文化領域論

(No.196 ~ No.228)

祝 太郎党首の誕生!

“れいわ新選組”を応援してこられた皆様、いかがお過ごしでしょうか?

 

選挙の終盤にかけて、「れいわ祭り2」が新橋で開催され、翌日「新宿センキョ」があり、現場におられた方々はもちろん、ネット中継でご覧になった方々も、随分と盛り上がったのではないでしょうか。投票日の直前には「不正選挙」が話題になり、マジックで記載した方が良い、いや、マジックでは消される可能性があるので鉛筆が良い、などという情報がネット上に溢れ返りました。これが日本の選挙かと思うと、情けない限りでした。

 

投票日を迎えた深夜0時、ネット上での情報は一斉にストップ。同日の夜8時から開票速報。太郎さんと支援者、それにメディアの関係者がホテルに集結し、明け方まで中継がありました。結果、舩後さんと木村さんが当選し、太郎さんは落選。

 

悲喜こもごものコメントがネット上に溢れ、しかし、それらも直ぐに収束した感があります。寄付金を集めろ、ボランティア登録をしろ、ポスターを貼れ、から始まって、ハガキを書け、ツイッターを埋め尽くせ、と矢継ぎ早に指示を飛ばして来た「山本太郎事務所」も、今やその声を潜め、何となく虚脱感に覆われているのは、私だけではないような気が致します。そして、落選し、議員宿舎を追われる太郎さんは、現在、引っ越し準備にてんてこ舞いのようです。

 

ここまでの活動を「れいわ新選組の第1章」だとすると、これは一体何だったのか。

 

事の発端を作ったのは、2大政党制を目指す小沢一郎氏でした。小沢氏は、今回の参院選をターゲットとして、まず、立憲民主党に歩み寄った。小沢氏と枝野氏は、私的な会食を重ねるまでの仲になった。しかし、小沢氏のオリーブの木構想に枝野氏は乗らなかった。しびれを切らした小沢氏は次善の策として、国民民主党に接近した。そして、両党の合併交渉が進展していた最中の4月10日、太郎さんは一人で“れいわ新選組”の旗揚げ記者会見に臨んだのでした。

 

この記者会見は、とてもユニークなものでした。4月1日に発表された令和という元号をひらがなで表記し、新選組とつなげる。太郎さんは、この記者会見で既に“れいわ新選組”の理念、政策、そして集まった寄付金の額に応じて、その後の活動の規模を決めていくという戦略まで発表しています。団体名、理念、政策、そして戦略に至るまで、どれも良く出来ている。少なくとも、私には出来過ぎのように思えました。これは周到な準備をしているに違いない。そればかりか、一流の学者などによって構成されるブレーンが背後に控えているに違いない。そう思ったものです。

 

しかし、候補者の選定段階に入りますと、必ずしも周到な準備がなされていなかったことが露呈して来ます。例えば、大西つねき氏によると、朝、れいわ新選組から電話が掛かって来て、その日の昼、大西氏は四谷の事務所で太郎さんと15分程度の面談を行う。その場で候補者として決定し、大西氏は直ちに選挙用の写真撮影に臨んだ。その日の夜、街頭記者会見の場で、大西氏が候補者として紹介された。候補者の選定作業が土壇場までもつれていたことは、他の候補者も異口同音に語っています。公示日になっても届出は遅れ、タスキも間に合わなかった。

 

結局、綿密な計画というものは存在せず、言葉は悪いですが、行き当たりばったりの出たとこ勝負だった訳です。更に、いつまでたっても私が想定していたブレーンは登場しませんでした。ブレーンなど、最初からいなかったのです。

 

太郎さんは街頭演説会において、自らの経歴のようなことはあまり話しません。しかし、聴衆とのやり取りなどがきっかけで、話が太郎さんの過去に及ぶこともあります。どうも、こういうことだったらしい。

 

2011年の3月11日に大震災と原発事故があり、太郎さんは政治問題に目覚め、反原発運動に傾倒していく。太郎さんは、兎に角動き回って、様々な人びとの意見を聞いて回った。この時期太郎さんは、あちこちの友人やら知人の家を泊まり歩いていた。言ってみれば、ホームレスだった。2013年に国会議員となり、議員宿舎への入居が決まる。この時太郎さんは、「家があるって、素晴らしい!」と感動する。これは、本人がそう言っています。

