文化領域論

(No.196 ~ No.228)

No. 251 憲法の声(その18) 神なき時代の平等主義

 

憲法の声”と称して連載しております本稿ですが、ちょっと困ったことになりました。例えば推理小説であれば、真犯人は最後に分かる。これが途中で分かってしまうと、読者の興味は消失します。本稿にも同じような事情があって、日本国憲法に込められた理念やその原理は誰が発明したのか、その最大の功労者は誰だったのかという謎があって、その謎が最後に解ける。そういうことを想定していたのですが、どうやらこの問いが解けてしまった。それは、ジョン・ロックだった。

 

マルティン・ルターから始めた本稿ですが、その後、ジャン・カルヴァンを経て、トマス・ホッブズについて記述した。ここまでは順調だったと思うのですが、ロックに至って、本稿は立ち止まってしまった。ロックの思想はあまりに広汎で、不思議で、示唆に富み、手応えがある。私はまだ、ロックの思想を充分には理解していない。そう思えるので、ロックに関する論考を終了できずにいる。

 

哲学の世界では、“批判的継承”ということが言われる。これは、まず先駆者の思想があって、その枠組みなり構造を継承しつつ、“但し、ここは違う、むしろこう考えるべきだ”という批判を加える。ただ、大枠は変わらないので継承者だ、という訳です。確かに哲学には紀元前のギリシャから続く歴史がある。世界中の人々がそこに参加して、考え続けている訳で、そう簡単にオリジナルなものは出てこない。結果、“批判的継承”というスタイルにならざるを得ない。ただ、そこにどれだけオリジナルなもの、価値のある発想を付け加えることができるか、そして、誤っている事柄をどれだけ除去できるかという点で、思想家の功績は評価されるべきだと思います。

 

ロックも先駆者たちの影響を受けている。一つには、ギリシャ哲学のエピクロスがいて、ロックは子供の頃からプロテスタンティズムの影響を受けている。更に、ホッブズリヴァイアサンの影響もあったに違いない。しかし、それらのどれをも凌駕し、昇華し、オリジナリティと総合性に溢れる思想を築き上げたのがロックだと思うのです。

 

ロックの認識論は、カントによって批判的に継承された。しかし、カントはロックを超えたのか、はなはだ疑問であると言わざるを得ない。ロックは経験論を提唱した。これは、生まれたての赤ん坊の心は白紙であって、その後の経験によって心の中に観念が生ずる、というものでした。しかし、その真意は、だから人間は自由なんだ、だから人間は、少なくとも赤ん坊の状態においては平等なんだ、ということを言おうとしたのではないか。

 

これに対してカントは、“アプリオリで思弁的な理性”というようなことを言う。例えば、三角形の2辺の長さの合計は、残る1辺の長さよりも長い。そういう経験に基づかない理性というものがある。カントはそういうことを言った訳ですが、実は、同じようなことを既にロックが指摘している。

 

文献16の著者である冨田氏は、よほどカントが嫌いなようで、例えば、次のように述べています。

 

“カントが『純粋理性批判』の中でロックは「狂信」に道を開いたというのを、自身の見解を持ち上げるための噴飯ものの発言であると、私は思っています。”

 

どうやら冨田氏は、カントはロックを超えていない、と考えているようです。冨田氏の影響もあって、なんだか私もカントが嫌になってきました。

 

ちょっと話が脱線してしまいましたが、いずれにせよロックの認識論はカントを経て、その後のパースにまで影響を及ぼしています。何も知らずにパースを読んだ私は、すっかり驚いてしまったのですが、今にしてみると、明らかにパースの記号論はロックの影響を受けている。例えば、ロックは“固性”ということを述べていますが、同じことをパースも言っています。

 

そして、ロックの政治論は、その後のアメリカの独立戦争フランス革命を思想的に支えた。これは複数の文献がそう述べています。そして、ロックの思想は、巡りめぐって日本国憲法を貫く原理を示した。そう、日本国憲法を貫く原理というのは、元をただせばロックの思想にあったのです!

