文化領域論

(No.196 ~ No.228)

憲法改正はいつなのか

一昨日吹き荒れた台風24号の影響か、埼玉県内にある私の自宅周辺では、突然、カラスやハトの姿を見かけなくなりました。暴風に吹き飛ばされてしまったのでしょうか。

 

さて、文化領域論におきましては、いくつかのメッセージがありました。1つには、自らの環世界を構築し世界を認識せよ、ということです。もう一つは、原理を発見し、論理的思考を目指そうということでした。その後、後者について考えているのですが、現代に生きる日本人にとって、最も重要な“論理的思考”の産物とは何か、それは憲法ではないのか。そして、その憲法が安倍政権によって、改正(改悪)されようとしている。

ネットなどで情報を当たってみますと、その時期については、2つの説があるようです。

 

(消極説)
そもそも安倍総理は、本心から憲法改正を願っている訳ではない。憲法を改正すると言えば、日本会議を始めとする右派勢力の支持が高まる。また、3選を目指すためには、憲法を改正するという大義名分が必要だった。しかし、国民世論はそこまで盛り上がっていないし、国民投票で否決された場合には、その時点で、内閣総辞職が求められる。従って、口ではヤルヤルと言いつつ、国民投票に持ち込むとしても、その時期は、政権末期(2021年)ではないか。

 

上記の消極説には、うなずける点があります。憲法改正について、かつては、米国から矢の催促を受けていた。しかし、安全保障関連法を可決し、米国を守るためであればホルムズ海峡まで自衛隊を派遣できるようになった訳で、以後、米国から憲法改正の要求はなくなった、という説もあるのです。また、小泉政権以降の自民党の本音は、新自由主義グローバリズムを推進する立場であって、民族主義国家主義ではない。民族主義的なポーズを取るのは、右派勢力からの支持を得るための方便に過ぎない、とする見方もあります。

 

これに対し、正反対の見方もあるようです。

 

(積極説)
安倍総理は、本心から憲法改正を望んでいる。初めて憲法改正を成し遂げた首相として、後世に名を残したいと思っているのだ。その時期については、オリンピックが終わって日本の景気が下降し始めてからでは遅い。オリンピックを目前に控え、国民のナショナリズムが高まっているタイミングを狙うに違いない。すると、2019年の参院選国民投票を合わせてくる可能性がある。場合によっては、同年の消費増税を見送り、支持率を上げ、ついでに衆議院も解散し、ダブル選挙とする。公明党が反対した場合でも、維新や希望の議員を巻き込めば、年内の国会発議は可能ではないか。また、国民投票については、現時点では法整備が進んでいないので、大手メディアによる大々的な広報が可能である。資金力に物を言わせて、テレビや新聞で連日宣伝を行なえば、世論もついてくるに違いない。

 

こちらの説にもリアリティーがあるような気がします。しかし、ちょっと待って欲しい。安倍改憲案は、現在の憲法9条をそのまま残し、3項を加えるか、9条の2として自衛隊を明記するということだとは思いますが、未だ、その草案は開示されていない。大手のメディアにおいても、憲法論議など、ほとんどされていない。ワイドショーでは、貴乃花親方の引退とか、何かの逃亡犯がどうだとか、そんな話題ばかりです。あとは、台風情報でしょうか。憲法を改正するというのであれば、国民的な論議が不可欠です。

 

世界の流れとしては、米国の衰退と中国の台頭という問題があります。現在両国は、関税を巡る貿易戦争に突入したように見えます。どちらが勝つかという点についても、いろいろな意見があるようですが、長い目で見れば、中国が勝つのではないか。このような潮流の中で、日本はいつまで対米従属路線を続けるつもりなのか。それで、国益が守られるとは思えません。先日の日米交渉でも、日本政府は物品に限定されるTAG(Trade Agreement on Goods)についての交渉を始めると詭弁を弄しましたが、海外では日本がより広汎なFTA(Free Trade Agreement)の交渉を開始することに合意した、と報じられているそうです。

 

一昨日の沖縄県知事選では、玉城デニー氏が圧勝されました。もちろん、沖縄だけに基地の負担を押し付けておくべきではありません。そのために、日本政府は米国と真剣な交渉を開始すべきではないでしょうか。また、日米地位協定の改定も必要です。そんなの無理だ、と思われる方もおられるでしょうが、先般の自民党総裁選において、石破候補は、日米地位協定の改定に取り組む、と言っていました。(石破氏の案としては、まず、自衛隊を米国本土に常駐させ、米国駐留の自衛隊を対象とした地位協定の締結を提案する。それに合わせて、駐日米軍に関する地位協定との整合性を図り、結果として、現行の地位協定の改定を目指す、というものでした。)自民党内にだって、こういう意見があるのです。

 

さて、現在の日本の憲法学会における第一人者は、長谷部恭男氏だと思われます。この先生、安全保障関連法案の審議に際し、国会に呼ばれた3人の憲法学者の中のお一人です。政府案に対し、「違憲である」と国会で証言された方です。また、YouTubeに「立憲デモクラシー講座」というのがあって、長谷部先生は、次のように述べておられました。

 

立憲主義とは、人間の本性に基づくものではない。それを維持するには、不自然で人為的な努力が必要だ。それが近代以降を生きる人間の宿命である。」

 

こういう言葉に出会うと、私などはすっかり感動してしまいます。なお、上記の言葉を私流に解釈すると、次のようになります。

 

人間の本性とは、記号に反応し(記号系)、着飾って歌ったり踊ったりし(身体系)、帰属集団における序列を求める(競争系)ものである。しかし、これでは論理的思考に到達できない。論理的思考を持つためには、不自然で人為的な努力が必要だ。それは、現代日本に生きる大人の責務である。