文化領域論

(No.196 ~ No.228)

論理性と怒り

今、怒っている日本国民というのは、かなり多いのではないでしょうか。言うまでもありません。政治と行政の問題です。

 

本日も国会中継があり、私も見ておりましたが、事態の解明は一向に進みません。森友や加計の問題については、既にご存知のことと思いますので詳述は致しませんが、私としては、これでほぼ“詰み”だと思っていたのです。

 

まず、森友学園。これは、財務省から森友学園側に「口裏合わせ」の依頼をしていたことが判明しました。この点は、財務省も認めています。ということは、8億円の値引きの正当性が失われたことを意味していると思います。本当は、そんなにゴミはなかった。そのことを財務省も知っていたから「口裏合わせ」を行ったと考えるのが、ロジックというものです。しかし財務省は、未だに言い逃れをしているようです。更に財務省は、野党議員が要求する資料も一向に開示しない。国民に対して説明責任を果たそうという姿勢は、全く感じられません。

 

次に加計学園。こちらは2015年4月2日の官邸における面談について、愛媛県の作成した備忘録が発見され、県知事もその信憑性を是認しています。更に本日の国会で、今治市の職員が同日、官邸を訪問したことも確認されています。今治市の職員は、当時、出張旅費を請求する関係もあって、面談の事実を証する書面を作成しており、その一部は開示されています。今治市は、官邸を訪問したと言っており、その議事録が愛媛県から発見された。それでも政府は、その面談が行われたこと自体を認めようとしません。

 

仮に、政治家が正しいことをしようとしていたとして、その政治家の意向を察して官僚が行動したとする。これは“忖度”と言って良い。しかし、誰かの意向をおもんばかって公的文書の改ざんという違法行為を行った場合、これを“忖度”とは言わない。

 

政府側関係者は、一体、どのような価値観や原理に基づいて行動し、発言しているのでしょうか。権力者のエゴイズムだけで、現在の政治状況を説明できるのか、私には確信が持てません。ただ、一つ言えるのは内部告発やリークによって、真相究明が進んでいるということです。驚くような情報や文書が、連日報道されていますが、その大半は内部告発やリークに基づくものだと思うのです。ということは、様々な組織内において、自らの良心に基づいて行動されている方々がおられる、ということを意味している。そして、それらの人たちは、自らリスクを負い、メディアなどに情報を流している。相当、思い悩んだ末の行動ではないかと察します。このように考えますと、現政権というのは、本当に罪なことをしている。日本国民を分断し、一部の人々には過酷な判断を迫っている。良心の呵責に耐え兼ねて、自ら命を絶ってしまった人もおられる。

 

このような現象を、少し離れた所から見てみますと、現在の日本社会においてロジックで物事を考えている人たちというのは、皆、一様に怒っている。本日の国会におきましても、野党の方々は、本当に怒っていました。毎週末になると、国会前や官邸前に1万人を超える規模の人々が集まり、安倍政権に抗議している。ついでに言えば、私だって、怒っているのです。説明責任を果たせ、と叫びたくもなります。

 

しかし、この論理的に物事を考える人たち、私の言葉で言えば3次性のメンタリティを持った人たちということになりますが、これらの人たちというのは、怒り続ける運命にあるのか、という疑問も沸いて来ます。ロジックで考える。すると、どうあるべきか、という物事の形が見えてくる。しかし、現実は多様であって、リクツ通りに事は運ばない。結果として、心の中に怒りが芽生える。

 

そう言えば私などは、いつも何かに怒りながら生きてきたような気がします。とても幸福な人生であったとは、言えません。

 

話は変わりますが、パソコンの待ち受け画面に飽きてきたので、マイピクチャーの中味を見ていたところ、次の写真が発見されました。

 

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撮影時期は、2015年4月頃です。場所は、高野山金剛峯寺だったように記憶しています。(記録はないので、違っていたら申し訳ありません。)引退記念で観光旅行に出掛けた時に私が安物のカメラで撮影したものです。

 

ここには、人間の煩わしい感情も、3次性がもたらす怒りもありません。あるのはただ、“物と自然”(2次性)と静寂だけです。例えば、写真中央に位置する白っぽい岩をご覧いただきたいのです。もちろんこの岩自体は自然の産物であって、芸術ではありません。しかし、素晴らしいと思うのです。