文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

No. 227 第15章: 芸術の「その後」(その2)

小説の種類も相当ありますが、ここではまず純文学を想像系、身体系、記号系の3種類に分類して検討します。

 

(敬称略)

 

文学の世界も他の文化と同じように、基本的には神話などの「宗教的な虚構」に始まり、段階を経て「論理的現実」に向かった。その主流をなしたのが、想像系の作家たちだったと思います。時代背景としては、ニーチェ(1844 - 1900)よりも前にマルクス(1818- 1883)が、宗教に疑問を呈した。マルクスは「宗教は民衆の阿片である」と述べたそうです。その後、共産主義国においては、実際に宗教弾圧が行われた歴史がある。そんなマルクスと同時代を生きた作家にドストエフスキーがいた。例えば、彼の作品に「罪と罰」がある。罪とか罰というのは、概念であって、明らかにドストエフスキーの作品には、論理的思考に向かおうとする、その萌芽が見られます。但し、本人はキリスト教ロシア正教)を信じていた。

 

宗教と論理的思考の狭間にあって苦労した日本の作家としては、武田泰淳(1912 - 1976)がいた。彼は「赤い坊主は生きられるか」という人生の課題を背負って苦悶しました。「赤い」というのは共産主義者であることを意味し、かつ、坊主というのは武田が継いだ家業が「お坊さん」だったことを意味しています。大変、悩んだに違いない。この2つの要素は、明らかに矛盾するもので、「どっちか一つに絞ったらいかがですか」と言いたくなります。ただ、それだけ悩んだからこそ「ひかりごけ」のような傑作を書くことができたのかも知れません。

 

武田から少し遅れて、三島由紀夫(1925 - 1970)が登場する。三島は、根っからの宗教信者であった訳ではなく、論理的な作家であったように見えます。論理的に考えたその帰結として、国家神道に回帰すべきだと主張した。戦後の民主主義というものがあって、それが国民の堕落につながっていると三島は考えた。これは確かに因果関係だと思います。しかし、その結論として、何故、国家神道でなければいけないと考えたのか、そこのところの論理的説明がない。明らかに、論理が飛躍している。三島の本心としては、既に彼の文学は完成していて、それを後世に強烈なインパクトをもって残したいと考えたのではないか。そこで、日本の伝統に従って、腹を切ってみせたのではないか。だとすると彼の行動はお芝居のようなものであって、「三島は虚構に生きた」と言える。

 

そして、大江健三郎(1935 -)が出てくる。ここに至って、日本の文学は初めて宗教的な虚構を脱し、論理的な現実に到達したように思います。大江は、戦後の民主主義を肯定するところから出発した。よって、平和だとか民主主義という多様な概念を理解していた。そこから、政治的な原理を学び、近未来を予測するに至った。すなわち、私が先に述べた論理的思考をフルコースで習得したに違いない。そして、近未来を予測することができたからこそ、大江は政治的な発言を繰り返したのだと思います。

 

一瞬、それでハッピーエンドではないかと思う訳ですが、そうはいかない。論理的な思考を表現するのであれば、それは小説よりも学術論文の方が適している。少なくとも、悪文とも言われる大江の文体は、ロジックには向かない。日本の文壇において、大江のように論理的現実を志向する作家というのは、続かなかったのではないか。

 

以上が、小説の本流である想像系の作家たちということになります。しかし、小説を書いた身体系の作家もいる。身体系なので、人間やその身体に興味を抱き、共感を求めた。具体的には、恋愛とセックスがその題材となった。性愛小説と呼んで良いと思います。

 

その歴史は意外と古く、平安時代紫式部にまで遡る。江戸時代になると好色一代男とか、好色五代女というのがあったように記憶しています。この系統を受け継いだ近代の作家としては、谷崎潤一郎(1886 - 1965)がいる。彼のマゾヒズムには、何と言いますか、のけぞってしまいます。その後、川端康成(1899 - 1972)が出てくる。川端は「伊豆の踊り子」や「雪国」によって、ノーベル文学賞を受賞した叙情派の作家ですが、隠微な性愛小説も書いています。「眠れる美女」という作品があって、これは、初老の主人公だったと思いますが、会員制の秘密クラブのようなところに行くんですね。すると、クスリで眠らされたお嬢様と、添い寝ができるシステムになっている。しかし、行為に及んではいけない。そういう世界だったように記憶しています。これは、谷崎に負けず劣らず、暗くいかがわしい小説です。

