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(旧タイトル:文化の誕生)

政党の液状化が始まった

今回の衆院選を振り返ってみますと、国家観を持たない政党の液状化が始まったように思います。

まず自民党(284→284)ですが、大勝したにも関わらず高揚感は、ほとんど感じられません。相撲で言えば、気合を入れて立ち上がった瞬間、相手力士が足を滑らせてコケてしまった。そんな感じでしょうか。だから、高揚感がない。そういう見方もできます。しかし、それだけではないような気もするのです。自民党は、これから一体、何をしたいのでしょうか。それが、見えない。今回の衆院解散の理由として、消費税の使い道を変更するということが挙げられていました。すなわち増税分の2%を財政再建ではなく教育費の補助に使いたい。しかし、これって、元々は民進党の前原氏の主張ではなかったでしょうか? 次に憲法改正ですが、これも対米従属の自民党としては取り組む理由が希薄だと言わざるを得ません。世界中でアメリカ軍を防護するという点は、既に安全保障関連法で可能になっています。いくらアメリカでも、憲法を改正せよという日本の主権を侵害するようなことまでは、要求して来ないような気がします。では何故、このタイミングで憲法改正を持ち出して来たのか。戦後、初めて憲法を改正した首相として、安倍総理が歴史に名を残したいと思っている。そういう見方もできますが、私としてはむしろ、他にやることがなくなったのではないか、と思うのです。安倍総理は、もう5年もやっている。それだけの時間があれば、大概のことはやり尽くしてしまうのではないか。本音としては、もう総理をお辞めになりたいのではないか。そうとまで思えて来ます。これ以上総理を続けていても、国会が始まれば、またモリカケで追及される。トランプ大統領とのゴルフだって、そう楽しそうには思えない。うっかり憲法改正などと言ってしまいましたが、野党を説得して、国民投票で可決させるのは大変なことです。万が一、米朝開戦ということにでもなれば、これはなお大変です。自衛隊員の中から犠牲者でも出ようものなら、世論の風向きは一気に変わるでしょう。

次に公明党(35→29)ですが、本音からすれば、安倍改憲には反対だと思われます。また、本当は安倍総理のモリカケ問題にもうんざりしているのではないでしょうか。それでも、何とか自民党を支えてきたのに、6議席も減らしてしまった。創価学会婦人部だって、高齢化は避けられない。池田大作氏も高齢だと聞いています。公明党は、これからどこを目指していくのでしょうか?

希望の党(57→50)は、本日、両院議員懇談会を開いています。冒頭、小池氏は失言について謝罪をしておりました。ところで希望の党は、与党なのか野党なのか、それすらもはっきりしません。首相指名選挙では、公明党の山口氏に投票すると述べたかと思うと、自民党の石破氏を担ごうとしているという噂も出ました。その戦略が功を奏さないと分かると、自民党批判に転じました。横文字の並んだ政策にも、実現可能性は感じられませんでした。

三都物語などと称して希望の党選挙協力を行った日本維新の会(14→11)でも、松井代表に辞任を求める声が上がっているようです。そもそも、地域政党が国政に手を伸ばすことが正しいのか。維新の会は、選挙公約として身を切る改革を主張していました。それは正しい主張だと思いますし、是非、国政レベルでも実施していただきたいと思います。しかし、国の将来を決める選挙の公約としては、話が小さ過ぎないでしょうか。もっと大きな論点は、なかったのでしょうか?

共産党(21→12)は、立憲民主党への抱きつき作戦に出ているようです。共産党はしきりに「市民と野党の共闘」と言います。しかし、立憲民主党としては、あくまでも市民とは共闘するものの、共産党との共闘とは言っていません。思うに共産党は、政界の中で孤立するのを怖れているのではないか。これ以上孤立してしまっては、国会での発言権も弱まるし、党の存亡にかかわる。そんな危機感があるのではないでしょうか。もし、そうであれば、立憲民主党に抱きつくのではなく、共産主義から脱却し、現実的な政党に生まれ変わるという選択肢は、本当にないのでしょうか?

今回の選挙で、唯一議席数を伸ばしたのは、立憲民主党(15→55)です。まだ、立ち上がったばかりの政党ですが、選挙戦におきましては、Twitterを活用した国民参加型の政治を目指しているように見えました。例えば、事務局のミスで、予定していた街頭演説の場所が使えないことが判明する。事務局がそのことを呟いた途端、あそこがいい、ここがいいというコメントでTwitterが溢れかえる。一般市民が率先してボランティアに参加する。個人献金を行う。そういうプロセスを見ておりますと、もしかするとこの党は何かをしてくれるのではないか、そんな期待が沸いて来ました。また、立憲主義、民主主義を唱えたところに、この政党の立脚点を見たような気も致します。自民党に対抗し得る2大政党制の一翼を担うのは、もしかすると立憲民主党かも知れません。

昔に比べると、政治の世界における対立軸が見えにくくなっていますね。右翼対左翼という戦いは、もう終わっています。保守対リベラルとも言いますが、これらの言葉の意味は混迷を深めているように思えます。対立軸、すなわち、私たち国民にとって本当に大切なことを明らかにしていくためには、各政党がこの国をどういう国にしたいのか、明確なビジョンを持ち、国民に訴えかけてゆく必要があると思うのです。液状化の先に、新たな秩序が生まれるといいのですが。