文化領域論

(No.196 ~ No.228)

No. 235 憲法の声(その2) マルティン・ルターの信仰

 

2.マルティン・ルターの信仰

 

宗教改革と言えば堕落したカトリックに対し、ルターが反旗を翻した所から始まった。そうお考えの方が多いのではないでしょうか。そう説明している文献もありますが、実際にはそう簡単なものではなかった。その説明をする前に、まずは彼が何を考えていたのか、そちらから入りたいと思います。何を考えていたか、それは一般に“思想”と呼ばれるものですが、ルターの場合“信仰”と言った方が相応しい。彼は、純粋な宗教家だったのです。

 

「ルターはこの世が悪魔や魔女にみちた世界であることをかたく信じており、生涯この信仰からぬけでることはなかった」そうです。(文献3)無理もありません。そういう時代だったのです。既にアメリカ大陸は発見されていたものの(1492年)、コペルニクスが同人誌において地動説を発表した1510年、ルターは27才でした。その後ルターは、コペルニクスの地動説は聖書と矛盾するとして、「この馬鹿者は天地をひっくり返そうとしている」と述べたそうです。現代人の我々からしてみると、おかしいのはどっちだ、と言いたくもなります。そんなルターは本当に偉大な人物だったのか、という疑問も沸いて来そうですが、それでもルターは偉大だった、と私は思うのです。

 

まず、ルターの人間観から。ルターは次のように述べたそうです。「外見的に義(ただ)しく見える人もその心の中では罪をおかしている。というのは、たとえ人が外見的に良い行いをしたとしても、それは罰へのおそれからか、利益とか名誉などを欲して行なっているのであって、けっして自発的に喜んで行なっているのではないからである。つまり、外見的に義(ただ)しくみえる人は絶えずよい行ないをなすけれども、その心のなかには悪いものへの“むさぼりの心”と熱望とがみちているのである」(文献3) この考え方は、そもそもアダムとイブがリンゴの実を食べた時から人間は罪深い存在となったとするキリスト教の“原罪”の考え方に通ずるところがあるように思います。深い問題ではありますが、ここでは後世の法律との違いのみを指摘しておきます。すなわち、宗教は人の心の内面にまで立ち入る。他方、法律はそこまで立ち入らない。例えば、ある人が殺人を犯そうと思ったとしても、法律がその人を罰することはありません。

 

では、罪深い人間はどうすべきなのか。神に赦しを求めるしかない。それが、信仰である。但し、原罪を背負った人間は、生きている間、そこから逃れることはできない。故に、生涯を通じて、自らの罪を自覚し、罰を求め、神に赦しを請う。すなわち、信仰を持ち続けなければならない。では、信仰とは何か。それは神の言葉に従うことである。そして、神の言葉が記載されているのは、聖書をおいて他には存在しない。概ね、このような経緯で、ルターは聖書中心主義に至ります。このように聖書を尊重する考え方を“福音主義”と言います。

 

罪深い人間 → 神に赦しを求める → 信仰 → 神の言葉 → 聖書

 

上記のように考えたルターとしては、ローマ教会(カトリック)のやり方が許せなかった。一つには、ローマ教会における聖職者の階級問題がある。当時ローマ教会には、概ね、次の階級が設けられていた。

 

1. 教皇
2. 司教
3. 祭司
4. 修道士

 

そして、教会へ行くと祭司などが、説教を述べる。まず、ルターにはこれが許せなかった。「人間の分際で、勝手に何を述べているのだ!」と思った訳です。神の言葉である聖書の説明なり教育をすることは大切だ。しかし、人間である祭司などが自分の意見を述べるのはけしからん、とルターは考えた。

 

霊的階級については、絶対的な神の前で、人間を区別すべきではない。司祭も平信徒も同じ人間だ。そこでルターは、「教会法によって聖職者の自由、身体、生命、財産、名誉が高く位置づけられ、自由であるのに、一般信徒は霊的にはよきキリスト者ではなく、身体、生命、財産などは自由ではないかのような扱いである。その差別は、人間の法や捏造による」と言って、抗議した。(文献5) そして、ルターは「万人祭司論」を展開する。すなわち、洗礼を受けたキリスト者には、皆、祭司の資格があるとルターは主張した。

 

ルターは絶対的な神を想定した。そして、神から見れば、罪深く愚かな人間たちは、皆、同じだ。神の前では、平等なんだ、と考えた。この「平等」という概念を一応、論理的に主張した初めての人間。それが、ルターなのではないかと思います。

 

二つ目としては、ローマ教会が取り仕切っていた儀式について、ルターは反発した。この儀式は“秘跡”とか“サクラメント”と呼ばれています。ローマ教会においては、晩餐、洗礼、悔い改め、聖信礼、結婚、聖職授任式、臨終塗油の7種類の秘跡が認められていた。聖書中心主義のルターとしては、このような儀式が我慢ならなかった。ルターとしては、神は絶対であり、人間の側から神に働きかけるような儀式は行うべきではないと考えたのです。(但し、ルターは晩餐と洗礼だけは認めた。)

 

ここまでならば、ルターがその名を後世に残すことはなかったかも知れません。ルターの真骨頂は、ここから先なのです。ルターは、ローマ教会を批判するロジックとして、上に記した教会の聖職者としての階級(以下「霊的階級」といいます)とは別に、世俗的階級というものを考えたのです。

 

霊的階級・・・・教皇、司教、祭、修道士
世俗的階級・・・諸侯、君主、手工業者、農民

 

更にルターは、宗教上の「霊的統治」と、世俗的な「この世の統治」を分けて考えたのです。そして、教会は「霊的統治」に専念すべきであって、「この世の統治」に口をだすべきではないと主張した。すなわちルターは、「権力を背景にした政治的世界に、キリストの名を持ち出すことは、人間の神化、相対的なものの絶対化とも言うべき悪魔的状況を作り出す」(文献5)と考えたのでした。

 

そして、「この世の統治」については、それぞれの職業なり立場というものは、神が決めたことなので、各人、率先してその権威に服するべきだと考えたのでした。ここら辺が、ルターの限界でもあります。「この世の統治」においても、人間は皆、平等であるべきだ、と主張してもらいたいところですが、ルターも発展途上の人間だった訳です。多分、ルターの関心は「霊的統治」に集中していて、「この世の統治」にはあまり興味がなかったのではないでしょうか。

 

ところで、ここまで書きますと、憲法論とのつながりが見えて来ます。憲法学の言う「私的領域」と「公的領域」という考え方の起源が、ルターにあることが分かります。

 

私的領域・・・霊的階級・・・・霊的統治
公的領域・・・世俗的階級・・・この世の統治

 

このように見て来ますと、「平等」という概念のみならず、政教分離、信教の自由、ひいては欧米人の個人主義なども、その起源はルターにあるような気がします。

 

(参考文献)
文献1: 新 もう一度読む 山川世界史/「世界の歴史」編集委員会山川出版社/2017
文献2: 新・どうなっている!? 日本国憲法(第3版)/播磨信義 他/法律文化社/2016
文献3: ルター/小牧治・泉谷周三郎/清水書院/1970
文献4: プロテスタントの歴史(改訳)/エミール=G・レオナール/白水社/1968
文献5: 宗教改革と現代の信仰/倉松功/日本キリスト教団出版局/2017