文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 129 集団スケールと政治の現在(その3)

 

(集団スケール一覧/本稿に関係する部分のみ)
1.個人
2.血縁集団
3.帰属集団・・・顔と名前が一致する範囲。

もう少し、帰属集団について考えてみます。

今は大阪に住む友人のMさんから、連絡がありました。東京に行くついでがあるから、久しぶりに浅草で飲もうということになりました。約束は雷門に13時でしたが、早目に到着した私は、人出の多さに驚きながら、喫煙所を探しました。しかし、なかなか見つからない。5月21日のことでしたが、とても暑く、汗が噴き出して来ました。私は、煙草の吸える喫茶店を探して、一息つくことにしました。カウンター席に座って、アイスコーヒーを飲みながら、店の女店主と世間話をしました。聞けば、その日は年に一度の“三社祭”で、人出が多いとのことでした。

時間通りに雷門でMさんと落ち合い、私たちは、居酒屋を探すことにしました。しかし、どこも満員なのです。そのうち、私はあることに気づきました。どこの店にも、揃いのハッピを着た一団が陣取っている。捩りハチマキをしている人も少なくありませんでした。間違いなく、彼らは朝から飲んでいる。仮に、2人分の席が空いていたとしても、とても入って行けるような雰囲気ではありません。十数軒見て回ったところで、私たちは諦めて、上野に移動することにしました。再び、人込みでごった返す雷門の前を通って、地下鉄の駅を目指したのです。歩行者天国となった目貫通りには、何台かの神輿(ミコシ)がうごめいて見えました。フンドシ姿のおっさんなども、目に止まりました。私は、一刻も早く、その場を立ち去りたいと感じました。

揃いのハッピを着た一団の人々、彼らが日本の伝統的な帰属集団だと思うのです。

村落共同体などと言えば、日本の田園風景が目に浮かび、そこはかとないノスタルジーを感じます。しかしその実態は、そう甘いものではないような気がするのです。確かに、道で擦れ違う人は、全て縁者か知人で、挨拶をする。例えば、農作業は互いに協力する。漁村であれば、協力して市場を運営する。困ったことがあれば、助け合う。そういう、互助会的な機能があったのだろうと思います。しかし、帰属集団としての村落共同体がその威力を発揮するのは、祭りと冠婚葬祭ではないでしょうか。このブログの言葉で言えば、“祭祀”ということになります。

日本の伝統的な帰属集団のあり方を想像してみますと、例えば、その帰属集団を保護するための神社を共同で所有している。そもそも、神社の建立費用も、その帰属団体によって負担されている。費用を支出した人たちの名前は、石碑か何かに記録されており、その集団の結束力を示している。神輿なども共同所有していて、それは神社の境内の片隅にある建物に保管されている。祭りには揃いのハッピを着て、積極的に参加しなければならない。結婚式にも独自のしきたりがあり、それは厳格に遵守されなければならない。結婚前の同棲などはもっての他で、今どきのデキちゃった婚などをすれば、すぐに後ろ指を指されてしまう。

葬式となれば、仏教が出てくる。その昔、戸籍は完備されていなかった。そのため、役所に代わって戸籍を管理するのが、お寺の役割だった。お寺の側としては、顧客の囲い込みが必要な訳で、そこから檀家制度という、なかなか逃げられない仕組みができたのではないでしょうか。

つまり、アニミズム、呪術、祭祀、宗教へとつながる一連の精神史があると思うのですが、それを支えてきたのが、帰属集団ではなかったのかと思うのです。宗教の関係者の側からすれば、帰属集団こそ、その信者を獲得するためのターゲットだったのではないか。

ちょっと余談になりますが、こんなことを考えておりますと、フーテンの寅さんのことを思い出します。寅さんの心情としては、葛飾柴又にある帰属集団に、自らも帰属したいと願っていた。しかし、寅さんは帰属集団の価値観に反して、定職についておらず、結婚もしていなかった。そのため、結局、葛飾柴又の帰属集団は、寅さんを受け入れない。妹のサクラが、なんとか寅さんと帰属集団の関係を取り持とうとするが、結局それは叶わず、寅さんは旅に出る。こういう物語なんだと思います。しかし、映画を見て涙していた昭和の庶民というのは、明らかに葛飾柴又の帰属集団の側ではなく、寅さんの側にシンパシーを感じていたんですね。平たく言えば、故郷を失って彷徨い始めた昭和の庶民の心情を、寅さんは良く表現していたのではないか。

脱線ついでに、もう一つ。最近、芸能人や政治家の不倫問題が頻繁に報道されています。私と致しましては、そこまで厳しく追及しなくてもいいじゃないか、もっとプライバシーに配慮すべきではないかと感じます。確かに不倫というのは、配偶者に対する裏切り行為であり、これは非難すべきことだと思います。民法にも、そう書いてあります。しかし、最近の報道を見ますと、その底流には“許せない!”という感情が見て取れます。それは、昔の“村八分”を支えた感情と同じではないか。もっと寛容であっても良いのではないか。あの人は不倫をした、だから許せない。そういうことばかりを言っていると、確実に、私たちの社会は息苦しくなると思うのです。