文化認識論

(世界を記述する。Since Oct. 2019)

政党の立ち位置(その7)

少し前の原稿で、おしどりマコさんのことを書きましたが、彼女はご主人のケンさんと共に、毎年ドイツに呼ばれるようになったそうです。そこで、原発に関する日本の状況について講演し、ドイツの学生などと交流を図っている。気になる話がありました。ドイツの学生は、日本の原発の状況に大変興味を持っており、かなり専門的な質問をして来るそうです。また、未だ選挙権を持たない学生たちも、支持政党は決めているとのこと。

 

マコさん・・・あなたたち、選挙権もないのに、どうして支持政党を決めているの?
ドイツの学生・・・選挙権を持ってから考えるのでは、遅すぎるから。

 

確かに、選挙権を得てから考えるのでは、最初の選挙に間に合わない。しかし、この意識の高さは凄くないですか? 日本とは、かなり状況が違います。では、この差はどこから来るのか。それは、戦後の歴史に理由があると思うのです。

 

ドイツの場合、敗戦後、国家は4つに分割された。ナチスによるユダヤ人大量虐殺について、世界中から非難された。罪の象徴としてのヒトラーがいて、彼は自殺した。ドイツ国民は自らのアイデンティティーの基盤を失いそうになった。ドイツ人は、自分たちのなした行為を振り返り、反省し、歴史に学ぼうとした。そして、ドイツ憲法が制定される。ドイツの人々は、この憲法を胸に生きて行こうと思った。それが、「憲法パトリオティズム」と呼ばれるメンタリティーです。

 

日本の場合はどうでしょうか。

 

戦時中、日本は各地で壊滅的な敗戦を続けていたのに、政権は日本軍が勝利したと嘘をつき続けていました。“大本営発表”という奴です。最近は、フェイクニュースなどと言って話題になりますが、そんなものは戦時中の日本政府がとっくにやっていたんですね。そして、新聞やラジオなどのメディアは、大本営発表をそのまま報道し続けた。

 

戦時中の経済についても、考えてみましょう。兎に角、武器や弾薬を作る必要があった訳です。そこで、政府は大量の国債を発行する。詳細を承知している訳ではありませんが、多分、政府の発行した国債を日銀が直接買い取っていたのではないでしょうか。紙幣なんてものは、印刷すればいくらでも出来上がる。但し、市場に流通する貨幣の量(マネーストック)が増加すれば、当然、インフレが起こって、一般市民の資産価値は相対的に下落する。しかし、当時はそれどころではなかった。鉄が不足すると、市民から鍋や釜までも取り上げて、武器の原料にしたという話もあります。(戦時中のこのような経験から、国の中央銀行は政府から独立するべきだ、という考え方が生まれたようです。)

 

そして、無限大の資金力を持つ政府から受注していたのは、武器や兵器を製造するメーカーだった訳です。こちらは、とりあえず武器を製造するために、その材料を購入しなければならない。そのための資金が必要だということになる。政府はNK銀行に対し、軍需産業には際限なく融資するように命じた。ちなみに、この軍需産業は戦後も生き続け、大企業となっている例が少なくありません。〇〇自動車とか、△△重工という会社の中には、戦時中に武器を製造していた会社が少なくないと思います。

 

こうして、政府、官僚、大企業、マスメディアなどによる戦争に対する共犯関係が成立したのだろうと思います。御用学者を加えても良いと思いますが。

 

戦時中の政権は、敗戦することが明らかであったにも関わらず、連合国側の攻撃が日本本土に及ぶことを少しでも遅らせようと懸命だった。そのため、失わなくても良い無数の命が奪われていった。やがてドイツが降伏し、日本は世界中で孤立し、勝てる見込みなど全くなくなってしまったにも関わらず、それでも降伏しなかった。だから、広島と長崎に原爆が投下されたのです。あの戦争に、正義などどこにもなかった。

 

当時の軍事政権のメンタリティーについて、政治学者の白井聡氏は、「死に物狂いの現状維持」と表現されていたように記憶しています。

 

そして、降伏の日を迎える。すると、政権側が何をしたか。日本各地の医者と学者を集めて、広島と長崎に派遣したそうです。そして、被害の実態調査を行った。これは実態を調査するだけで、ただの一人の日本人をも救助しなかったと言われています。では、調査によって得られたデータをどうしたかと言うと、何と、GHQに差し出したというのです。我々は従順な下僕です、あなたのお役に立ちましょう、という趣旨で、GHQにこびへつらったというのです。

 

このショッキングな話は、YouTubeの番組の中で、哲学者の西谷修氏が紹介していました。西谷氏は、エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ(1530~1563)というフランス人が提唱した「自発的隷従論」を日本に紹介した人です。

 

自発的隷従・・・。どうやら、ここら辺に戦後日本人の本質がありそうな気がします。

 

さて、敗戦後ですが、日本人の戦争責任を問うため、東京裁判が開かれました。そこで、死刑の宣告を受けたのは、わずか7人です。本当は、もっと沢山の人間が罪を犯したはずだと思うのですが。

 

そして、敗戦からわずか5年後に、朝鮮戦争が勃発する。1950年、中国とソ連の支持を得た北朝鮮が、38度線を越えて韓国の領土に侵略した訳です。共産主義の台頭を怖れていたアメリカは、全力で韓国を支援した。日本に駐在していた米兵は、皆、朝鮮半島へと向かった。そして、アメリカは朝鮮戦争のために使用する武器や弾薬を日本から調達した。日本は未曽有の好景気となり、この戦争特需が戦後の復興に多大な貢献を果たした。すなわち、朝鮮戦争と共に、日本の軍需産業も復活したのです。戦時中の共犯関係が復活したとも言えます。

 

アメリカにしてみれば、この朝鮮戦争の勃発によって、日本の国土の利用価値を認識したに違いありません。日本は、ソ連や中国を牽制するために、持ってこいの場所だ。よし、ここに基地を作ろう。すなわち、アメリカの日本統治のスタンスに変化が生じた。アメリカは、そのグリップを強めたに違いない。そして、一部の日本人は、そんなアメリカに擦り寄ったのだろうと思います。この時から、日本の対米従属という姿勢が確定的になったのだろうと思います。

 

こうして、ドイツとは本質的に異なる戦後のメンタリティーというものが、日本に生まれた。朝鮮戦争による特需と米国のグリップ強化、自発的隷従・・・。歴史から学ぼうとしたドイツと、歴史から学ぶことを拒絶した日本。

 

戦時中の出来事はブラック・ボックス化し、ひたすら権力に隷従する。

 

戦後は終わったと言われて久しいのですが、そんなことはない。日本人は、未だ、敗戦という経験を乗り越えていない。

 

続く