文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

お詫び

誠に申し訳ありませんが、前回の記事は、撤回させてください。

 

40日も休んで、万全を期して再開したはずの記事でしたが、なんと初回からくじけてしまいました。既にお読みいただいた方々に対しましては、衷心よりお詫び申し上げますと共に、今後は一層注意を払って、原稿をアップさせていただく所存です。

 

前回の記事におきまして、私が表現したかったことは、個体と集団との間には、厳しい相克がある。個体の利益と集団の利益の間には、超えることのできない矛盾があり、それが人間の本質的な課題であって、この問題は野生動物(ライオン)の段階から、既に発生していたはずだ・・・ということでした。しかし! 考えれば考える程、個体としてのライオンと、集団(プライド)の間には、利益の相反関係なるものが、存在しない。その理由は、集団の規模として、ライオンのプライドというのは、人間社会に照らして言えば、血縁関係、直接的に言えば、”家族”に近いからではないか、と思うに至りました。人間の家族集団におきましても、個人の利益と集団の利益というものは、多くの場合、一致している。家族のために父親(ボスライオン)は骨身を削って働き、母親は往々にして、自分が食べる前に子供たちに食事を与える。だから、個体と集団の間に利害の対立というものは生じない。そう考えるべきだと気づきました。

 

個体の利益と集団の利益の間に対立が生ずるのは、血縁集団よりも大きな集団において、初めて発生するのではないか。

 

なるべく早く、訂正版の初回原稿をアップ致します。重ね重ね、申し訳ありませんでした。