文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 126 政治を読み解く7つの対立軸(その5)

一昨日、加計学園問題に関する国会の閉会中審査が行われましたが、すっきりしません。一つ確実に言えることは、加計学園獣医学部に関する文科省の設置認可は下りていないということです。これは、来月末に判断されると言われています。しかし今治市は、今年の3月には37億円の土地を加計学園に無償譲渡しています。更に加計学園は、既に192億円の建設工事に着手しています。契約の詳細は分かりませんが、これはどう考えてもおかしい。文科省の認可が下りる前提で、土地の譲渡とか、建設工事が行われているとしか考えられません。これらの事項を追及するのであれば、加計孝太郎氏に加え、今治市の関係者を国会に呼んで証人喚問をするべきではないか。そうすれば、今治市が国家戦略特区に指定される9か月も前、すなわち本年の4月2日に官邸で持たれた面談の出席者やその協議事項などを明らかにできるのではないか。まあ、そんなことは野党の皆様は百も承知のこととは思いますが・・・。

 

さて、本題に入りましょう。5つ目の対立軸は、個人の尊重 vs 集団主義ということになります。

 

個人の尊重と言いましても、これがなかなか難しい。しばらく前に、漫画家の楳図かずお氏が、住宅街の真ん中に赤と白のストライプが入った、ド派手な家を建てた。これは街の景観を害するということで、近隣の住民が訴訟を起こしました。楳図氏の職業が漫画家であることを考えますと、家そのものが作品であり、表現行為の一種であるとも考えられます。一方、そんな家を建てられては困るという住民の気持ちも、分からない訳ではありません。この件は、個人対個人の問題であった訳ですが、このような場合は、双方の利害を比較考量して結論を下すしかありません。ちなみにこの件では、楳図氏が全面勝訴したようです。

 

次に、“個人 集団”の利害対立はどうなっているでしょうか。一般に共謀罪法と呼ばれる法律(組織犯罪処罰法)が、昨日施行されました。これは、罪に着手する以前の内心を処罰の対象とするもので、刑法の一般原則に反するという意見がありました。更に、犯罪集団の定義が曖昧だとの批判もありました。やはり、日本の法律は曖昧で分からないようになっている。この法律などは、その典型かも知れません。そして、その曖昧さというのは、お役所(本件では、警察)の裁量の余地を広くするものです。

 

ところで、私たちのプライバシーというものは、法律で保護されているでしょうか。この点、私は甚だ疑問であると考えています。まず、個人情報保護法で守られているとお考えの方もおられるかも知れませんが、そんなことはありません。この法律で保護の対象となっているのは、個人を特定する住所、電話番号、その他の情報であって、プライバシーが保護されている訳ではないのです。住所や電話番号などよりも、プライバシーの方が重要だろう、とツッコミたくなってしまいますね。よく、企業のHPの一番下の辺りにプライバシー・ポリシーという記載があります。これも正確には、個人情報保護方針というもので、厳密には、プライバシー保護に関する方針を定めたものではないのです。

 

加計問題に絡んで、前川(前)事務次官の出会い系バー通いが報道されましたが、これは前川氏を貶めようとした官邸が、警察組織を使って前川氏を尾行させていたとしか考えられません。ショッキングな話です。何かあれば頼りにしたい。一般国民にとって、その最たる組織が警察ではないでしょうか。暴漢に襲われたらどうしよう、ドロボーに入られたどうしよう。私たちがそんな時に助けを求めることができるのは、警察をおいて、他にありません。その警察が政治的な目的で、ある個人を尾行していた。ましてや、その情報を読売新聞にリークして、記事に書かせる。前述の共謀罪法と相まって、これはもう私たち一般国民のプライバシーというのは、危機的状況にあるのではないか。安倍政権は、特定秘密保護法とか、共謀罪法など、国家側の力を強める法律には積極的なのですが、個人を守る側の法律というのは、一向に出て来ない。本来であれば、プライバシー保護法というものを制定すべきではないでしょうか。

 

また、以前は個人の意図に反した組織ぐるみ選挙というものもありました。取引先や親会社の要請に従って、企業ぐるみで選挙に協力させられるとか、労働組合からの圧力によって意に反する選挙活動をさせられる。そんなこともありました。もし、今でもそんな悪習があるのであれば、直ちに止めるべきだと思います。

 

更に、経団連の企業献金という問題もあります。個々の企業が政治家に献金をした場合であって、かつ、口利きがありますと贈収賄になります。そういうリスクを回避するために、個々の企業から経団連が資金を集めて、政治団体に献金をしている。そして、政権党が企業に都合の良い法律や政策を作る。こういう仕組みなんですね。その本質を考えますと、これは体のいいマネーロンダリングみたいなものではないでしょうか。そういう批判があって、事実、民主党が政権を取った2009年には、一度、廃止されたんです。それが2014年に復活されてしまった。ちなみに、2009年以前には、年間100億円程度の献金があったようです。そういうことを止めようという趣旨で、政党交付金が支給されているはずです。そもそも、企業に働く従業員の全員が、政権党を支持している訳ではありません。当然、共産党を支持している方もおられる訳です。そういう一般従業員が汗水垂らして働いたおかげで、企業は利益を得ているにも関わらず、一般従業員の意向とは全く関係のないところで、献金が行われるという実態は、個人を尊重していないことにならないでしょうか。

 

このように考えますと、個人の意思に反した組織ぐるみの選挙活動を行っていたり、経団連などから多額の企業献金を受け取ったりしている政党には、投票したくないと思うのです。