文化領域論

(No.196 ~ No.228)

No. 152 こんな本があったとは!

 

昨日、バスに揺られながら、いつもの本屋に向かっていました。窓の外には、夕暮れ時の街並みが見えています。ラーメン屋の看板がある。自動車ディーラーのネオンが光っている。道路標識が見える。ああ、なんということでしょう。この世は、記号に充ちている!

ところで、個別の文化を考えてみますと、それは明らかに進化している。そんな例は、いくらでもあります。例えば、絵画の歴史を振り返ってみますと、それは壁画から始まり、やがて絵の具や画布が発明される。やがて、人々は遠近法を発明し、外界をそっくりキャンバスに写し出すことに成功した。そういうことをやり尽くしてしまうと、今度は、画家の印象を強調するような技法が生み出される。これが、印象派の仕事です。更に次のステップで、画家は外界の対象物から離れ、自らの心象を描こうと試みる。これが、抽象絵画ということになります。明らかに進化している。

ジャズの世界で言えば、帝王マイルス・デイビスビバップと呼ばれるスタイルを学ぶところから始まった。やがて彼は、クール、モード、エレクトリック、ファンクと、次々に新しいスタイルを生み出していった。

また、文化というのは、集団によって保有されているとも言えます。上の例で言えば、あのゴッホだって、一人であのスタイルを確立した訳ではありません。スーラが発明した点描画という技法に着想をえて、点ではなく、短い線で描くというスタイルを確立した。あのマイルス・デイビスだって、最初はチャーリー・パーカーから、ビバッブを学んだんです。もっと言えば、トランペットという楽器にも長い歴史があるはずで、その楽器がなければ、マイルスはあのような音楽を演奏することはできなかった。そして絵画は、それをみる人がいるから、文化として成立している。それを聞く人がいなければ、音楽だって成立しない。

では、集団にとっての文化とは、どういうものなのでしょうか。ある意味それは、人気投票に似ているのではないか。カップラーメンを例に考えてみましょう。スーパーへ行くと、無数のカップラーメンが売られている。消費者は、それぞれの好みに応じて、どれにするか吟味する訳です。そして、大量に売れる商品は生き残り、そうでない商品は消えていく。例えば、カップヌードルというロングセラーの商品がありますが、これは今日まで多数の支持を得て、勝ち残ってきた訳です。逆に、例えば私が好きだったとんこつ味の“めんこく”という商品がありましたが、いつの間にか消えてしまいました。他にも、消えていった商品は無数にあるでしょう。すなわち、文化というのは、選挙と言いますか、常に人気投票という厳しい選抜試験に晒されているのではないでしょうか。この原則は、商品に限ったものではなく、例えばハロウィンという文化だって、そこに参加する人がいなくなれば、消えていきます。このように考えますと、文化が生き残るか否かという問題は、ダーウィンの進化論に似ているのではないか。適者のみが生き残る。適者生存ですね。そして、突然変異によって、進化する。動物の進化は、遺伝子の突然変異によって発生しますが、文化の場合は天才の出現によって、進化するのではないか。例えば、ゴッホマイルス・デイビスのような・・・。

そんなことを考えながら、本屋へ着いた訳ですが、驚いたことにこんな本があったんです。

 

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私よりも先に、私よりも本格的に、そんなことを考えている人がいたんですね。世界は広い!