんでもありません。日本は法律が分からないようになっているから、司法試験が難しいのです。現在、日本では司法試験に合格していないけれど、アメリカでは弁護士資格を持っている、という人が沢山います。英語で試験を受けなければならないというハンディを背負っても、アメリカの試験の方が簡単なのです。

 

このように考えてきますと、現在の日本が法治国家と言えるのか、疑問になってきます。 憲法があるので、そう呼べるような気もしますが、実態は許認可国家だと思うのです。森友学園加計学園の問題も、背景としては上述の許認可に関する構図があって、そこに国家戦略特区という新たな許認可制度を作って割って入ろうとしたところに、事件の発端があったように思います。ちなみに、加計の次は国際医療福祉大学だと言われており、民進党の疑惑調査チームが、既にその究明活動に着手しています。

 

日本を本当の法治国家にするためには、まず、法律を分かり易くすること。そして、そのためには、法律の重層構造のフラット化を図る必要があると思うのです。そもそも法律は、選挙によって選ばれた国会議員の決議によって制定されるべきです。役所が省令、通達、ガイドラインなどを交付して法律のディテールを決める現在のシステムには、納得できません。こんなところにも、古い官尊民卑という価値観が残っているように思います。

 

言うまでもなく、既得権を持っている団体の利益代表となっている政党というのは、特段の既得権を持っていない私のような一般庶民からすれば、何の魅力もありません。それよりも、政策を語る政党を支持したいと思うのです。