文化認識論

(世界を記述する。Since Oct. 2019)

文化認識論(その3) 神のユーカラ

少し前の原稿で、知里幸惠さんのことに触れました。彼女は、言語学者金田一京介氏に見出され、アイヌの神話を日本語に翻訳しました。その作業の完成直後、儚くも持病の心臓疾患により19才で夭逝した。しかし、彼女の努力は「アイヌ神謡集」に結実した。気になったので探してみますと、今も岩波文庫(赤80-1)から出版されていました。この本の序文を知里幸惠さん自身が記しておられますが、これがもう大変な名文なんです。例えば「谷間に友呼ぶ鹿の音を外に、円かな月に夢を結ぶ」というような表現がある。

 

また、この本の最初に納められている作品は、「梟の神の自ら歌った謡」というものですが、有名な次の一文から始まります。

 

銀の滴降る降るまわりに、
 金の滴降る降るまわりに。

 

この表現には、巧みなリフレインが含まれていて、まるで歌の歌詞のようです。いや、本のタイトルには「神謡」とある。日本にも謡(うたい)というのがあるし、これは歌だったのではないか。そう思って本を読み進めると、神謡とはユーカラとも呼ばれる謡とのことでした。YouTubeにも、次の動画がアップされていました。

 

60のゆりかご アイヌ語 音声
https://www.youtube.com/watch?v=qJhRtXq30Wk

 

やはりこれは、語るように歌うものなんですね。文字を持たない社会においては、語るという文学と、歌うという音楽が未分化だったことが分かります。すなわち、文学と音楽とは、同じルーツを持つことになる。

 

アイヌ神謡集」には、知里幸惠さんの弟である知里真志保さんという方が、大変興味深い解説を寄せられている。それによれば、韻文物語としてのユーカラには、次の3種類があるとのこと。

 

1. 神のユーカラ/カムイユカル・・・主に動物神が登場する。
2. 神のユーカラ/オイナ・・・人間の始祖である人格神(アイヌラックル)が登場する。
3. 人間のユーカラ・・・人間の英雄を主人公とする。

 

ユーカラという言葉には「動物の鳴き声」という意味があり、ユカルには「真似る」という意味があるとのこと。更に興味深い記述があったので、引用させていただきます。

 

『古くアイヌの社会には祭儀の際に演じられる習いだった呪術的仮装舞踊劇があり、そういう仮装舞踊劇においては、シャマンが獲物たる動物 -それがアイヌにおいては神である- に扮して、その鳴き声を発しながらその行動を所作に表わして舞うことが行われた。その所作、およびそのように所作することがユカル、すなわち「動物の真似をなす」ことだったのである。神謡はもと、そのような仮装舞踊劇の詞章だったのであり、それもまたユカルだった。』

 

上の記述における「呪術的仮装舞踊劇」というのは、シャーマニズムと呼んで良いものではないか。しかし、シャーマニズムの構成要素としては、シャーマンがトランス状態に入ることが不可欠だと思う訳です。すると、知里真志保氏は、続いて次のように述べているのです。

 

『オイナにはその古い用語例をしらべてみると「巫術において神懸りの状態になる」「巫術において忘我の境地に入る」という意味がある。』

 

これはもう、間違いなさそうです。古い時代、アイヌ文化の中にシャーマニズムが息づいていた。

 

そもそも、我々ホモサピエンスは、20万年程前にアフリカに誕生しました。そして、人口が増えるに連れ、地球の各地に拡散して行った訳です。アフリカを出発したのが、約6万年前。エジプトの当たりから、中東に渡る。すると、ヒマラヤ山脈に行き当たる。そこから、山脈の北側に拡散した者と、南に拡散した者とに分かれる。北ルートを選択した者たちは、やがてシベリアに到着する。そこで、シャーマニズムが生まれる。多分、人々は突然変異や旧人ホモサピエンスの前の世代の人類)との交配などを繰り返しながら、更に東に進む。そして、樺太や北海道に辿り着いたのが、アイヌの人々ではないか。

 

その後、極北の地へと進んだのがエスキモーだと思いますが、更に人々は、当時は地続きだったアラスカへと渡り、北米大陸に辿り着く。そこで文化を築いたのが、インディアンです。彼らもシャーマニズムと呼べる文化を持っているようです。よって、シベリアで生まれたシャーマニズムが、アイヌや北米インディアンに伝播したとしても不思議はない、と思うのです。(ロシアの女性シャーマン、オレナ・ウータイはシベリア在住とのことです。彼女が使っているJaw Harpは金属製ですが、アイヌの伝統楽器である竹製のムックリに酷似しています。)

 

ただ、ヒマラヤ山脈の南側に拡散したと思われる人々の間にも、シャーマニズムと呼ぶべき文化はあるようなので、これはもう二本足で立ち、言葉を話す人類としては、必然的に到達すべき文化形態であったと言えるのかも知れません。

 

それにも増して、私にとっての驚きは、シャーマニズムの中に全ての文化領域が含まれているのではないか、ということです。現代人の文化領域について、私は5つに分類して考えていますが、無文字社会における文化領域は、ただ一つ、シャーマニズムがあったのではないか、もしくは全ての文化領域をシャーマニズムが統合していたのではないか、と思うのです。

 

知里真志保氏が用いた「呪術的仮装舞踊劇」という言葉からイメージされるシャーマニズムの現場を想像してみます。

 

ある限定的な空間が設定される。それは建物の中だったか、若しくは広場だったかも知れません。そこには、熊の毛皮や頭蓋骨などが置かれている。アイヌの人々にとって、熊は典型的な動物神だったので、神を表象するそれらの物が置かれていたはずだと思います。また、神事に使う道具として、アイヌは古くからイナウと呼ばれる木の棒を用いていました。そんな物も飾られていたのだと思います。人々は、熊の毛皮を被ったり、鹿の角をあしらったファッションに身を包む。そこで、簡単な打楽器か手拍子に合わせて、ユーカラが歌われる。ユーカラに合わせて、人々は、若しくはシャーマンとして選ばれた特定の者が、踊り出す。踊るというか、動物の所作を真似る訳です。やがてシャーマンは、トランス状態に入る。そして、神々と交信し、願いを叶えようとする。その願いとは、誰かの病気を治すことだったり、狩猟の成功だったりしたのだろうと思います。ここには、演劇、文学、音楽、美術などの原点が秘められていた。そればかりか、医術や自然科学の起源すら、含まれていたのだろうと思います。(物に願いを込めるという呪術は、後に薬草を発見し、漢方薬を創出する。更に、欧州における錬金術を経て、自然科学を生んだのだろうと思います。)

 

かつて、文化とはたった一つの領域で育まれていた。だとすると、文化の歴史とは、細分化の繰り返しだったのかも知れません。例えば、文字が発明されて、シャーマニズムから文学が独立したように。結論を出すのは、まだ早そうですが。