文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 127 集団スケールと政治の現在(その1)

では、気を取り直して、再開してみます。

狩猟・採集を生業としていた時代から、人間は集団で暮らしてきました。言葉を覚え、道具を発明したとは言え、人間が野生動物と闘うためには、集団を形成する必要があったからです。

やがて人間は定住し、農耕作業を行うようになります。更に、通信や交通の手段が発達するにつれ、人間集団の規模も飛躍的に拡大してきたものと思われます。そして、その大きさによって集団の持つ特質、歴史的な背景などを整理してみると、見えて来るものがきっとあるはずだ、と思うのです。そこで、私なりに人間集団をその規模に応じて分類してみたのですが、結果は次の通りです。

1. 個人
2. 血縁集団
3. 帰属集団
4. 組織集団
5. 民族
6. 一神教イデオロギー
7. 民主国家
8. グローバリズム

今回のシリーズは、まず、上記の分類について、その文化的な背景などをご説明し、続いて、この分類方法に基づき、現在の政治状況について考えてみようというものです。ちょっと、無謀かも知れませんね。ちょっと、私にはテーマが重過ぎるかも知れません。それは承知しているのですが、肩の力を抜いて、軽い気持ちでチャレンジしてみたいと思うのです。皆様も、「ちょっと、そこは違うんじゃないの」とか疑いながら、原稿を楽しんでいただければ幸いです。

こんな時、ミック・ジャガーの言葉(歌詞)を思い出したりします。

You can’t always get what you want, but if you try sometimes you might find you get what you need!

さて、人間の最小単位は、個人です。しかし、この個人というものは、血縁集団の中では、あまり明確に認識されない。ライオンの集団であるプライドについて考えてみて、良く分かりました。プライドの中のメスライオンは、互いに血縁関係がある。そして、そのプライドを乗っ取ったボスライオンが、そのプライドに属する全てのメスライオンを支配するんですね。一夫多妻制ということです。人間の一夫一婦制とは異なりますが、明らかにこれは、家族と呼んでも良い集団だと思います。そして、家族の中では、家族という集団とその構成員である個体との間に、利害相反は発生しない。ライオンの家族が、巨大なキリンに挑んでいく。キリンも後ろ足を蹴り上げて、必死に抵抗する。キリンのキックを受けてしまえば、ライオンといえども死の危険にさらされる。それでも、リスクをおかして、母親ライオンも父親ライオンも果敢に挑み続ける。ライオンの家族というのは、運命共同体なんですね。ここでキリンを仕留めなければ、餓死してしまうかも知れない。そんな時に、「私は怖いから嫌だ」などと言ってはいられない。自分が生き残ることと、家族が生き残ることとは、同意義なんだと思います。最近はいろいろあるようですが、基本的には、ライオンのプライドと人間の家族は、同じだと思うのです。

集団を構成する個人(個体)と集団の利益の間に相反関係が生ずるのは、もう一つ大きな単位、すなわち帰属集団を想定する必要があると思うのです。