文化認識論

(世界を記述する。Since Oct. 2019)

右翼と左翼とトリックスター

経済学者の松尾匡氏が、その著書(文献1)の中で、次のように述べておられました。

 

- 世の中を「タテ」方向に切って、「ウチ」と「ソト」に分け、「ウチ」に味方するのが「右翼」で、世の中を「ヨコ」方向に切って「上」と「下」に分け、「下」に味方するのが「左翼」だということです。(中略)世の中の「ウヨサヨ論議」がたいてい噛み合わないのは、これが原因だと思われます。-

 

私は、こういう話に出会うと、感心してしまいます。幸いこの話、松尾氏自身が図解入りで公開しています。是非、ご覧ください。(最初は分かりやすいのですが、ホリエモンが出て来る当たりから、段々、難しくなって来る。余談ですが、松尾氏の経済論もかなり難しい。)

 

松尾匡 用語解説 右翼と左翼
http://matsuo-tadasu.ptu.jp/yougo_uyosayo.html

 

このブログのタイトルにもありますように、私の主たる関心の対象は、文化論と認識論ですが、この右翼と左翼の話は、認識論の範疇にあり、興味が湧いて来るのです。少し考えてみたいと思います。

 

まず右翼。彼らの認識ステップを考えてみましょう。

 

Step 1: 彼らはまず、国籍、民族、性別などの区分によって、自分のアイデンティティを認識する。
Step 2: 自分のアイデンティティと他者(ソト)のアイデンティティを比較する。
Step 3: 比較検討の結果、自分と他者との関係を判断する。すなわち、敵か味方か、どちらが強いか、序列はどちらが上か、自分にとっての損得はどうか。
Step 4: 敵に対しては攻撃的な態度を取り、味方には共感する。他者の序列が自分より上であればへりくだり、そうでなければ侮蔑する。自分にとって利益になるように行動する。

 

このように考えますと、これらの認識ステップは、本物の右翼(三島由紀夫一水会の方々など)のそれではなく、いわゆる似非右翼、対米従属右翼、ヘイトスピーチを行う団体やそのメンバー、ネトウヨなどの特質を表わしているように思います。(本物の右翼のメンタリティというのは、武士道から来ていると思いますが、この点は、本稿では触れないことにします。)

 

例えば、対米従属右翼というのは、日本よりもアメリカの方が強いと思っている。だから、従属するのは仕方がないという発想になる。彼らの思想的なポジションからすれば、憲法9条の問題にしたって、戦力不保持、交戦権の放棄などは容認できないはずですが、自衛隊を9条の2として記載するという現在の自民党の妥協的な改憲案に賛成したりする訳です。

 

ヘイトスピーチを行う団体は、本来、戦うべき相手はアメリカだと思いますが、アメリカは日本より強いので、文句を言わない。反対に韓国は日本よりも下だと思っているので、嫌韓を主張する。

 

そこそこ株式投資をしている70代の人たちは、消費税によって自分たちの年金が支えられていると思わされ、安倍政権や消費税の増税に賛成したりする。

 

このような認識方法というものを改めて考えてみますと、とてもシンプルだと思います。犬の喧嘩だって、弱い方が尻尾を巻いて逃げる。ほとんど、動物の本能と変わりがないように思いますが、これが現在の日本のマジョリティではないでしょうか。グローバリストも同じだと思います。今だけ、金だけ、自分だけ、というメンタリティなのです。

 

そして、この認識パターンの特徴は、あくまでも「自分」を出発点として、他者や外界を認識している。ということは、例えば日米FTAの問題など、「あなた自身に関わることですよ、あなたにとって大変な不利益になりますよ」ということを教えられれば、きっと彼らも反対に回ると思います。(ちなみに、ここに記した認識方法は、本ブログにおいて「記号分解」として記述されてきたものです。)

 

では、左翼の認識パターンについて考えてみましょう。世界を横に切って、下にシンパシーを感じるのが左翼です。

 

例えば、話題の「桜を見る会」の問題ですが、招待状に振られた60番という番号は、これは安倍夫妻が推薦したことを表わしている。そして、60番の招待状がマルチ商法ジャパンライフの社長に届けられた。安部総理から招待状を受けるような人であれば、きっと信用できるに違いないと思ったある“おばあさん”が、ジャパンライフに騙されて、老後のために貯蓄した財産の大半を失ってしまった。聞けばこのおばあさん、15の時から働き詰めだったそうです。きっと、中学卒業と同時に働き始めたに違いない。畑仕事をやっていたのだろうか? 冬の寒い時期には、きっと両手に“あかぎれ”を作っていただろう。そんなことを考えていますと、沸々と怒りが込み上げて来ます。

 

安倍晋三、ふざけるな! 国会の予算委員会に出て来て説明しろ! 官僚よ、嘘をつくな! シンクライアントであれば、安倍の招待者リストは、復元できるに決まってるだろ!」