 

昭和の終わり頃だったでしょうか。この性愛小説を若い女性が書く、というブームがあった。山田詠美などが、その例です。文芸雑誌の新人賞は、のきなみこのパターンで占められた。文芸雑誌には、決まって次のような宣伝文句が踊った。「若い女性が瑞々しい感性で描く赤裸々な性の世界!」。果たして、こういうものが純文学として扱われていいのか。私などは、はなはだ疑問に思ったものです。人間として、他に考えるべきことがあるのではないか。これは邪推かも知れませんが、出版社側の経済的な事情もあったように思います。その頃から、文芸雑誌の廃刊、休刊が話題になっていた。確かに、「若い女性が瑞々しい感性で・・・」と言われると、男としては、つい読んでみたくなる。

 

しかし、この性愛小説のブームというのも、そうは続かない。この手の小説というのは、一つ二つ読んでみると、飽きてしまう。それに、ここでも記号原理が働く。文字情報としての小説というのは、そもそも記号密度が低い。刺激が足りない。文字情報よりも写真、写真よりも動画へと、人々の興味は推移したに違いない。

 

上記のように、純文学というのは多難な道のりを経てきた訳ですが、最後に記号系の作家というものが現れる。いわゆるポストモダン。私の言葉で言えば、空っぽ症候群の作家ということになります。その起源は、田中康夫の「なんとなくクリスタル」だと言われているようです。その後、何かと話題の村上春樹がデビューする。村上の作品は、デビュー作の「風の歌を聴け」から「羊をめぐる冒険」あたりまでは、言い様のないノスタルジーがあって、私も読みました。しかし、その後、すなわち「世界の終りとハードボイルド、ワンダーランド」辺りから、分かる人にしか分からないという特殊な世界になってくる。

 

好意的な見方をすると、村上の作品というのは、ユングの自伝に少し似ている。一般に自伝と言えば、その人の経歴を述べるものですが、ユングの自伝は、まるで違っています。そこには、彼がこの時期にはこういう夢を見た、ということが延々と綴られているのです。現実の経歴よりも、ユングにとっては、彼が見た夢の方が大切だった。これを読むのは、ユング派を自認する私でも、ツラい。「ユングさん、そうですか。そういう夢を見たんですか。それは分かりましたけれども、どうも私には関係がないような気がするんですけれども」と言いたくなってしまう。同じことが、村上の作品にも言える。

 

想定される村上の方法論は、こうです。人間には深層心理があって、それは人々の間で共通するものである。従って、自分の深層心理、すなわち夢について記述すれば、読者の深層心理がそれに呼応するはずだ。これは、ユング集合的無意識についての考え方と似ている。

 

しかし、残念ながら村上の小説を読んでも、私の深層心理は呼応しないんですね。すなわち、私という個人と、村上の作品との間に特段の関係を見いだすことができない。記号原理で言えば、「意味がない」ということになります。意味がないので、多分、今後私が村上の作品を読むことはなさそうです。

 

以上が、純文学の現状に関する私の認識です。それにしても、純文学は、想像系で、論理的な現実を目指すべきではないのか。近未来を予測し、何かを主張する。文学者とは、そういう人間の良心を体現する存在であるべきではないのか。何があっても、身体系の性愛小説を書いている人は、何も発言しない。記号系は、言うに及ばずです。

 

何年か前に、安全保障関連法が国会で採択された時、反対するデモ隊の中に、大江健三郎の姿があった。文学者とは、かくあるべし! そう思ったのは私だけでしょうか。

 

さて、大衆小説というのもあります。SF小説は、コンピューター・グラフィックスと融合して、映画の世界で生き残った。推理小説は、テレビの2時間ドラマと融合して生き残った。ファンタジーは、漫画やアニメとして健在です。やはり、他の文化と融合できるものは強い。

 

どうやら、結論が見えて来ました。先進諸国において、宗教はほとんど終わろうとしている。それに呼応するように、芸術はエンターテインメントに変容した。