 

国会議員になった後も太郎さんは、年末になるとホームレスのための炊き出しに参加し続けた。年末になると役所が閉まるので、行政による福祉関係のサービスが停止する。だから、炊き出しを行うということのようです。これは私の想像ですが、多分、そういう場で、太郎さんはロスジェネ世代の人たちとか、ネットカフェに寝泊まりする人びとに出会ったのではないか。

 

福島の問題は福島の人たちの、沖縄の問題は沖縄の人たちの声を聴く。そして、障害者の抱える問題については、障害者の声を聴く。今回当選された木村英子さんを「私にとっては、先生みたいな人」と言っていましたが、これは誇張でも何でもなく、太郎さんの本音なのだろうと思います。

 

このように太郎さんは、徹底して、大衆の、特に大衆の中でも困難に直面している人々の声を聴き続けて来た。それが太郎さんの自信の源泉になっているのではないか。だから国会において、一流大学出身の与党議員や官僚を相手にしても、「自分の方が現場を知っている、当事者を知っている」という自負があるのではないでしょうか。

 

もう一つ、太郎さんの成長の軌跡を示す話があります。太郎さんは、反原発から始めた。しかし、辻説法をしていても、原発の話だと聴衆が関心を示さない。原発の話よりも、働き方、労働問題の方が、聴衆の喰いつきの良いことに気付く。地域にもよるでしょうが、多くの聴衆にとっては、原発問題よりも、日々の仕事に関する話題の方が身近です。更に、辻説法を続けていくと、労働問題よりも、お金の問題に聴衆が関心を持っていることに気付く。今から2年程前だと思いますが、このことに気付いた太郎さんは、松尾匡先生の著作に接し、MMTに出会う。こうして、現在の“れいわ新選組”の経済政策が練り上げられて来た訳です。

 

太郎さんの肌感覚は、国会という現場が持つ背後の構造をも照射したのだと思います。そこに働く議員たちの心理と、その背後にある事情を解き明かしていく。自民党の若手議員だって、本当は楽しくないはずだ。本当は国家国民のために仕事をしたがっているに違いない。返す刀で、野党議員の怠慢にも太郎さんの観察眼は及ぶ。

 

他の野党は、自民党とその議員を批判しますが、太郎さんの批判の矛先は、更にその奥にあるシステムに向かっている。確かに、先日の“れいわ祭り2”だったでしょうか、「小泉、竹中とんでもない!」という大合唱がありましたが、これにしても、どこか笑えるような余地がある。

 

仮に現在の自民党議員を蹴落としたとしても、その後には、同じような自民党議員が出てくるに違いありません。金太郎飴と同じことです。従って、本当の改革を行うためには、自民党やその議員たちが従っている思考原理、政治的なシステム自体を変えなくてはならない。そのためには、相手の立場に立って考えてみる必要がある。他の野党議員も、そのことに気付いてもらいたいものです。

 

結局、太郎さんという政治家を育てたのは、困難に直面している日本の大衆なんですね。そういう人たちの声を沢山聴いて来たから、太郎さんは自信に溢れている。そうでなければ、4億円もの寄付なんて、集められるものではありません。そして、そういう太郎さんだからこそ、日本の大衆は太郎さんの言葉に共感するのだと思います。私も含めて。

 

頭の固い人たちは、未だに太郎さんを左翼だとか、保守だとか、左派ポピュリズムだとか言う訳ですが、そんなことは太郎さんにはまるで関係がないのです。太郎さんの思考原理というのは、“みんなに忖度”なんです。

 

以上が、私が見た“れいわ新選組第1章”の本質です。

 

結果、舩後さんと木村さんが当選し、太郎さんは落選した訳ですが、上記のように考えますと、この結果は、大成功だったと思います。何しろ、政党要件までクリアしたのですから。

 

なお、次の衆院選には、少し間があります。次は、出たとこ勝負ではなく、もう少し綿密な計画を練っていただきたいものだと思っています。