文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

No. 194 パースのアブダクション

 

このブログを続けてお読みいただいている方には、既にパース(Charles Sanders Peirce 1839-1914)はお馴染みの登場人物となっているかも知れません。No. 164とNo. 165において「記号学のパースが面白い」という原稿を掲載させていただきました。また、その後、心的領域論と称して1次性~3次性までのメンタリティについて検討しましたが、こちらも私が着想を得たのはパースの現象学でした。

 

アブダクション(Abduction)を一言で言えば、それは「仮説と発見の論理」ということになります。ジャンルとしては、論理学。米盛裕二氏の著作「アブダクション」を参考とさせていただきます。

 

論理学の基礎として、まず、演繹がある。米盛氏は、次の例を挙げています。

 

全ての惑星(A)は、太陽を愛している(B)。
地球(C)は、太陽の惑星(A)である。
よって、地球(C)は太陽を愛している(B)。

 

これは、次の式で表現できます。

 

A = B
C = A
よって、C = B

 

Aという概念を介在させて、BとCを結びつけている。これが演繹で、演繹は最も確実性の高い論理だと言われているそうです。しかし、なんとなくこれではつまらない。確実だけど、そこには発見がない。

 

そこで、演繹ほど確実ではない、観察から導かれる帰納という論理が認定されている。例えば、100匹の犬を観察したところ、全ての犬が吠えた。そこで、「全ての犬は吠える」という結論を導く。これが帰納です。但し、帰納は演繹ほど、確実ではありません。かつて、大陸に住んでいた人が、白鳥を観察した。観察した全ての白鳥が、白かった。そこで、「全ての白鳥は白い」と結論づけたそうです。しかし、その後、オーストラリアで黒い白鳥(black swan)が発見されたとのことです。また、帰納の場合、人間の知識や科学的水準を段階的に向上させることは可能ですが、そこには飛躍力が欠けるように思われます。

 

例えば、ぜん息という病気があって、その治療方法について検討することになったとしましょう。しかし、ぜん息という病気の原因については、遺伝や大気汚染など、様々な要因が考えられているのです。そして、その原因を探求するためには、まず、仮説を立てる必要がある。遺伝だと考えるならば遺伝子の研究をする。大気汚染だと思う人は、地域ごとの疫学調査を行うことになる。要は、現実に発生している事実というのは、ほとんど無限にあって、日々、更新されている。その中から研究の対象とする現象を特定しなければ、真実を発見することはできない。そして、研究対象とする現象を特定するためには、仮説を立てる必要がある。しかし、演繹というのは仮説を生む論理ではなく、そこに難点があります。

 

そこで、第三の論理としてパースが提唱したのが、アブダクションということになります。米盛氏は、ニュートンの例を引いています。あまりに有名な、林檎が木から落ちるのを見て、ニュートン万有引力の仮説を考案したというのです。何故、林檎は木から落ちる時に様々な方向に落下するのではなく、地球の中心を目がけて落下するのか。ニュートンは、そのことに驚いたそうです。そこでニュートンは、地球が引力を持っていると考えた。しかし、そこに留まることなく、太陽や月までも引力を持っているという仮説を生み出した。ここに、跳躍力がある訳です。このように、大前提の中に含まれていない事項を含めて、仮説を立てる。従って、アブダクションは、演繹や帰納よりも、確実性においては最も劣る論理であるということになります。しかし、世紀の大発見とか大発明というのは、アブダクションによって、考案されてきたのではないでしょうか。

 

パースはアブダクションについて、次のように説明しています。

 

驚くべき事実Cが観察される、
しかしもし、Hが真であれば、Cは当然の事柄であろう、
よって、Hが真であると考えるべき理由がある。

 

また、パースはアブダクションについて、次の2つの段階があると説明しています。

 

示唆的段階・・・いろいろな仮説を思いつく。

熟考的な推論の段階・・・それぞれの仮説について検討し、そのなかから最も正しいと思われる仮説を選ぶ。

 

ここで、参考文献から引用させていただきます。

 

「要するに、アブダクションは正しい仮説の形成を目指して意図的に用いられる方法であり、したがって十分意識的に熟慮して用いられるなら、それは論理的に統制された思惟の方法であり、科学的発見のためのすぐれた推論の方法となりうる、とパースは考えているのです。」

 

また、パースは次のように述べたそうです。

 

アブダクションは理論を求める。帰納は事実を追求する。

 

結局のところ、アブダクションによって仮説を立て、その仮説を帰納によって検証する、というのが合理的な思考方法ではないでしょうか。

 

(参考文献)
1. アブダクション 仮説と発見の論理/米盛裕二/勁草書房/2007