 

そして、ロックの宗教論や政治論はどういう構造になっているのか、ということを考えるのですが、ちょっと前回の原稿にも書きましたが、それは“平等”ということから出発しているように思えます。キリスト教徒も他の宗教の信者も、平等である。(但しロックは、無神論者だけはダメ、と言っていますが) 男と女も平等である。親と子も平等である。子供の頃は仕方がないが、子供が成人すれば、親でも子でも平等だとロックは述べている。これはとても大事なことだと思うのです。民主主義という言葉は、一般国民と権力者とが平等なんだ、ということだけを述べている。これに対して、ロックはもっと広汎に、男女も平等、親子も平等と主張しているのです。このようなロックの主張を、私は“平等主義”と呼びたい。そもそも、○○主義という言葉は無数に存在するのに、何故、“平等主義”という言葉がないのか。これは、文化的な欺瞞ではないか。これは日本国憲法についても言えることだと思います。日本国憲法には、国民主権、すなわち民主主義については明記されている。しかし、平等主義に関する記載はほとんどない。これは改善すべきだと思います。そもそも憲法とは、権力を拘束するためのものだから、民主主義だけを記載しておけば良い、という論議があるのかも知れません。しかし、それは違う。そこが憲法に記載されていないから、21世紀の日本人は今頃になって、やれセクハラはいかん、パワハラもダメ、親の子供虐待もダメだ、などという論議をやっている。そんなことは17世紀にジョン・ロックが指摘しています。

 

平等主義を出発点に考えますと、憲法に記載すべき事項も簡単に分かります。

 

まず、権力者の象徴として、“王様”という概念を設定しましょう。そして、王様から虐げられている“平民”がいる。歴史を見れば、そういう構図があったことは明らかです。そこでまず、王様と平民は平等だと考えてみる。すると、最初に考えるべき事柄は、平民の権利を守ろうということではないでしょうか。平民にだって、生きる権利がある。財産を持つ権利だって必要だ。そこで、人権保障という概念が生まれる。

 

次に、そもそも理不尽な命令ばかりを下す王様には退場願おうということになる。そして、王様に代わって権力を持つ者は、平民が選挙によって選ぼうということになる。更に、権力は必ず腐敗するので、権力というのはいくつかの機関に分けて持たせようという発想になる。これが、権力分立。

 

最後に、外国人とは言え、同じ人間だということもある。よって、外国人にも生きる権利なり、その他の人権があることになる。だから、自分たちの方から戦争を仕掛けてはいけない。そして、平和主義が生まれる。すなわち、憲法に書くべき事項というのは、次の4つだと思います。

 

1. 平等主義
2. 人権保障
3. 権力分立
4. 平和主義

 

憲法の教科書に書いてあるのは3つの原理ですが、“権力分立”が漏れていることが分かります。本稿を始めた頃、私は日本の憲法学者を尊敬していましたが、だんだん、嫌になってきました。確かに彼らは、東京大学の法学部を卒業しているかも知れない。彼らは、いつ誰がどういうことを述べたという知識は十分に持っているのでしょう。でも、それがどうしたというのでしょうか。本物の思想家というのは、そこにオリジナルな考えを付加し、批判的に継承していくべきではないのか。憲法学者の怠慢が、今日的な状況を招いた一因になっていないでしょうか。

 

そう言えば、こんな言葉がありました。

 

天は人の上に人を造らず。
 人の下に人を造らず。

 

言わずと知れた福沢諭吉の名言です。確かに、いい言葉だと思います。しかし、これは福沢のオリジナルではなく、ロック思想の日本語版だと思います。ロックの後継者が出版した本を読んだ福沢が、ロックの思想を日本に紹介したものです。控え目に言って、ロックは福沢の百倍は偉大だと思います。

 

別の観点から言えば、福沢諭吉もロックと同じ限界を持っている。ロックは全知全能の、そして人間をも作り出した絶対的な神という概念を措定して、神の下に人間は平等であると説いた。上に記した福沢の言葉も同じで、主語は“天”になっている。キリスト者が少ない日本において人々の理解を得るために、“神”とは言わずにあえて“天”という曖昧な言葉を主語にしたのだろうと思います。すなわち、“神”なり“天”なりという抽象的な概念を措定した上で、人間の平等を説いている。そこに限界がある。そのような概念に依存することなく、何故、人間は平等なのか、若しくは、何故、人間は平等であるべきなのか、誰もが納得できるロジックが必要ではないでしょうか。

 

そして、同じ限界が日本国憲法にもあるのではないか。憲法14条1項にはこう書いてあります。

 

「すべて国民は、法の下に平等であって・・・(以下略)」

 

しかし、何故、そうなのか? 何故、そうあるべきなのか? そこの説明がない。私たちは、もう一度ロックの平等主義に立ち返って、そこから現代的なロジックを再構築すべき時期に来ているのではないでしょうか。

 

文献16: ロック入門講義/冨田恭彦ちくま学芸文庫/2017
文献17: 統治二論/ジョン・ロック/加藤節訳/岩波文庫/2010