文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 133 集団スケールと政治の現在(その7)

 

(集団スケール一覧/本稿に関係する部分のみ)
1.個人
2.血縁集団
3.帰属集団・・・顔と名前が一致する範囲。
4.組織集団・・・職業別団体、宗教団体、集票ターゲット
5.民族・・・天皇制、宗教国家

 

参考文献(文献1)によれば、現在、各宗教団体は苦境に立たされているようです。まず、血縁としての仏教がある。「〇〇家の墓」とあるように、仏教団体は血縁を基礎とした葬儀を取り仕切ってきた訳ですが、近年では宗教色を排除した葬儀が人気を博している。散骨なんかもそうですね。葬儀の形態というのは、多様化、簡素化が進んでおり、これは仏教団体の活動量の縮小を意味している。次に、地縁としての神道がある。居住年数の長い者は、氏神様への信仰も厚いが、人員の移動、都市化が進むにつれ、その信仰が薄れていく傾向にある、とのことです。

上記の理由に加え、帰属集団の弱体化が進むにつれ、若者の宗教離れも起こっている。宗教団体というのは組織的に運営されていると思うのですが、それを若者が嫌っている、若しくは組織に適合できない若者が増えている、というのです。更に、宗教の重要な役割の一つに病気の治療ということがありますが、今は、病気になれば大半の人が病院へ行く。結果として多くの宗教団体で、信者の高齢化という問題が起こっている。

あと10年もすると日本の宗教団体の状況は、一変しているかも知れません。歴史的に見ましても、現代という時代は、大きな変化点にあるような気がします。

さて、組織集団よりも大きな集団として、“民族”を挙げることができると思うのです。日本で言えば、聖徳太子の時代まで遡ることになります。当時は、武力集団としての豪族がいて、ある程度の官僚組織もあった。また、大陸との交流もあり、聖徳太子は自分たちの民族で、まとまるべきだと考えたのだろうと思います。宗教国家の誕生です。そして、その頂点に君臨したのが天皇でした。

天皇制というのは、今日におきましても神道(宗教)の側から、そして右翼(政治)の側から、熱狂的に支持されています。彼らの主義、主張とはどういうものか。私なりに検討してみたのですが、どうも彼らにはロジックの積み重ねというものは、なさそうなんです。それどころか、ロジックというものを否定しているんですね。全てのロジックは、自己弁護に過ぎない、と言っている人もいます。では、彼らを支えているものは何か。それは、メンタリティではないか。

では、右翼の人たちのメンタリティについて、そのモデルを以下に提示致します。なお、1番から5番までは、No. 129の記事に掲載致しました昭和の暴走族に関する記述と同じです。

1.帰属集団からの疎外
2.新たな帰属集団の結成
3.伝統的な価値観を踏襲
4.集団と個人の依存関係
5.敵と味方を識別して集団で戦う
6.大義のために命を掛ける

安倍政権の閣僚の大半が加入していることで有名になった日本会議ですが、その中枢メンバーに影響を与えたと言われる三島由紀夫の自決事件を例に、上記のモデルを説明させていただきます。

(疎外という言葉には、マルクス主義実存主義が固有の定義をしているようですが、ここでは集団に帰属できない、集団との良好な関係を維持できない、という一般的な意味でご理解ください。)

まず、帰属集団からの疎外ということですが、もちろん暴走族と天才三島とでは、事情が異なります。三島は1925年生まれですから、終戦の年には、二十歳前後だったことになります。当然、彼の友人、知人たちの多くが戦争で命を失った。このことは三島にとって、ショッキングな出来事であったに違いありません。そして、三島はそれらの死んで行った仲間たちから疎外された、ということが考えられます。その後、三島は日本の文壇という帰属集団に属した訳ですが、三島の理解者は少なかった。若しくは、誰もいなかった。三島にしてみれば、周囲の作家や編集者が馬鹿に見えたのかも知れません。

そこで、三島は別の帰属集団として“楯の会”を結成し、自衛隊の真似事のような行動を開始する。この時点で、既に三島は死を覚悟していたのではないでしょうか。楯の会が採用した伝統的な価値観というのは、忠臣蔵や2.26事件にならったものと思われます。楯の会は、その構成員の帰属意識と貢献活動に依存し、その構成員は盾の会のメンバーであることによって、自らのアイデンティティを維持しようとした。三島は、自衛隊を敵として設定し、その市ヶ谷駐屯地に突撃した。そして、大義としての天皇陛下に命を差し出し、割腹自殺を図った。

三島が何故、そのような行動に出たのか。繰り返しになりますが、それをロジックで説明することは困難です。しかし、同じようなメンタリティを持った右翼の人たちというのは、現在におきましても、確実に存在します。このように見てきますと、右翼の人たちにとって天皇陛下は、自らの命を差し出すことさえできる大義として、唯一無二の存在だということが言えます。

(参考文献)
文献1: 社会学入門/盛山和夫 他 編/ミネルヴァ書房/2017