 

このように思って私の血圧は上がるのですが、これが左翼の認識パターンではないでしょうか。右翼の場合はあくまでも「自分」から出発して認識する訳ですが、左翼の場合はそうではない。あくまでも時間の経過に沿った物語を想像し、物事を認識する。認識の出発点は、「自分」ではなく、認識しようとする対象(上の話では“おばあさん”)ということになります。(このような左翼の認識パターンは、このブログで「物語的思考」と呼んできたものです。)

 

何故か私の場合、想像力というものに歯止めがありません。人間を離れ、例えばクジラにまで想像力が及ぶ訳です。クジラはあの巨大な体を使って、低重波を発する。その到達距離は6千キロにも達し、これは太平洋の東から西にまで届くような距離だ。これは凄い。最大のシロナガスクジラの全長は、35メートルにも及ぶ。これはとても貴重な生き物だ。クジラを食べるなどけしからん。そう思うので、私は捕鯨に反対なのです。この問題をネトウヨの人に持ち掛けたら、どうなるでしょうか。多分、彼はこう言うでしょう。

 

「その話、俺には関係ないよ」

 

やはり、松尾匡氏が指摘したように、右翼と左翼というのは話が噛み合わない。噛み合わないので、話が前に進まないのです。

 

私たちが生きている現実の世界も、実は、神話や小説に描かれる“物語”と似ているのではないか。嫌、正確に言えば、現実の世界を神話や小説が写し取っている。そして多くの場合、物語には起承転結がある。

 

現在の日本の政治状況を考えてみますと、まず、安倍晋三という空っぽの世襲議員が総理大臣になった。これが、「起」です。何しろ、空っぽなので、次々に問題が発生します。戦争法の制定、種子法廃止、水道の民営化、モリ・カケ・サクラに日米FTA。これらが「承」ですが、一向に「転」がやって来ない。いわば、起承転結ではなく、「起承承承」なのです。これではやり切れない。

 

ただ、現在の日本のように閉塞した時代というのは、過去にもあった。そして、そのような状況を打破し、物語を前に進めて来た人がいるのです。ゲーム・チェンジャーと言っても良いと思いますが、ここではトリックスターをご紹介したいと思います。

 

誠に恐縮ですが、ここで話が心理学に飛びます。

 

分析心理学のユングは、世界中の神話を研究するうちに、人類に共通するいくつかのイメージが存在すると考えた。このイメージは、神話のみならず人々の夢に出てきたり、深層心理に刻まれていたりすることをユングは発見する。そしてユングは、これらの人格に関するイメージを「元型」と呼んだのです。

 

元型にはいくつかのタイプがあり、グレート・マザーとか老賢人が有名ですが、その中に「トリックスター」というものがある。これは、異なるものを結合したり新たな意味づけをもたらしたりする道化的な人格を意味しています。色々な物事から自由でありながら、それらを揺るがし、異なるコンテクストを繋げる。そういう人格なのです。(参考:放送大学 人格心理学講座 大山泰宏氏)

 

例えば、中世のヨーロッパには王様がいて、王様はお城に住んでいた。王様に呼ばれて、道化師はお城の中へ入る。そこで、芸を披露して王様を楽しませる。またある時は、ストリートで大道芸を披露し、庶民を楽しませる。王様に対する皮肉を言って、観衆を笑わせたりする。そういう人格のイメージが、トリックスターだと言える。

 

そして、何故、そのようなイメージを人々が深層心理に持っているかと言えば、現実にそういう人間がいて、閉塞した社会状況を変えて来たからではないか、と思うのです。対立関係にある双方に働き掛け、既存のルールを揺るがし、物語を前進させる。すなわち、物語に「転」をもたらす。それがトリックスターであって、それは人々が心の奥深い所で待ち望んでいる希望なのではないか。

 

実は誰もが知っている「水戸黄門」もトリックスターの表象だと言える。大体、悪代官と越後屋が、「お主も悪よのう」などと言いながら悪事を企んでいる。そして、町娘が危機に陥ったりする訳です。そこで、水戸黄門が登場し、助さんが「この印籠が目に入らぬか!」と言って、物語は「転」を迎える。それまでのルールや秩序は一層され、ハッピーエンドを迎える訳ですが、仮に、水戸黄門がお城の中に籠っていた場合、物語は成立しません。お城の城壁を超える所に水戸黄門トリックスターたるゆえんがあると思います。

 

このようにトリックスターというのは、空間的な、社会的な、あらゆる境界を超えるのです。そして、物語に転機をもたらす。それは私たちの希望であり、社会を変革させる原動力でもある。右翼的なパターンで認識している人も、左翼的な方法で認識している人も、心の奥底には、トリックスターという共通するイメージを持っている。私はこの原稿で、そのことを記したかったのです。

 

<参考文献>
文献1:これからのマルクス経済学入門/松尾匡 橋本貴彦/筑摩選書/2016