文化領域論

(No.196 ~ No.228)

No. 178 人の心の壊れ方(その4)

もちろん、私だって幸せになりたい。そこで、どういう人たちが幸せなのか考えてみました。例えば、今、話題の佐川国税庁長官。私のような一市民からすれば、とんでもなく高額の報酬を得ているのだろうと思います。退職金だって、相当もらえるのでしょう。しかし、彼は幸せだろうか。私には、そう思えません。

 

一方、地元の駅では、冬の寒い中、望遠レンズを構えている人たちを大勢見掛けることがあります。「撮り鉄」と呼ばれる人たちです。何が楽しいのか、私にはさっぱり分かりませんが、彼らは普通の(?)電車に向けて、一生懸命シャッターを切っている。もしかすると、こういう人たちが一番幸せなのではないか。農家の納屋に眠っている古いバイクを譲り受けては、一生懸命それを修理している人もいる。気の遠くなるような話ではありますが、運良くエンジンが始動した時には、それは嬉しいに違いない。プラモデルを組み立てている大人だって、少なくはありません。同じような物を沢山集めている人たちもいる。例えば、釣竿を何十本も持っているとか、楽器を沢山持っている人もいる。周囲の人にどう思われようが、こういう人たちというのは、とても幸せそうに見える。

 

彼らは皆、「物」との間に幸福な関係を築いている。その始まりには、きっとうまくいった、成功体験があるに違いないと思うのです。

 

ところで、「物」と人間の関係には、長い歴史があるようです。装飾品などの他にも、現代人には使い道を理解できないようなものが、沢山発見されたりします。日本の遺跡からは、埴輪が多く出土していますが、これだって、特段の使い道があったようには、思えません。呪術を目的として、何らかの願いを込めて、古代人はこのような「物」を作り出したのか。可能性は、もう一つあります。それは「象徴」ということです。

 

現代においても、例えば「位牌」という物が存在します。死者の戒名や俗名を記した木の札のようなものですが、これは死者を象徴しています。婚約指輪という物もありますね。これは結婚の約束をしたという事実を象徴している訳です。そして、位牌も婚約指輪も大切に取り扱われる。それはとりもなおさず、それらの「物」に象徴性があるからなんです。

 

このように考えますと、「物」と人間の関係には、少なくとも以下の種類があることが分かります。

 

・機能; 人間が物の機能を利用する

・呪術物; 人間が物に願いを込める。てるてる坊主など

・象徴; 人間が物に何かを象徴させる。位牌、指輪など

・遊びの道具; ビー玉など

 

他にもいくつかの種類があるような気がします。しかし、ここに記したいずれのケースにおいても、人間は物との間に親和的な関係性を築いています。このような心の有り様を「2次性」と呼びたいのです。2次性は、他人と争わない。あくまでも調和しており、そして壊れにくい。

 

イワム族には、何の変鉄もない石ころや棒切れを大切にしている人がいるそうです。そう言えば、マサイ族の男性と結婚した日本人女性だったと思いますが、面白いことを言っていました。マサイ族の人に、例えば100円ライターのような、ちょっとした文明の利器をプレゼントする。その際、彼女は当然その使い方を説明します。しかし、彼らは決して、説明通りの使い方をしないというのです。どうするかと言えば、まず紐などを使って、身に付けるんだそうです。何故か、私にはその理由が分かるような気がします。彼らはきっと、その「物」と自分との間に親和的な関係を見つけようとしているのだと思うのです。例えば、その「物」を身に付けて生活しているうちに、死んだ親父の夢を見る。するとその100円ライターは、彼にとって親父を象徴する神聖な物になる。そんな可能性を探るため、まず、身に付けてみるのではないでしょうか。機能にばかり関心を向けるのは、現代人の悪い癖かも知れません。

 

ところで、以前ラスコー洞窟の壁画について、紹介致しました。世界最古の壁画で、狩りをしている様子が描かれている。これは、狩りの成功を願った呪術として描かれたものだと解されています。簡単に記述しますと「壁画を描くと、狩りに成功する」ということです。壁画というのは、洞窟の壁と顔料によって構成されていますので、ここでは便宜上「物」の一種だと考えましょう。そして「狩りに成功する」というのは、「意味」ということになります。従って、この呪術は「物」と「意味」の二つの要素によって、構成されていることになります。

 

物・・・壁画

意味・・・狩りに成功する

 

ではどちらが、先にできたのか。壁画というのは、当時の人々にとっては、大発明だった訳です。そんなものを見たことも聞いたこともない段階で、こういうものを描くと狩りに成功するぞ、とは誰にも言えない。従って、物、すなわち壁画が先にあったはずだと思うのです。そして、誰かが壁画を描いた後で狩りに出掛けると、たまたま大成功だった。そういう経験があったのではないか。そこで、壁画を描くと狩りに成功するという意味が生まれた。そう考えるのが、自然ではないでしょうか。つまり、まず物があって、経験を経て、意味がもたらされる。これが、呪術という「物」に関わる文化の基本構造ではないかと思うのです。

 

経験というのは、人の心に様々なイメージをもたらす。また、経験は個々人によって、千差万別です。だから、人によって追い求める事柄も違ってくる。他人に理解されなくても、法律に触れない範囲内であれば、何でもやってみればいい。何処へでも、行ってみればいい。

 

では、キーワードを並べてみます。

 

1次性・・・カオス・・・人間と動物

2次性・・・調 和・・・物と経験