文化で遊ぶ

(旧タイトル:文化の誕生)

No. 141 集団スケールと政治の現在(その14)

 

1. 個人
2. 血縁集団
3. 帰属集団
4. 組織集団・・・・・・・・・・韓国
5. 民族
6. 一神教イデオロギー・・・・中国
7. 民主国家・・・・・・・・・・アメリカ
8. グローバリズム

今回の衆院選につきましては、どの党がどれだけ議席数を獲得するか、総理が誰になるのか、という点がポイントになる訳ですが、私は別の興味も持っています。それは、民進党参議院議員の動向です。今は、選挙に向けて各地に散らばり、必死に選挙戦を戦っていますが、選挙が終われば、東京に集まって今後の方針を論議することになります。前原氏のシナリオでは、全員が希望の党へ合流するということでしょうが、果たしてそうなるでしょうか。50人近くの議員がいる訳で、中には立憲民主党へ行きたいという人もいるはずです。そもそも、踏み絵を踏ませて“排除”するような政党には行きたくない、と思っている人も少なくないでしょう。これは、楽しみですね。旧民進党のグループが希望の党を乗っ取るか、はたまた希望の党が分裂するか。今回、無所属で出馬している人たちを含め、色んな動きがありそうですね。

 

さて、本論に入りましょう。今回は、集団スケールの一覧に基づき、私たちに比較的身近な外国の状況を考えてみます。

 

まず、韓国。韓国の大統領は、任期中、若しくは任期終了後に逮捕されるという不思議な現象が続いています。中には、大統領を降りてから自殺した人までいるようです。パク・クネ氏は任期中に収監されましたが、その際の裁判などは、国民の意向を斟酌して公正な判決は下されなかったという説もあります。してみると、韓国は未だ民主国家、法治国家の域には達していない。韓国の主な宗教は、儒教だと思われますが、これは強固な主張を持っておらず、アニミズムに近いように思います。すなわち、一神教イデオロギーもない。次に小さな集団スケールは“民族”ということになりますが、朝鮮民族は南北に分断されているため、民族主義で国をまとめることはできません。強いて言えば、サムソンなどの旧財閥系の組織集団があるだけだと思うのです。経済もうまく行っていないし、北朝鮮からの挑発もひっきりなしです。これは、かなり悲惨な状況にある。こういう事情が背景にあって、韓国の国民のメンタリティを統合しているのは、“反日”しかないのではないか。日本の悪口ばかり言って腹立たしい限りではありますが、“反日”を止めたら、国のまとまりがなくなってしまう。それが、韓国だと思います。

 

次に、中国ですが、これは共産党一党独裁ということで、集団スケールとしては6番目のイデオロギーということになります。中国は多民族国家なので、民族主義によって、国家を統一することはできません。では、民主国家へ移行するというアイディアはどうでしょうか。北京や上海などの臨海部におきましては、経済水準も教育水準も高い。従って、この地域限定であれば、民主国家への移行も困難ではないように思います。しかし、中国には13億5千万人の人々が住んでいる。山間部までを含めて、一斉に民主国家へ移行するとなると、どんな政治家が選出されるのか、どんな法案が可決されるのか、はなはだ不安であると言わざるを得ません。ついこの間まで、中国では北京で発布された法律が、地方まで浸透するには相当時間が掛かると言われていました。法律を知らない退役軍人が弁護士をやっているという噂もありました。そうしてみると、中国が民主主義、法治国家へ移行するためには、まず、教育や社会システムの合理化から着手する必要がありそうです。

 

では、アメリカはどうでしょうか。アメリカは立憲主義、民主主義の国です。2大政党制も機能しています。そもそもアメリカは、移民による多民族国家だったので、とにかくルールを決めて、合意を形成していくという方法しかなかったようにも思えます。また、アメリカでは、宗教、主にキリスト教ですが、これを信仰している人の割合は、ヨーロッパよりもかなり高い。そういう統計が出ています。これは、国家としての歴史が浅いことと、関係しているような気がします。また、民族という観点から言えば、民族の数が多過ぎて、これは人々を識別する基準たり得ない。同じ白人でも、元をたどればドイツ系だ、フランス系だということになってしまう。そこで、民族ではなく、人種、すなわち肌の色で人々を差別するという悪習が残っている。最近も、白人至上主義者のデモが、リベラリストの集団と衝突したというニュースがありましたね。白人至上主義とは、なんて時代錯誤な発想なんだろうと思いますが、彼らにはこういう主張があるようです。すなわち、就職でも、社会保障でも、黒人を守る法律が沢山あって、黒人は守られている。他方、白人である自分たちは、不景気で職に就くのもままならず、差別されている。これって、日本でヘイトスピーチをしている人たちの主張と、似ているんです。日本では、在日韓国人生活保護費などを認定され易い仕組みがあって、他にも法律上優遇されている。よって、日本人である自分たちは差別されている。やはり、民族主義、人種差別を行う人たちのメンタリティとしては、背後に“疎外”の問題があるのではないか。

 

話を戻しましょう。集団スケールで考えますと、韓国には多様性がない。他方、アメリカの場合は、あらゆるスケールで集団が存在している。多様性がある、と思うのです。この点を整理してみますと、人間社会というのは、その集団スケールを拡大する方向で進化していて、かつ、スケールの小さな集団もなくなる訳ではない。すなわち、人間社会の進化というのは、集団のスケールを大きくすると共に、その多様性を増して行く方向で、進化しているのではないか。人間社会は、ある方向性を持って進化している。

 

大変な問題にぶつかってしまいました。ただ、この点について論じた先人は、少なくない。先人たちは、この問題を例えば“歴史的必然”と呼んで来たのではないかと思うのです。ある方向で人間社会が進化する。それは、歴史的な必然だったのだ、と。そして、昔の人はその方向性というのは、神が、若しくは神に類似する何者かによって、指し示されていると考えた。

 

しかし、文化について考えてきた私としては、仮説として、次のメカニズムを提示することができる。

 

例えば、ある特定の文化領域において、現在の私たちは、A、B、Cという3つの選択肢を持っている。そして、今後100年の間に、DとEという新たな選択肢が発明されたとします。100年後、ある人がどうしようかと考える。現代の私たちには、3つの選択肢しかありませんが、100年後のその人には、5つの選択肢がある訳です。やっぱり、新しい、Eにしようと考えるかも知れません。若しくは、新しいEと古いAを組み合わせて、更に新しいFという選択肢を発明するかも知れない。

 

(古い) A、B、C → D、E、新発明F (新しい)

 

このようなメカニズムによって、長い目で見れば、人間社会というのは必ず、良い方向に向かうのではないか。これは神の意志でも、歴史的必然でもない。文化のメカニズムなのだ、と思います。ちょっと、明るい話になって来ました。