文化領域論

(No.196 ~ No.228)

No. 226 第15章: 芸術の「その後」(その1)

歴史的な観点から、文化を考えますと、総合的な文化としての宗教がありますが、宗教と密接な関係を持ちつつ発展してきた芸術、すなわち音楽(身体系)、美術(物質系)、文学(想像系)があります。その経緯につきましては既に述べましたので、その後、すなわち今日現在において、それぞれの芸術がどのような状況にあるのか、まとめてみたいと思います。

 

1.音楽

 

アフリカ音楽やブルースなど主要なルーツ音楽は、1980年代までに伝播し、融合されたというのが私の認識です。従って、その後は誰もがびっくりするような前衛的な音楽は、生まれにくくなった。

 

しかし、例えば先日引退されました安室奈美恵さんの一連のコンサートは、大盛況だったようです。歌って、踊って、着飾る。典型的な身体系の文化だと思います。私は、彼女の音楽が芸術的だとか、前衛的だとは思いません。大衆に支持されるポピュラー音楽だと思います。しかし、大衆に支持された文化のみが生き残るという大前提に照らし、ポピュラー音楽のどこが悪い、とも思います。大昔、アフリカ大陸のどこかで、誰かがリズムを刻み始めた。多くの人がその音に共感して、踊り始めた。音楽というのは、その起源からして、ポピュラーだったと思うのです。

 

人間というのは、思春期の頃から、共感を求め始める。そういう若い人がいる限り、音楽は不滅だと思います。

 

2.美術

 

古代人は、飲料水を求めて、なるべく水源の近くにいた。なんとか、小川の水を身近に置いておきたいと思う。そこで、水瓶のような物を作る。ただ、彼らは機能だけを求めたのではない。原始宗教や彼らの美意識も影響して、様々な形の土器を作った。それらは、全て芸術作品と呼ぶに相応しいものだったに違いない。古代には、そこらじゅうに芸術家がいたのだろうと思います。

 

中世になると、手工業という技術が確立された。だから、自ら考えて何かを作り出す必要がなくなった。何かを作る際には、先人から教えてもらうという習慣が発生する。例えば着物だって、昔は、自分達の手で縫っていたに違いない。

 

近代になると、大量生産が始まる。分業が進み、人々は日用品を自分の手で作る必要がなくなった。加えて、写真という技術が誕生する。最早、宮廷の奥さまの肖像画を描くという商売は、成り立たなくなった。これに対するアンチテーゼとして、近代の芸術家が誕生したのではないか。彼らは、大量生産品にはない価値を追求し、写真とは異なる絵画を描き始めた。絵画の世界で言えば、初期の印象派から、後期印象派へと展開していく。ゴッホが登場し、ゴーギャンと出会う。「想像で描け」と言ったゴーギャンの思想は、やがて抽象絵画へとつながっていく。そして、絵画のみならず陶芸の世界を含め、天才ピカソが一世を風靡する。「最早、何をしようとしても、それは既にピカソがやってしまっていた。」そう言ったのは、アクションペインティングのジャクソン・ポロックだった。多分、美術の世界における最後の前衛が、ポロックだったのではないか。(その後、アンディ・ウォーホルが登場し、現代アートの幕開けとなりますが、私はこれらの作品に感動したことがありません。)

 

陶芸や彫刻の試みは、その後、家具や調度品、工業デザインなどに受け継がれて行く。それでいい、と私は思います。元来、陶芸、彫刻の起源は、日用品にあった。身の回りに置いて、触ったり、使ったりする。そうすることによって、人と物との親和的な関係が構築されるのだと思うのです。本当は、陶芸や彫刻というのは、美術館のガラスケースの中に飾っておくものではない。

 

絵画とは、3次元の世界を2次元で表現するところに面白さがある。そういう文化は、現在、写真が担っている。写真というのは、既に、何かの記念や記録のためにだけ、撮影されるのではない。私は見たことがないのですが、世間では、インスタグラムなるものが流行っているそうです。中には、ふざけたものがあるに違いない。芸術とはほど遠いのでしょう。それでもいい、と私は思います。全ての文化は遊び(本稿では「関与的経験」と呼んでいます)から始まるに違いありません。

 

ただ、美術の世界には、かつて命がけで取り組んだ芸術家が沢山いた。そのことだけは、忘れないで欲しいと思います。少なくとも、ポロックの作品と壁紙の違いが分からないような美術評論家には「顔を洗って出直して来い!」と申し上げたい。

 

3.文学

 

前回の原稿で、私なりに「論理的思考」(思想)が生まれるまでのプロセスを検討しました。簡単に、まとめてみます。

 

1)事実、現象を観察する。

2)時間の流れに従って、因果関係を想定する。

3)複数の事例から共通項を抽出し、概念を導き出す。

4)仮説を立て、原理を発見する。

5)原理に従い、近未来を予測し、どうあるべきか主張する。

 

上記のプロセスが正しいとすると、文学、小説というのは 2) の役割を担っていることが分かります。

 

この章、続く